2009年11月11日
由良・生石宣言




国際シンポジウム 「沿岸域の生態系を重視した持続可能な発展に向けて」由良・生石宣言
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http://www.osakawan.or.jp/sub7-01.htm
はじめに
地球人口は、約60億人に達し、さらに増加しつつある。2025年には、地球人口が約80億人となり、そのうち約60億人が沿岸域に住むと予想されている。海陸が一体の空間であり、多様な生命の源泉である沿岸域は、現状においても様々な問題を抱えているが、近い将来、世界中で人間活動と生物・生態系の調和に関する極めて重大な問題に直面することと予想される。
大阪湾沿岸域は、これまでの歴史過程において、人口増加と人間活動の拡大に起因する様々な沿岸域問題を発生させてきたが、近年、歴史過程における教訓を踏まえ、沿岸域問題の解決に向けた幾つかの先導的な取組みが進展しつつあり、それらをさらに発展させるとともに、海からの視点による新たな取組みを加え、世界の沿岸域に対して将来モデルを提示していくことが望まれている。それは、沿岸域の生態系を重視した持続可能な発展のモデルと言うべきものである。
大阪湾沿岸域の要衝を占める洲本市南部の由良・生石研究村地域は、海陸の豊かな自然、自然とのかかわりを重視した優れた生活文化を残しており、沿岸域の生態系を重視した持続可能な発展を語るにふさわしい場所である。ここに、内外の叡智を結集して、1999年4月17日〜18日、沿岸域の将来に向けた議論を展開した。
貴重な海浜植物「ハマボウ」(由良・生石研究村の成ヶ島地区)
1.沿岸域の特性と沿岸域問題
(1) 沿岸域の特性
沿岸域は、海岸線を挟んで一定範囲の海域と陸域から成る空間である。沿岸域では、海域側からの作用と陸域側からの作用が様々にぶつかり合い、相互に利益や不利益を生じさせ、また、物質を循環させている。
ぶつかり合いの最前線となる海岸線では、砂浜、岩場、干潟など多様な自然形態が生まれ、河口域では、森林から流れてきた淡水と海水が混ざり合って汽水域が形成される。そして、このような特別な環境のもとで、多様な生命が育まれる。陸域からもたらされる栄養塩や有用微量成分が海藻や植物プランクトンの生命を育み、それらは高次生物に転生し、豊かな生態系が生まれるという森と海の連続性が存在する。
一方、沿岸陸域は、人々の生活、産業活動、レクリエーションなどにとって望ましい空間であるため、多くの人間活動が集積している。
人々は、沿岸海域に食糧や資源、レクリエーションの場を求めている。そして、沿岸陸域は、他の陸域の人間活動と海を介して深く結びついており、活発な交易が行われ、異質な価値や文化の交流があり、新たな価値や文化が生まれている。
(2) 沿岸域の諸問題と沿岸海域
世界中で沿岸域は、過密居住と生活環境の悪化、生物・生態系に配慮しない計画と急速な開発による環境負荷の増大、沿岸域利用者間における各種の軋轢、海洋汚染、海岸浸食や自然災害、資源枯渇など様々な範囲に及ぶ問題を抱えるに至っている。
人間社会の発展は、沿岸陸域への人口と産業の集中に伴う様々な環境悪化をもたらした。その環境悪化は、最近まで、主として陸域の人間生活環境の悪化に焦点が絞られていたが、それと同時に、陸域の様々な生命の生息環境ならびに沿岸海域の環境問題に焦点を当てなければならないことが明らかになってきた。
沿岸海域、特に多くの人間活動が集中する臨海部に面する海域は、陸域の問題を隠蔽するための役割を担わされてきた。下排水やゴミの処理・処分、用地不足を補うための埋立てなどが典型例である。また、陸側の安全確保を安価にあげるために、強固な垂直護岸で海岸線を覆ってきた。沿岸域においては、海域の特性や海側からの視点を全く考慮せず、陸側の視点で海域を都合よく利用し、あるいは海陸を分け隔ててきた。
世界各国において、都市化・工業化の急激な進展は、沿岸陸域の人口急増をもたらした。また、地域によっては、観光客の大巾な増加がある。
このような状況は、沿岸陸域のみならず沿岸海域の埋立による工業施設等の立地、港湾やマリーナの開発、養殖場の設置、ホテル等観光施設の立地などの開発・利用を加速した。そして、海域への廃棄物の大量放出、漁業資源の過剰な収奪などの問題とともに沿岸域の荒廃をもたらしている。
世界各国の沿岸海域では、長い年月をかけて形成されてきた砂浜・岩場・干潟・湿地帯など自然海岸やマングローブ林が破壊され、浅場や藻場が消滅しつつある。自然海岸、マングローブ林、浅場や藻場は、生物にとって重要な発生・生息環境であり、それらが失われれば、生物・生態系が損なわれ、それに依っていた物質循環が阻害され、自然浄化機能も当然のことながら消滅する。
そこへ、陸域から大量の窒素やリンがもたらされることにより、沿岸海域では、生態系内での生産・消費・分解のバランスが崩れ、一次生産が過大となり、赤潮や底層水の貧酸素化など環境の悪化をきたす。こうして、海域環境が悪化すれば、その海域の生物相は貧困となる。さらに、陸域から排出された有害重金属や化学物質は、生物濃縮現象へと結びつき、また内分泌攪乱物質(環境ホルモン)等として水生生物の生殖活動の異常を引き起こしている。
私達が持続可能な発展を実現するためには、海からの視点を据えておかなければならない。沿岸海域に常に焦点を当てていなければならない。生物・生態系との共生を忘れた人間活動のツケの総てが沿岸海域に凝縮してしまうからである。環境財としての沿岸海域の機能を失ってしまっては、私達自身の生存も危うくなる。
2.沿岸域の生態系を重視した持続可能な発展に向けての基本戦略
(1) 持続可能な社会システムの構築
沿岸域が持続可能な発展を達成するためには、まず沿岸陸域の社会システムを環境(生物・生態系)と共生するシステムに変える必要がある。近年、生活者、生産者ともに環境意識の高まりが見られるが、持続可能な社会システムの構築に向けての活動は緒についたばかりである。
生活者にあっては、生活と生物・生態系との関わりを学び、身近な環境問題から積極的な対応を進めていかなければならない。
生産者にあっては、生物・生態系の視点と生活者の視点を内包し、廃棄物を出さない、資源が循環利用される産業システムの構築を行う必要がある。
一方、交通・物流、都市開発、廃棄物処理等の分野においては、行政をはじめ社会全体が意識を集中し知識を結集して、環境を最優先した問題解決への取組みを行うことが必要となる。
なお、この時、海洋環境教育・研究・評価・情報交流の基盤となる施設は、海域生物の視点を含めた海からの視点を社会にインプットする極めて重要な役割を担うこととなる。
(2) 沿岸域の物質循環メカニズムの重視と沿岸海域環境の保全・創造
沿岸域へは、様々な物質が陸域から流入してくる。一部分は外洋に流出していくが、多くの物質は、沿岸海域、特に内湾域ではそこに留まり、水質ならびに底質を悪化させている。かつては、自然と人間の共同作業により、沿岸海域に留まった物質を再び陸域に戻す「循環」が行われていたため、深刻な汚染問題、特に富栄養化の問題などは生じなかった。
つまり、沿岸海域に流入した様々な物質は、海域生物に取り込まれ、最終的には魚介類を通して人間に、また底生生物を通して鳥類に食べられることにより、陸域に回帰していた。かつての沿岸海域は、魚類の産卵場であり生育場である藻場が見られ、漁業生産性が高く、干潟は鳥類の生息場所であった。しかし、藻場があり、漁業が健全に営まれ、鳥類が羽を休め餌を啄む干潟がある沿岸海域は、人間活動の拡大とともに減少してしまった。
栄養塩が陸域へ戻されるメカニズムが機能していたことにより、人間は豊かな生物・生態系と共生していたことの重要性を再認識すべきであり、私達は今後、多くの海洋生物の再生産を妨げないことはもとより、再生産に役立ち、豊かな生物・生態系が維持されることを助ける必要がある。また、人間活動に都合の良い様々な基盤施設のために生態系が破壊された沿岸海域では、その回復に役立つ機能をもつ基盤施設に造り変えていくことが必要である。
(3) 総合的な沿岸域管理(生態的沿岸域管理)
これまでの沿岸海域は、沿岸陸域の発展のために利用することが中心命題として捉えられてきた。沿岸陸域は強大な自然力により甚大な被害をこうむることも多く、沿岸海域と沿岸陸域を対立概念でとらえてきた時期がある。その結果、沿岸海域は海から切り取られ、陸域の都合を優先して利用する場、処理・処分のために使う場としてのみ位置づけられ、陸域からの栄養塩を吸収しつつ生命が発生・生育するインキュベータとしての機能、その生命が水圏、地圏と密接に関連して生態系を構築し、陸域に食糧や学習・レクリエーションの機会を提供するとともに、陸域からの排出物の分解・浄化を行うことなどを通して、陸域と共生する関係にあることが軽視されてきた。
そして、沿岸域に人間活動の中心が移るとともに山間部の荒廃も進行し、森が海の生物を育むという関係が閉じられてしまった。これによって沿岸域の荒廃が加速されてくることにも注意を払わなくてはならない。
私達は、沿岸海域が陸域にとって極めて重要な環境財であることを再確認しなければならない。海域の生物の視点を含めた海からの視点を据えて、海陸が共に発展していくための総合的な沿岸域管理を行う必要がある。これは、生態的沿岸域管理とも呼ぶべきものである。
この生態的沿岸域管理を具体的に展開していくためには、森と川と海を一体的な環境圏ととらえ、生態系のメカニズムを解明すること、砂浜、岩場、干潟などのなぎさの環境研究や藻場の環境研究を積極的に進めること、これらを通して望ましい環境とは何かを明らかにすること、さらに、現場主義の姿勢で観察・調査を続け、環境財としての目録を作成し、それを踏まえて環境を正確に把握・評価しつつ、環境の保全・創造の具体策をみつけていくことが必要となる。
その具体策としては、保護・保存されるべきところ、積極的に修復・回復・創造すべきところ、生物・生態系と共生しつつ適切に利活用を図るところを明確にし、そのための具体的方法と適用する技術、市民参加を含む管理プログラム、必要な財源とその源泉などが示されなければならない。なお、この時、環境評価手法の研究、生態的沿岸域管理計画手法の研究、生物・生態系環境の保全・創造のための技術開発が積極的に進められていなければならない。
行政においては、総合的な沿岸域管理(生態的沿岸域管理)を、持続可能な発展に向けての最も重要な戦略のひとつと強く認識し、研究機関等における所要の研究や技術開発を十分に支援するとともに、広く叡智を結集し、市民の協力と理解を得つつ、具体策を立案していく必要がある。

将来モデルとしての大阪湾沿岸域と由良・生石研究村の発展に向けて
1.大阪湾沿岸域の発展方向と取組み課題
大阪湾沿岸域においては、大阪湾が社会経済基盤としての重要な役割を果し続けているが、大阪湾は、陸域からの排出物の影響を受けやすい閉鎖性海域であり、陸域の諸活動の拡大に伴って、生物多様性の喪失、水質・底質の汚濁など環境を悪化させてきた。大阪湾においては、特に湾奥部において環境悪化が顕著であり、陸域からの負荷の削減、砂浜、岩場、干潟、藻場等の創造によって、生物生育環境の回復を急がなければならない。紀淡海峡海域においては、自然形態の多様性、生物種の多様性が保たれており、良好な環境を適切に維持・更新していく必要がある。
一方、大阪湾沿岸陸域は、関係自治体による環境基本計画の策定をはじめ環境と調和するまちづくりの方向へと展開しつつあるが、1995年1月17日未明に発生した兵庫県南部地震は、局所集中型の大都市圏構造の問題点を露呈し、新たなネットワーク型構造への転換を重要な命題として提示した。同時に、防災と環境の保全・創造が両立したまちづくりが強く求められることが明らかになった。
大阪湾沿岸陸域は、古代から日本の経済・文化の中心として繁栄した地域でもあり、国土の先導拠点として、またアジアのさらなる発展の中核としての役割を果たすとともに、自然環境と共生する空間として甦ることが強く望まれている。
大阪湾沿岸域においては、1,000年後の未来において人類文明が高度な発展を続けるモデルとなるように、その時、大阪湾が今から1,000年昔、即ち平安時代中期の美しさとロマンに満ちた状況を復活させていることを目標として、沿岸域の環境保全・創造とワイズ・ユースを追求する必要がある。そのために、今から取組むべきことは、次のように示される。
? 大阪湾を構成する個別海域および沿岸陸域の生態的・社会的特性を生かし、大阪湾沿岸域全体として多様性に富み、かつ調和のとれたまとまりのある空間を構築するとともに、総合的な沿岸域管理(生態的沿岸域管理)を実現するための大阪湾沿岸域環境グランドプランを作成する。このプランは、行政の枠を越えて広域的に、かつ長期的展望に基づいて作成し、大阪湾沿岸域の市民、企業、行政の共有指針とすべきである。
? 将来の状況変化に弾力的に対応できる環境管理システムを構築すべきである。そのベースとして、大阪湾の海況、水質、底質、生物等のモニタリングを継続実施し、環境および生態系に関するデータバンクを整備しておく必要がある。
? 漁業、海上輸送、観光、マリンスポーツ、自然観察、環境研究など様々な海域利用の総合的調整システムを構築する。なお、この時、例えば港湾区域や企業により囲い込まれた埋立地の海岸であっても、できるだけ多様な生物が生息できる空間の創造に取組むこと、また、本来の目的に支障をきたさない範囲で、市民が海と親しめ、漁業者が漁をできる余地を残す、あるいは積極的に目的が異なる活動を取り込んでいくことが必要である。
? 大阪湾沿岸域の各都市の都市計画において、持続的な未来を見通した沿岸域環境修復を基軸とする都市計画マスタープランおよび土地利用計画を策定し、大阪湾臨海地域開発整備法とも結びつけて実現を図る長期的な取組みへの着手を早急に開始することを提言する。
2.由良・生石研究村の特性と取組み課題
洲本市南部の由良から上灘にかけての海陸5,000haに及ぶ由良・生石研究村地域においては、人々が海・山とのかかわりの強い歴史文化や生活文化を今に伝えている。自然とのつき合い方においても、生物・生態系を荒らさず適切に維持・更新する漁業や人々のレクリエーションのスタイルが残されており、貴重な文化的資産をもっていると言える。
そして、この地域の自然環境は多様性に富んでいる。つまり、次のように自然形態が多様で、生物種も多様である。
?大阪湾で数少なくなった砂浜、岩場、干潟があり、特徴的な海域生物が存在し、特に熊田地区では、様々な海藻や付着生物、稚仔魚の群れが見られる。
?成ヶ島には、貴重な海浜植物が残され、広い意味でのマングローブの一種とも言われるハマボウは、夏にさわやかな黄色の花を咲かせ、ハママツナは、干潟の一部を柔らかく構成している。
?陸域では、複雑な地形に豊かな森が残り、ナガサキアゲハや古代からの姿を残すヒメハルゼミなどの昆虫の種類が多く、イノシシ、シカ、サルといった大型動物も生息している。
?研究村一帯は、ハヤブサ、ハチクマ、サシバのような猛禽類をはじめ、ルリビタキ、カワセミ、アオバズク、チュウサギ、シロチドリ等々、多様な鳥類の楽園でもある。
一方、大阪湾の中では、由良・生石研究村海域(紀淡海峡海域)が最も優れた海域環境をもっている。一部で砂浜の減少、藻場の減少、水質の悪化、漂着ゴミの大量堆積が見られるなど、環境悪化傾向も現れているが、海域環境の特徴は、次のように言える。
?紀伊水道・太平洋と大阪湾・瀬戸内海の海水交換の重要な場所となっている。
?砂浜、岩場、干潟等の多様で複雑な自然海岸と良好な藻場が残されている。
?自然度の高い山林が残り、陸域から海域への栄養塩と鉄分等の有用微量成分供給がある、森と海の連続性のモデル地域である。
?生石・熊田の海岸、由良湾等は、魚介類の産卵場、稚仔魚のナーサリーとして知られている。
?内外交流種の重要な通り道であり、魚種が豊富で沿岸漁業が盛んであり、高級魚が捕れる。
このように、由良・生石研究村では、比較的狭い範囲に、異なる性格を持つ生物・生態系がそれぞれ相互に関連し、接触あるいは近接して数多く存在している。このことが由良・生石研究村の生物・生態系の重要さであり、それゆえ私達は、生物・生態系とそこにおける人間の諸活動を探究するつきせぬ興味を覚える。
異なる性格をもつ生物・生態系が数多く存在する沿岸域においては、個別の生物・生態系の特性を生かし、かつ全体の生態系を生かす方向で、地域の発展を成し遂げなければならない。このことが沿岸域の生態系を重視した持続可能な発展である。由良・生石研究村においては、次の取組みが必要である。
? 異なる性格をもつ個別の生物・生態系の存在を地理的・特性的に同定し、各生物・生態系における持続可能な発展のあり方を検討する。
? 生態系全体について持続可能な発展のあり方を検討する。また、その具体策を立案する。
? 上記を前提として、研究村の将来像、環境共生・環境活用型産業の開発方向を明らかにする。
国際シンポジウム 「沿岸域の生態系を重視した持続可能な発展に向けて」
由良・生石宣言 おわりに
古代から、共生を旨とする日本文化を育んできた大阪湾沿岸域のゲートウェイであり、豊かな自然と生活文化を残す由良・生石研究村地域において、沿岸域の生態系を重視した持続可能な発展について議論できたことには感慨深いものがある。
本シンポジウムの成果を踏まえ、私達は、大阪湾沿岸域の環境保全・創造に関係する大学や行政、また市民の支援と協力を得つつ、世界の友人との情報交流を大切にしつつ、来るべき1,000年の始まりに向け、次の活動を開始することとする。
? 由良・生石研究村をフィ-ルドとした、海陸一体の環境のメカニズムの解明と総合的な沿岸域管理(生態的沿岸域管理)のモデルづくり
? 大阪湾沿岸域環境グランドプランの提案
? 本シンポジウム成果の発信と関係者の協力・共働の場づくりに向けシンポジウムの定期開催の準備
http://www.osakawan.or.jp/sub7-01.htm#book4

女性はおおさかATCグリーンエコプラザ水・土壌・底質研究会の藤原きよみさんです(環境カウンセラー)。
Posted by 大阪水・土壌研究会員 at 21:32│Comments(0)
│底質汚染分科会