2009年11月10日
日本周辺海域における海洋汚染の現状
平成21年10月20日
「日本周辺海域における海洋汚染の現状(海洋環境モニタリング調査結果(1998〜2007年度))」の発表について
環境省が1998年度から毎年実施している「海洋環境モニタリング調査」の結果を中心として、日本周辺海域の沿岸域から沖合域における、主として有害化学物質による汚染の現状を整理し、学識経験者による評価を踏まえ、「日本周辺海域における海洋汚染の現状(海洋環境モニタリング調査結果(1998〜2007年))」として取りまとめました。
1 海洋環境モニタリング調査の概要
陸域起源の汚染の把握を目的とする、内湾や沿岸域から沖合域にかけての汚染物質分布や濃度勾配の調査と、海洋投棄による汚染の把握を目的とする、海水、堆積物、海洋生物の汚染状況を把握する調査を実施。具体的な調査項目等は、以下のとおり。
○海水、堆積物について、重金属類のほかPOPs条約対象物質であるPCBやダイオキシン類、有機スズ化合物等を調査。
○沿岸から沖合域に分布する底生生物群集の状況及び5種類の海洋生物(イガイ類、底生性サメ類、イカ類、タラ類、甲殻類)により、PCB、ダイオキシン類等の汚染物質の蓄積状況を調査。
○浮遊性プラスチック類の調査
2 結果概要
○重金属類、PCB、ダイオキシンともに沿岸域の堆積物から検出されており、大都市圏からの負荷が沿岸域に影響していることが示唆された。また、PCB、ダイオキシンについては沖合域の堆積物でも低レベルながら検出された。 ○紀伊水道周辺海域堆積物から比較的高濃度のPCBが、紀伊・四国沖及び日本海西部海域の堆積物からバックグランドより高い濃度の有機スズ化合物が検出された。
○一部の沿岸域において、貧酸素化に起因する底生生物の組成の変化が観測されたが、有害物質との関係は認められなかった。また、海洋生物体内のダイオキシン類及びPCBの濃度は有意な減少傾向を示していないことが分かった。 ○沖合域までプラスチック類が分布していることが明らかになった。 以上により、いずれの海域においても、人の健康に影響を及ぼすおそれはないと判断しているものの、人為的な影響が沿岸域から沖合域まで及んでいると言える。
3 今後の調査予定
海洋生態系保全を含む海洋環境保全の観点から、今後も引き続き海洋環境モニタリングを定期的に実施し、汚染状況の監視を続けていくことにしている。また、新たにPOPs条約の対象物質として追加されるPFOS等の監視や紀伊水道周辺海域等比較的高濃度の汚染が見つかった海域での継続監視等を行っていく必要がある。
http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=11688
日本周辺海域における海洋汚染の現状(海洋環境モニタリング調査結果(1998〜2007 年度))(概要版)
平成2 1 年1 0 月2 0 日
環境省地球環境局環境保全対策課
環境省においては、1998 年度から我が国の排他的経済水域の環境保全のため、海洋環境
モニタリング調査を開始した。1998〜2007 年度の10 年間において、3〜5年で一巡する
ことを前提とした調査の二巡の調査(フェーズ1、フェーズ2)が終了したところである。
これを受け、日本周辺海域の海洋環境の実態についての総合的な評価と国際的にも活用
されるよう日本周辺海域の海洋環境の現状についての積極的な情報提供を行うことを目的
とし、調査の結果を中心として、日本周辺海域の沿岸域から外洋域における、有害化学物
質による汚染の現状の整理及び評価を行い、ステータスレポートとして取りまとめた。今
回これを公表するもの。
公表内容の概要については、以下のとおり。
(1)調査概要
陸域起源の汚染を対象とし、特に大きな汚染負荷が存在すると考えられる内湾や沿岸
域からその沖合域にかけての汚染物質の分布や濃度勾配を把握する調査と、海洋投棄によ
る汚染を対象とし、投入処分?・?海域(旧B・C 海域)において、海水、堆積物、海洋生
物の汚染状況を把握する調査を実施している。また、従来からの人の健康保護あるいは生
活環境の保全という観点に加え、海洋生態系を保全するという観点から、生態濃度調査に
加え生物群集調査も実施している。
本モニタリング調査の特徴は以下の通りである。
? 沿岸域のみならず、沖合域の水深4000m 級の海域において、海水(栄養塩および
重金属類は各層採水)、堆積物、底生生物群集、浮遊性プラスチック類の調査を実施。
? 従来の汚染物質である重金属類の他、POPs 条約対象物質であるPCB やダイオキ
シン類、有機スズ化合物等を対象としている。
? 沿岸域から沖合域に分布する5 種類の海洋生物(イガイ類、底生性サメ類、イカ
類、タラ類、甲殻類)により、海洋生物体内の汚染物質を調査している。
? 定期的な調査に加えて、その結果検出された高濃度の汚染に対応した詳細調査を
実施している。
(2)調査結果と評価
調査結果概要とその評価を次表に示す。
表日本周辺海域の海洋環境の評価結果
評価 項目 現状の評価施策の効果と今後のモニタリング
陸域起源の汚染堆積物・海洋生物中の汚染物質濃度ダイオキシン類
・大都市圏からの負荷が沿岸域の堆積物に影響を及ぼしている。沖合域堆積物中の濃度レベルは低いが、依然として検出されている。
・最近10 年間において一部の海域・生物種では減少傾向が認められたものの、全体としては明瞭な減少傾向を示していない。
・ダイオキシン特措法(1999 年)等により、近年の主要な排出源である焼却施設に由来する排出量は大幅に減少したものの、難分解性および高蓄積性のため、過去に放出されたものの影響が継続している。
・POPs 条約(2004 年発効)により国際的な削減が進められており、近隣諸国からの越境汚染も含め、今後も継続監視が必要である。
PCB
・大都市圏からの負荷が沿岸域の堆積物に影響を及ぼしている。沖合域堆積物中の濃度レベルは低いが、依然として検出されている。
・最近10 年間における海洋生物体内の濃度は、統計的に有意な減少傾向を示していない。
・化審法によりPCB の製造・使用・輸入が1974 年に原則禁止されたことに伴い、環境中のPCB 濃度は減少したものの、近年はその傾向が緩やかになっている。
・PCB 特措法によるPCB 廃棄物の処理が2004 年より開始されたことに伴い、環境中への流出は減少しつつあると考えられるものの、難分解性よび高蓄積性のため、その効果が堆積物や海洋生物に濃度減少として現れるには至っていない。
・POPs 条約において国際的な削減が進められており、近隣諸国からの越境汚染も含め、今後も継続監視が必要である。
ブチルスズ化合物
・主として外国船舶の航行に由来すると考えられる負荷が沿岸域の堆積物に影響を及ぼしている。沖合域堆積物中の濃度レベルは低いが、依然として検出されている。
・最近10 年間において一部の海域・生物種について減少傾向が認められたものの、全体としては明瞭な減少傾向を示していない。
・化審法による規制(1988〜1990 年)および自主規制に伴い、開放系用途の出荷量は減少したと推定されており、その結果、海洋生物体内の濃度は減少した。
近年におけるその減少は緩やかになっており、汚染の解消にはしばらく時間がかかると考えられる。
・AFS 条約が2008 年に発効し、これに伴い、わが国に入港する外国船舶に対し有機スズ化合物を含む船底防汚塗料の使用が禁止された。
重金属類
・大都市圏からの負荷が沿岸域の堆積物に影響を及ぼしている。
・わが国に由来する汚染は減少した一方、近隣諸国の経済発展に伴う越境汚染の増大が懸念され、それに合域においては人為的負荷が認められるレベルではない。
・一部の沿岸域においては、貧酸素環境に起因するメイオベントス群集の組成の変化が観測された。一方、有害化学物質汚染とメイオベントス群集の個体数や組成の変化との関係は認められなかった。
・わが国周辺の4000m 級までの海域におけるメイオベントス群集のベースラインデータが得られた。今後、その経時的変化を把握し、底生生物群集への影響を監視する。
栄養塩類
・一部の沿岸域では陸域からの負荷の影響が認められたが、その影響は沖合域まで広がっていなかった。
・今後もモニタリングを継続することが必要であるが、水質総量規制を含む排水規制により、負荷は削減されており、今後頻度削減の検討が可能である。
プラスチック類
・沖合域までプラスチック類が分布していることが明らかとなった。一旦環境中に流出したプラスチック類は容易には分解されず、長期にわたる生物への潜在的な影響が懸念される。
・近年、国内の削減方策の検討や、NOWPAP における各国の連携が図られるようになった。プラスチック生産量は世界では増加傾向にあり、これらを注視することが必要である。
海洋投棄由来の汚染・赤泥の投入処分点においては、許可申請時の事前環境影響評価で想定された範囲内で底生生物群集の個体数がバックグラウンドより減少していた。それ以外の投入処分地点においては、適正な投入処分に由来すると考えられる底質あるいは水質への特段の影響は認められなかった。
・わが国の投入処分に対する環境保全対策には、一定の効果が確認された。さらに海洋投入処分に係る許可制度の新設(2007 年)により、今後著しい汚染が生じる可能性は低いものの、引き続き、法に基づく投入処分の適切性を確認することが重要である。
特定の汚染海域(ホットスポット)の発見
・限られた調査の中で、底質より沖合域としては高い濃度の汚染を検出した。これらは人為的な影響であると判断された。いずれも人の健康に影響を及ぼすレベルではないと判断されたものの、海洋環境保全の観点から注視すべきものである。
・これまでに発見されたホットスポットについては継続的な監視を行うとともに、このような人為的汚染を防止するために、未調査海域についても適宜モニタリングを実施する必要がある。
(3)ホットスポットについて
海洋環境モニタリングにより、以下の三つの海域において沖合域の堆積物としては高い濃度の汚染が明らかとなった。
(1)紀伊水道周辺海域
紀伊水道周辺海域において堆積物からバックグラウンドよりも高濃度のPCB を検
出した。調査の結果、海底付近にPCB 負荷源が存在しており、1970 年前後から少
なくとも近年まで継続的な負荷があったと考えられる。また、負荷源は単一の性状
のものではない可能性が高いことを明らかにした。
(2)紀伊・四国沖
紀伊・四国沖の投入処分?海域および?海域(水深4000〜4500m 程度)において、
堆積物から高濃度のブチルおよびフェニルスズ化合物を検出した。
(3)日本海西部
日本海西部の投入処分?海域を中心とした広範囲の海域において、堆積物から高
濃度のブチルスズ化合物を検出した。
いずれの海域においても、人の健康に影響を及ぼすおそれはないと判断している
ものの、人為的な影響が沖合域に及んでいると言え、海洋生態系保全を含む海洋環
境保全の観点から、今後も引き続き監視を続けていくことが必要である。
http://www.env.go.jp/press/file_view.php?serial=14426&hou_id=11688
日本周辺海域における海洋汚染の現状
―主として海洋環境モニタリング調査結果(1998〜2007 年度)を踏まえて―
2009 年10 月
環境省
目次
1. 目的...........................................................1
2. 海洋環境モニタリング調査の概要....................2
2.1. 日本周辺の海域と海流............................2
2.2. 海洋環境モニタリング調査の概要..............4
3. 海洋環境の総合評価...................................5
3.1. 陸域起源の汚染の影響...........................8
3.1.1. 堆積物・海洋生物中の汚染物質濃度....8
3.1.2. 底生生物群集への影響.....................17
3.1.3. 栄養塩類.........................................18
3.1.4. プラスチック類の汚染.........................18
3.2. 投入処分に起因する汚染の影響...............21
3.3. 特定の汚染海域(ホットスポット)の発見......23
3.4. 今後の対策に向けて................................24
4. 参考文献.....................................................26
海洋環境モニタリング調査検討会
検討員(敬称略、50 音順)
石坂丞二長崎大学水産学部教授
小城春雄北海道大学水産学部名誉教授
白山義久京都大学フィールド科学教育研究センター長
田辺信介愛媛大学沿岸環境科学研究センター教授
中田英昭長崎大学大学院生産科学研究科長(座長)
西田周平東京大学海洋研究所浮遊生物分野教授
野尻幸宏独立行政法人国立環境研究所地球環境研究センター副センター長
二ツ町悟海上保安庁海洋情報部環境調査課海洋汚染調査室長
牧秀明独立行政法人国立環境研究所
水土壌圏環境研究領域海洋環境研究室主任研究員
注:検討員および所属は2009 年3 月時点のもの
本報告書の作成にあたっては、上記検討員の方々にご協力いただいた。
1. 目的
国連海洋法条約が1996 年7 月に発効したことを受け、わが国は排他的経済水域の環境保
全に責任を負うこととなり、これに対処するため環境省は海洋環境モニタリング調査検討
会(座長:中田英昭長崎大学教授)の指導の下、「海洋環境モニタリング指針」(環境庁,
1998)に基づく新たなモニタリング(海洋環境モニタリング調査)を1998 年度に開始した。
本モニタリングが対象としている海域は広大であることから、当該調査海域を3〜5 年で
一巡することを原則とした計画を立て、1998〜2007 年度の10 年間において、二巡の調査(フ
ェーズ1、フェーズ2)が終了したところである。同モニタリングでは、日本周辺海域を一
巡するごとに、海洋環境の実態について総合的な評価を行うこととしている。
一方、近年、北西太平洋地域海行動計画(NOWPAP)や地球海洋アセスメント(GMA)
等において、地域的、世界的に海洋環境の現状をとりまとめたステータスレポートが作成
されており、広域的な情報収集が活発化している。わが国においても、海洋環境の現状に
ついて積極的に情報提供を行い、国際的な貢献を果たすべきと考えられる。
上記の状況を踏まえ、ここでは、海洋環境モニタリング調査の結果を中心に、日本周辺
の沿岸から外洋域における、主として重金属類、PCB、ダイオキシン類等の有害化学物質に
よる汚染の現状を解析・評価し、ステータスレポートとしてまとめた。
2. 海洋環境モニタリング調査の概要
2.1. 日本周辺の海域と海流
わが国は四方を海で囲まれており、東側には海洋全体のほぼ半分を占める太平洋(平均
水深は4,282 m)がある。また、わが国周辺の沿海として、東シナ海、日本海、オホーツク
海がある。東シナ海は広い陸棚を有し、最大水深は2,719 m と深いものの、平均水深は188
m と極めて浅い海である。一方、日本海は最大水深3,796m、平均水深1,350 m と深くて閉
鎖的な海域である。オホーツク海の最大水深は3,372 m、平均水深は838 m であり、東シナ
海と日本海の中間的な性格を有しており、沿岸に沿って大陸棚が発達している(文部科学
省, 2002)。以上のように、わが国周辺海域は、一部に比較的発達した陸棚があるものの、
全体的にその面積は狭く、深い海に囲まれ、内湾以外に浅い海をほとんど持たない特徴を
有する(図2.1)。
日本周辺の海域の主な海流としては、暖流である黒潮及び対馬海流、寒流の親潮及びリ
マン海流がある(図2.2)。黒潮は、輸送する水の量が毎秒5,000 万トンにも達し、高温・
高塩・貧栄養の海水である。プランクトンが少ないため、透明度は高く、世界でも有数の
流れの強い海流として知られている。親潮は、オホーツク海やベーリング海の冷たい水が
起源となっており、栄養分を豊富に含んでいる。プランクトンが多いため、透明度は比較
的低い。この黒潮と親潮との潮境*は日本東方の海域に位置しており、水温が高く、栄養分
が豊富で魚類が多く集まることから、世界有数の漁場となっている(海上保安庁HP,2009)。
* 黒潮と親潮などのように温度や性質の違った水塊間の境目をいう。
※水深は200m ピッチ
図2.1 日本周辺の海底地形(海洋情報研究センターのデータより作成)
W:暖水、C:冷水
?黒潮、?黒潮続流、?黒潮反流、?対馬海流、?津軽暖流、?宗谷暖流、?親潮、?リマン海流
図2.2 日本周辺の主な海流(宇野木・久保田, 1996)
2.2. 海洋環境モニタリング調査の概要
日本国内では、行政、研究所、大学等の関係機関により様々なモニタリングが行われて
いる。環境省の海洋環境モニタリング調査の他、同省が実施している化学物質環境実態調
査、公共用水域調査、広域総合水質調査、及び他省庁としては、海上保安庁の海洋汚染調
査、気象庁の大気・海洋環境観測等があげられる。
海洋環境モニタリング調査では、発生源に着目し、陸域起源の汚染を対象とした調査と
海洋投棄による汚染を対象とした調査を実施している。
陸域起源の汚染を対象とした調査は、特に大きな汚染負荷が存在すると考えられる内湾
や沿岸域から、その沖合にかけての汚染物質の分布や濃度勾配を把握することで、陸域起
源の汚染負荷が海洋環境に及ぼす影響の把握を目的としている。
廃棄物等の海洋投入処分による汚染を対象とした調査は、近年において相当量の処分が
実施されている投入処分?・?海域(旧B・C 海域)において、海水、堆積物、海洋生物の
汚染状況を把握することを目的としている。
ヒトの健康保護あるいは生活環境の保全という従来からの観点に加え、海洋生態系を保
全するという観点から、環境基準よりもはるかに低い汚染物質濃度であっても、海洋生物
や海洋生態系に影響を及ぼしている可能性があることを考慮し、生体濃度調査および生物
群集調査を実施している。
本モニタリング調査の特徴は以下のとおりである。
? 沿岸域のみならず、沖合域の水深4000m 級の海域を対象として、海水(栄養塩および重金属類は各層採水)、堆積物、海洋生物、底生生物群集、浮遊性プラスチック類等に関する包括的な調査を実施している。
? 重金属類に加えて、POPs 条約対象物質であるPCB やダイオキシン類、有機スズ化合物など多様な有害物質を対象に含めている。
? 行政上規制あるいは要監視対象にはなっていない、主に下水汚泥に由来すると考えられるコプロスタノールや直鎖アルキルベンゼン等のマーカー物質も併せて測定を行っている。
? 沿岸域から沖合域にかけて分布する5 種類の海洋生物(イガイ類、底生性サメ類、イカ類、タラ類、甲殻類)を供試することにより、海洋生物体内のPCB やダイオキシン類等の汚染物質濃度の包括的なモニタリングを実施している。
? 定期的な調査に加え、その過程で判明した高濃度汚染に即応した詳細調査を実施している。
? 各測点における各測定対象物の過去数年間における変遷が把握されている。
3. 海洋環境の総合評価
日本周辺海域の海洋環境の現状および近年10 年間の傾向について、「海洋環境モニタリング調査」の結果を中心に、既存の研究調査結果も加味し、専門家による総合評価を行った。その概要は表3.1 に示した通りである。詳細を以下に述べる。
表3.1 日本周辺海域の海洋環境の評価結果(1)
評価項目現状の評価施策の効果と今後のモニタリング
陸域起源の汚染堆積物・海洋生物中の汚染物質濃度ダイオキシン類
・大都市圏からの負荷が沿岸域の堆積物に影響を及ぼしている。沖合域堆積物中の濃度レベルは低いが、依然として検出されている。
・最近10 年間において一部の海域・生物種では減少傾向が認められたものの、全体としては明瞭な減少傾向を示していない。
・ダイオキシン特措法(1999 年)等により、近年の主要な排出源である焼却施設に由来する排出量は大幅に減少したものの、難分解性および高蓄積性のため、過去に放出されたものの影響が継続している。
・POPs 条約(2004 年発効)により国際的な削減が進められており、近隣諸国からの越境汚染も含め、今後も継続監視が必要である。PCB ・大都市圏からの負荷が沿岸域の堆積物に影響を及ぼしている。沖合域堆積物中の濃度レベルは低いが、依然として検出されている。
・最近10 年間における海洋生物体内の濃度は、統計的に有意な減少傾向を示していない。
・化審法によりPCB の製造・使用・輸入が1974 年に原則禁止されたことに伴い、環境中のPCB 濃度は減少したものの、近年はその傾向が緩やかになっている。
・PCB 特措法によるPCB 廃棄物の処理が2004 年より開始されたことに伴い、環境中への流出は減少しつつあると考えられるものの、難分解性よび高蓄積性のため、その効果が堆積物や海洋生物に濃度減少として現れるには至っていない。
・POPs 条約において国際的な削減が進められており、近隣諸国からの越境汚染も含め、今後も継続監視が必要である。
ブチルスズ化合物
・主として外国船舶の航行に由来すると考えられる負荷が沿岸域の堆積物に影響を及ぼしている。沖合域堆積物中の濃度レベルは低いが、依然として検出されている。
・最近10 年間において一部の海域・生物種について減少傾向が認められたものの、全体としては明瞭な減少傾向を示していない。
・化審法による規制(1988〜1990 年)および自主規制に伴い、開放系用途の出荷量は減少したと推定されており、その結果、海洋生物体内の濃度は減少した。近年におけるその減少は緩やかになっており、汚染の解消にはしばらく時間がかかると考えられる。
・AFS 条約が2008 年に発効し、これに伴い、わが国に入港する外国船舶に対し有機スズ化合物を含む船底防汚塗料の使用が禁止された。この効果を今後継続的に検証する必要がある。
表3.1 日本周辺海域の海洋環境の評価結果(2)
評価項目現状の評価施策の効果と今後のモニタリング
陸域起源の汚染堆積物・海洋生物中の汚染物質濃度重金属類・大都市圏からの負荷が沿岸域の堆積物に影響を及ぼしている。元来、自然に存在するものであり、沖合域においては人為的負荷が認められるレベルではない。
・わが国に由来する汚染は減少した一方、近隣諸国の経済発展に伴う越境汚染の増大が懸念され、それに対応した調査の実施が必要である。
底生生物群集への影響
・一部の沿岸域においては、貧酸素環境に起因するメイオベントス群集の組成の変化が観測された。一方、有害化学物質汚染とメイオベントス群集の個体数や組成の変化との関係は認められなかった。
・わが国周辺の4000m 級までの海域におけるメイオベントス群集のベースラインデータが得られた。今後、その経時的変化を把握し、底生生物群集への影響を監視する。
栄養塩類
・一部の沿岸域では陸域からの負荷の影響が認められたが、その影響は沖合域まで広がっていなかった。
・今後もモニタリングを継続することが必要であるが、水質総量規制を含む排水規制により、負荷は削減されており、今後、頻度削減の検討が可能である。
プラスチック類
・沖合域までプラスチック類が分布していることが明らかとなった。一旦環境中に流出したプラスチック類は容易には分解されず、長期にわたる生物への潜在的な影響が懸念される
・近年、国内の削減方策の検討や、NOWPAP における各国の連携が図られるようになった。プラスチック生産量は世界では増加傾向にあり、これらを注視することが必要である。
海洋投棄由来の汚染
・赤泥の投入処分点においては、許可申請時の事前環境影響評価で想定された範囲内で底生生物群集の個体数がバックグラウンドより減少していた。それ以外の投入処分地点においては、適正な投入処分に由来すると考えられる底質あるいは水質への特段の影響は認められなかった。
・わが国の投入処分に対する環境保全対策には、一定の効果が確認された。さらに海洋投入処分に係る許可制度の新(2007 年)により、今後著しい汚染が生じる可能性は低いものの、引き続き、法に基づく投入処分の適切性を確認することが重要である。
特定の汚染海域(ホットスポット)の発見
・限られた調査の中で、底質より沖合域としては高い濃度の汚染を検出した。これらは人為的な影響であると判断された。いずれも人の健康に影響を及ぼすレベルではないと判断されたものの、海洋環境保全の観点から注視すべきものである。
・これまでに発見されたホットスポットについては継続的な監視を行うとともに、このような人為的汚染を防止するために、未調査海域についても適宜モニタリングを実施する必要がある。
3.1. 陸域起源の汚染の影響
3.1.1. 堆積物・海洋生物中の汚染物質濃度
(1) 総論
大きな汚染負荷が存在すると考えられる内湾や沿岸域から、その沖合にかけての汚染
物質の分布や濃度勾配を把握することで、陸域起源の汚染負荷が海洋環境に及ぼす影響
を把握することができる。堆積物中の汚染物質濃度のうち、内湾・沿岸域で高く沖合域
で低い傾向を示したものは以下のとおりである。PCB やブチルスズ化合物などの人工化
学物質は、本来自然には存在しない物質であり、ブチルスズ化合物を除いては、陸域か
らの汚染負荷の影響を示していると考えられる。
仙台湾〜沖合域:カドミウム、総水銀、PCB
東京湾〜沖合域:カドミウム、総水銀、鉛、PCB、ダイオキシン類、ブチルスズ化合物
伊勢湾〜沖合域:カドミウム、PCB
大阪湾〜沖合域:総水銀、鉛、PCB、ダイオキシン類、ブチルスズ化合物
富山湾〜沖合域:鉛、PCB、ダイオキシン類
ブチルスズ化合物については主要な用途は防汚塗料であり、陸域起源というよりは、
船舶の航行量が多いことに由来するものと推察される。これらを総合すると、大都市あ
るいは大工業地帯からの汚染負荷が沿岸域に影響を及ぼしていると考えられる。
これら物質の沖合域における濃度は低いものの、検出限界値以上の濃度で検出されて
おり、沿岸域の環境のみならず、沖合域においても影響を及ぼしている可能性がある。
以下、汚染の動向が注目されるものとして、ダイオキシン類、PCB、ブチルスズ化合物
をとりあげ、海洋環境モニタリングのデータに基づき、その汚染の現状と最近10 年間の
トレンドについて概説した上で、他のモニタリングや研究の結果も踏まえて、これまで
の経緯、長期トレンド、施策とその効果(評価)について述べる。
(2) ダイオキシン類
1)海洋環境モニタリングの調査結果
海洋環境モニタリング調査のデータによれば、堆積物中のダイオキシン類は大都市圏
を背後に抱える内湾・沿岸域で高く、沖合域で低いという傾向を示している(図3.1)。
このことは、陸域からの負荷が沿岸域に集積していることを示唆している。
海洋生物中のダイオキシン類については、一部の海域・生物種(東京湾のサメ類(肝
臓、筋肉)、黒潮域のイカ類(肝臓)、親潮域のイカ類(筋肉)、日本海域のタラ類(肝臓))
について統計的に有意な減少傾向が認められたものの(p<0.05)、全体としては明瞭な減
少傾向は認められない(図3.2)。
図3.1 表層堆積物中のダイオキシン類濃度の地理的分布(pg-TEQ/g dry wt)
図3.2 イカ類(肝臓)中のダイオキシン類濃度の経年変動(pg-TEQ/g wet wt)
2)これまでの施策の評価
わが国においては、ダイオキシン類の排出量のうち、特にPCDD 及びPCDF について
は、その約9 割が産業廃棄物の焼却時に排出されると推定されている(環境省,2005b)。
そこで、1997 年12 月から、大気汚染防止法や廃棄物処理法によって、焼却施設の煙突な
どから排出されるダイオキシン類の規制やごみ焼却施設の改善などの対策が進められて
きた。次いで1999 年3 月にダイオキシン対策推進基本指針が策定され、「今後4 年以内
に全国のダイオキシン類の排出総量を1997 年に比べ約9 割削減する」方針が打ち出され
た(ダイオキシン対策関係閣僚会議,1999)。また、ダイオキシン類対策特別措置法が1999
年7 月に成立、2000 年1 月に施行され、排出ガスおよび排出水に関する規制等が行われ
ている。
その結果、ダイオキシン類の総排出量は2007 年には1997 年から約96%減少した(環
境省,2008a)。これに伴い、排出量削減の効果が最も早く現れると考えられる大気中のダ
イオキシン類の濃度は急速に減少し、1997 年から2007 年の間に約92%減少した(環境
省,2008b)(図3.3)。その一方で、排出量削減の効果が現れるのが最も遅いと考えられ
る海洋生物中のダイオキシン類については、上述したとおり、一部の海域・生物種につ
いては減少傾向が認められたものの、全体としては明瞭な減少傾向を示していない。
図3.3 ダイオキシン類の排出総量と大気中濃度の推移
(環境省2008a;2008b より作成)
東京湾における柱状堆積物(1993 年に採取)の分析結果によると、ダイオキシン類濃
度の推移は、ダイオキシン類対策特別措置法が施行された2000 年以前の1970 年頃をピ
ークとして、その後減少している(図3.4;益永ら,2001)。東京湾の調査結果では、1960
年代〜1970 年代を中心として使用された農薬に不純物として含まれていたダイオキシン
類の影響が大きいとする見解が報告されている(益永,2004)。
柱状堆積物の平均年代
PCDD/DFs(ng/g-dry)
図3.4 東京湾の柱状堆積物におけるダイオキシン類濃度の変遷(益永ら,2001 を改変)
ダイオキシン類は環境中で分解しにくく(難分解性)、食物連鎖を通して生物体内に濃
縮される(高蓄積性)ため、過去に放出されたダイオキシン類の影響が現在でも継続し
ており、近年の主要な排出源である焼却施設に由来するダイオキシン類の排出量が減少
しても、海洋生物体内の濃度は速やかには減少しない可能性がある。
(3) PCB
1)海洋環境モニタリングの調査結果
海洋環境モニタリング調査のデータによれば、堆積物中のPCB は大都市圏を背後に抱
える内湾・沿岸域で高く、沖合域で低いという傾向を示している(図3.5)。このことは、
そのような海域においては、陸域からの負荷が沿岸域に集積しやすいことを示唆している。
海洋生物中のPCB については、最近10 年間において統計的に有意な減少傾向は認めら
れていない(p>0.05)(図3.6)。
2)これまでの施策の評価
わが国におけるPCB の使用は1954 年に開始された後、年々増加し1970 年にピークを
迎えたが、1972 年に生産が中止され(図3.7)、1974 年に化審法の第一種特定化学物質に
指定されてその使用が原則禁止された。
東京湾奥における柱状堆積物(1993 年に採取)の分析結果(奥田ら,2000)によると、
PCB 濃度は1960 年代に急増し1970 年頃をピークに減少に転じており、その使用量の推
移とよく対応している(図3.8)。その一方で、PCB の生産は1972 年に中止されたにも関
わらず、1980 年代半ば以降1993 年までは、最高値の30%程度の濃度で推移している。
また、魚類および貝類のPCB 濃度(全国平均)は、1970 年代末から減少傾向にあるが(環
境省,2007)、2000 年代はほぼ横ばいの状態で推移している(図3.9)。
※値のない縦軸は凡例と同じスケール
図3.5 表層堆積物中のPCB 濃度の地理的分布(ng/g dry wt)
図3.6 底生性サメ類(肝臓)中のPCB 濃度の経年変動(ng/g wet wt)
図3.7 PCB 使用量の推移(磯野,1975 より作成)
図3.8 東京湾の柱状堆積物におけるPCB の鉛直分布(奥田ら,2000 を改変)
PCB類
生物(pg/g-wet)
貝類魚類
定量[検出]下限値(pg/g-wet)
図3.9 生物体内のPCB 濃度の長期的推移(環境省,2007 より作成)
PCB が化審法の第一種特定化学物質に指定された後、既に生産されたPCB やそれを含
む製品は回収・保管されることとなったが、回収されたPCB の処理はスムーズに進展し
なかった。一方、長期にわたるPCB 廃棄物の保管は、その不明・紛失をもたらしており
(PCB 廃棄物処理事業評価検討会,2003)、それに由来する環境へのPCB の流出が懸念されている。
POPs 条約においてPCB の適切な処理を2028 年までに行うことが義務づけされたこと
もあり、わが国では「ポリ塩化ビフェニル廃棄物の適正な処理の推進に関する特別措置
法」(PCB 特措法)が2001 年に成立し、2016 年7 月までにPCB 廃棄物の処理を終えると
いう目標のもと、2004 年12 月より、化学処理法による無害化処理が順次進められている。
PCB は環境中で分解しにくく(難分解性)、食物連鎖を通して生物体内に濃縮・蓄積しや
すい(高蓄積性)ため、PCB 廃棄物の処理に伴う環境中への流出量の低減が、堆積物や
海洋生物の濃度の減少として未だ現れるには至っていない。
(4) ブチルスズ化合物
1)海洋環境モニタリングの調査結果
海洋環境モニタリング調査によれば、堆積物中のブチルスズ化合物は大都市圏の内
湾・沿岸域で高く、沖合域で低いという傾向を示している(図3.10)。ブチルスズ化合物
の主要な用途は防汚塗料であり、これは陸域起源というよりは、船舶の航行量が多いこ
とに由来するものと推察される。なお、後述するように、わが国ではブチルスズ化合物
を含む防汚塗料の使用は既に禁止されていることから、主たる負荷源は外国船舶の航行
と考えられる。
海洋生物中のブチルスズ化合物については、一部の海域・生物種(仙台湾および富山
湾のイガイ類(軟体部)、東京湾および有明海のサメ類(肝臓))について統計的に有意
な減少傾向が認められたものの(p<0.05)、全体としては明瞭な減少傾向を示していない
(図3.11)。
2)これまでの施策の評価
ブチルスズ化合物は1960 年代から防汚塗料(船底塗料や漁網防汚剤)として広く使用
されてきたが、1980 年代半ばに、わが国において有機スズ化合物による海洋汚染が社会
問題となった。これに伴い、わが国では化審法において、1990 年1 月にブチルスズ化合
物のうちトリブチルスズオキシド(TBTO)が第一種特定化学物質に指定され、製造、使
用、輸入が原則禁止された。同年9 月にはその他のトリブチルスズ(TBT)化合物が第二
種特定化学物質に指定され、製造、輸入予定数量の事前届出のほか、必要に応じ、製造、
輸入量が規制された。これと前後して、関連業界において防汚塗料の製造・使用が自主
規制された。TBT の推定開放系用途出荷量は1980 年代末をピークに急速に減少しており
(図3.12)、これは上記の規制の効果を示していると考えられる。
※値のない縦軸は凡例と同じスケール
図3.10 表層堆積物中のブチルスズ化合物濃度の地理的分布(ng/g dry wt)
図3.11 底生性サメ類(肝臓)中のブチルスズ化合物濃度の経年変動(ng/g wet wt)
図3.12 TBT の推定開放系用途出荷量(化学原料用を除く;TBT 基換算値)(中西・堀口,2006)
生物(ng/g-wet)
貝類魚類
定量[検出]下限値(ng/g-wet)
・幾何平均算出に際し、ndは検出下限値の1/2とした。
図3.13 生物体内のTBT 濃度の長期的推移(環境省,2007 より作成)
魚類および貝類のTBT 濃度は、環境省の化学物質環境実態調査が開始された1985 年か
ら長期的に減少する傾向を示している(図3.13; 環境省,2007)。これは、上記の政策の
効果が現れているものと考えられるが、その一方で、1998 年以降は減少が緩やかになっ
ている。また、海洋環境モニタリング調査の海洋生物体内の濃度についても、前述のと
おり、一部の海域・生物種について有意な減少傾向が認められたものの、全体としては
明瞭な減少傾向が見られなかった。これらの結果を総合的に解析すると、海洋生物体内
のトリブチルスズ化合物の汚染が解消するには、しばらく時間がかかると考えられる。
2008 年に、船舶の有害な防汚方法の規制に関する国際条約(AFS 条約)が発効した。
これに伴い、わが国に入港する外国船舶に対し有機スズ化合物を含む船底防汚塗料の使
用が禁止されるため、海域への負荷は減少することが期待される。
3.1.2. 底生生物群集への影響
様々な人間活動の海洋環境への影響は、最終的に海洋生態系の変化という形で現れる
と考えられる。海洋環境モニタリングでは、そのような観点から、メイオベントス群集
の調査を実施した。その結果、水深最大5000m 程度までの海域におけるデータが蓄積さ
れた(図3.14)。
一部の内湾域においては、貧酸素環境に由来すると考えられるメイオベントス群集の
組成の変化が確認された。一方、有害化学物質汚染とメイオベントス群集の個体数や組
成の変化との関係は認められなかった。
現時点では今後の評価の基礎となるベースラインデータが得られた段階であり、さら
にデータが蓄積されれば、環境への影響の評価も可能になると考えられる。
※棒グラフは個体数、折れ線グラフは水深を示す。
図3.14 メイオベントスの個体数の分布(個体/10cm2)
3.1.3. 栄養塩類
主要な湾のうち陸域からの負荷が大きい東京湾及び大阪湾において、沿岸域では湾奥
の表層の値が高く、河川水に由来すると推測される陸域から水質への人為的負荷の影響
が認められた。一方、沖合域では表層で低く、中層にピークのある鉛直分布が認められ、
既存の知見(才野,1995)と同様の傾向を示していることから、沿岸域の負荷の影響は
沖合域まで広がってはいなかったことが確認された(図3.15)。
図3.15 東京湾(2002 年12 月)及び大阪湾(2003 年12 月)から沖合域にかけての硝酸態窒素(μM)の鉛直分布
3.1.4. プラスチック類の汚染
1)海洋環境モニタリングの調査結果
海洋環境モニタリング調査の結果から、沿岸域のみならず、沖合域においてもプラス
チック類が分布していることが明らかとなった(図3.16)。一部の海域では、沿岸域で高
く沖合域で低いデータが得られているが、そのような明瞭な傾向を示すデータは少ない。
また、時空間的に不均一性が大きく、局所的に、また調査年により分布個数の多い測点
見られた。
図3.16 2004〜2006 年度のプラスチック類の分布(千個/km2)
2)既存の知見と国際的な取組
レジンペレットやプラスチック破片は、海鳥などの海洋生物が誤飲することが知られ
ている。生物体内に取り込まれたレジンペレット等のプラスチック類から有害物質が溶
出し、生物体内のそれらの濃度が有意に増加していることも報告されている(Teuten et al.,
2009)。一旦環境中に流出したプラスチック類は容易には分解されないこと、日本周辺海
域の広範囲にわたってプラスチック類が分布していることから、長期にわたる生物への
潜在的な生物影響が懸念される。
小城・福本(2000)は、1994〜95 年に北海道南東部沿岸域にプラスチック粒子が平均
49 万個/km2(範囲0〜989 万個/km2)分布していたことを報告している。海洋環境モニ
タリング調査では、同一の測点でも調査年により分布個数が大きく異なっていることか
ら、このデータとの比較だけでは経年的な増加あるいは減少の傾向を判断することは困難である。
近年、海洋ゴミの国内における削減に向けた方策の検討が行われるとともに、NOWPAP
において海洋ゴミの流出防止、モニタリング、除去および処理のための行動計画(RAP
MALI)が日中韓ロにより策定されている。その一方で、世界におけるプラスチックの生
産量は増加傾向にあり(図3.17)、環境への負荷は今後増大する可能性がある。
図3.17 プラスチック生産量の推移(日本プラスチック工業連盟HP,2008 より作成)
3.2. 投入処分に起因する汚染の影響
わが国における廃棄物の海洋投入処分は、海洋汚染防止法及び廃棄物処理法により規制
されている。これにより、国際条約であるロンドン条約及びその「1996 年の議定書」(96
年議定書)に定める内容が担保されている。
2007 年4 月以前においてわが国では、廃棄物海洋投入処分海域として、A、B、C、F 海
域が設定されていた(図3.18)。それぞれの海域については以下に述べるような廃棄物が投
入処分可能なものとして定められている。なお、A 海域はB 海域に、B 海域はC 海域に包
含され、F 海域は実質的にすべての海域である。
A 海域(現在のI 海域(未設定))は、2007 年以前は有害性の大きい物質を固化した廃棄
物の投入処分海域であったが、実際には1981 年以降、このような廃棄物の投入処分は実施
されておらず、2007 年の海洋汚染防止法改正後には、投入処分が禁止されている。B 海域
(現在の?海域)に投入処分されていた廃棄物は、主として非水溶性無機性汚泥である。
具体的な廃棄物の品目としては赤泥や建設汚泥が挙げられる。C 海域(現在の?海域)では、
有機性の廃棄物が投入処分されていた。具体的な品目としては、し尿及びし尿浄化槽汚泥
や有機性汚泥、廃酸・廃アルカリ、動植物性残さ、家畜ふん尿等が挙げられる。F 海域(現
在の?海域)においては水底土砂の投入処分が可能とされていた。
海洋投入処分にあたっては、有害化学物質が混入する恐れのある廃棄物については判定
基準が定められており、この基準を満たしたものだけを投入処分することができる。旧海
洋汚染防止法においては、国が包括的な環境影響評価を実施して、海洋投入処分できる廃
棄物を定め、及び適切な排出海域を設定した。これに対して、現行の海洋汚染防止法は、
廃棄物の排出を行う個々の事業者に対して、国の指定する排出海域内にて具体的な排出場
所を選定し、事前の環境影響評価や事後の監視を実施することが義務付けられている。
これまでの海洋環境モニタリング調査の結果によれば、?海域では投入処分の影響は検
出されていない。また、?および?海域については、房総・伊豆沖合の?海域では、投入
点において赤泥に由来する物質が検出され、メイオベントスに対する影響が認められたも
のの事前の環境影響評価で想定された範囲内であり、他のほとんどの海域においては、法
に基づいた投入処分による影響は検出されなかった。その一方で、一部の投入処分海域に
おいては、原因が明らかでない汚染も検出されている。これは不法投棄による影響の可能
性もあり、その汚染源の把握が必要と考えられる(3.3 参照)。
2007 年4 月1 日以降は、96 年議定書に対応した海洋汚染防止法の一部改正に伴い、廃棄
物の海洋投入処分に係る許可制度が新設された。これに伴い、海洋環境に及ぼす影響に関
し、排出事業者による事前の評価が行われることとなった。このため、今後、著しい汚染
が生じる可能性は低いものの、今後も引き続き、法に基づいた投入処分が適切に実施され
る確認作業が必要である。
図3.18 海洋投入処分海域図(環境法令研究会,2004 より作成)
3.3. 特定の汚染海域(ホットスポット)の発見
海洋環境モニタリング調査により、以下の三つの海域において沖合域の堆積物としては
他の海域でみられない高濃度汚染が明らかとなった。
(
1)紀伊水道周辺海域
紀伊水道周辺海域において、堆積物からバックグラウンドよりも高濃度のPCB を検出
した。調査の結果、海底付近にPCB 負荷源が存在しており、1970 年前後から少なくとも
近年まで継続的な負荷があったと考えられる。また、負荷源は単一の性状のものではな
い可能性が高いことが分かった。
(2)紀伊・四国沖
紀伊・四国沖の投入処分?海域および?海域(水深4000〜4500m 程度)において、堆
積物から高濃度のブチルおよびフェニルスズ化合物が検出された。
(3)日本海西部
日本海西部の投入処分?海域を中心とした広範囲の海域において、堆積物から高濃度
のブチルスズ化合物が検出された。
いずれの海域においても、人の健康に影響を及ぼすおそれはないと判断されるものの、
これらの事例は人為的な影響が沖合域に及んでいることを示しており、海洋環境及び生態
系の保全の観点から、今後も引き続き監視を続けることが必要である。
これまでのモニタリング調査では、このように深海底における汚染が検出されており、
人為的な汚染を抑止する観点から、これまでに調査を行っていない海域も含めて広範囲に
わたるモニタリング調査を今後も実施していく必要がある。
3.4. 今後の対策に向けて
先に述べたとおり、ダイオキシン類では法規制によりこの10 年間で排出量が1/10 以下に
減少した。それに伴い、大気中の濃度は急速に減少したが、その一方で、海洋生物中の濃
度については一部に減少傾向が認められるものの、全体としては減少傾向が明瞭ではない。
このように、いったん海洋に流出した汚染物質は、規制の効果がなかなか現れにくいと
いう特徴がある。海洋汚染の防止に関しては、このような海洋の特性を踏まえた、未然防
止先や保全対策が求められる。そうした観点も含め、以下に海洋環境モニタリング調査が
今後取り組むべき課題をとりまとめた。
(1)新たに汚染が懸念される物質の監視
PCB やダイオキシン類など残留性有機汚染物質(POPs)は、2004 年5 月に発効したPOPs
条約により、その生産・使用の廃絶や排出削減、適正処理等の対策が国際レベルで推進
されている。一方、現在流通・利用している化学物質の中にも既存のPOPs と類似の物理
化学性を有し、地球規模での汚染拡大や影響が懸念される物質群(POPs 候補物質)があ
り、2009 年5 月に開催された第4 回締約国会議においてPBDE(4〜7 臭素化体)やPFOS
等の物質が新たな対象物質となった。POPs 条約では、地球規模での環境モニタリングデ
ータをもとに、6 年ごとに条約の有効性評価が行われることとなっており、それに資する
データを集積するために、対象物質について長期的な監視が必要である。
(2)越境汚染に対応した調査の実施
近隣諸国の経済発展に伴い、これらの国々から海洋を通じた越境汚染の増大が懸念さ
れる。そのため、近隣諸国からの汚染物質の流入の早期発見に資する調査を実施すると
ともに、国際協力の枠組みを活用しながら、各国のモニタリングデータを入手し比較検
討することが必要である。
(3)投入処分規制の枠組みの変更に対応した調査の実施
海洋汚染防止法の一部改正に伴い、廃棄物の海洋投入処分に係る許可制度が新設され、
投入処分されているものの種類、量、位置を事前に正確に把握することが可能となった。
また、排出事業者による監視報告が義務付けられ、大量に投入処分される廃棄物につい
ては排出事業者によるフィールド調査が実施される見込みである。今後も継続的な投入
処分が実施される海域について、排出事業者による監視報告の妥当性、すなわち海洋環
境の汚染や影響を未然に防ぐモニタリングシステムの構築が必要である。
(4) CO2 海底下地層貯留の海洋環境への影響の監視
ロンドン条約96 年議定書附属書?改正案の採択により、CO2 海底下地層貯留が可能と
なった。わが国において、今後、実用化に向け沿岸域海底下における実証試験が実施さ
れる見込みである。CO2 海底下地層貯留の海洋環境への影響防止に向けて、海洋汚染防止
法に基づき廃棄物の海洋投入処分と同様の許可発給の枠組みが構築されており、今後実
際の事業実施段階における事業者による監視報告の妥当性、すなわち海洋環境への著し
い影響が生じていないことを国として検証することが必要である。
(5)特定汚染海域(ホットスポット)の継続監視
これまでの調査で明らかとされた紀伊水道周辺海域の堆積物中のPCB、紀伊・四国沖
の堆積物中の有機スズ化合物、日本海西部の堆積物中のブチルスズ化合物について、継
続的な監視を実施する必要がある。加えて、このような人為的汚染の事態を把握するた
めに、未調査海域についても適宜モニタリングを行う必要がある。
(6)オールジャパン体制での海洋環境の評価の実施
海洋環境の評価は近年、エコシステム・アプローチの観点から統合アセスメントを実
施する方向に向かっている。例えば英国では、関係省庁が協力してナショナルレポート
(Defra, 2005)を作成している。
わが国では2007 年7 月に海洋基本法が施行され、総理大臣を本部長とする総合海洋政
策本部が内閣に設置された。海洋基本計画が策定され、生態系、海洋汚染物質等の海洋
環境に関する科学的知見の充実を図ることや、海洋調査の推進が盛り込まれた。今回は、
環境省の海洋環境モニタリング調査の結果と他の既存の知見等も踏まえ海洋汚染に係る
評価を実施したが、今後、関係省庁が協力して、海洋生物や生息地のリスク評価、乱獲
等による水産資源への影響、気候変動に伴う海洋生態系への影響等も含めた、日本周辺
の海洋環境の包括的な評価の実現に向けて進んでいくことが望ましい。
(7)定期的な海洋環境の評価の実施
海洋環境モニタリング調査はおおむね5〜8 年で日本周辺海域の調査を実施する計画で
あり、2008 年度からフェーズ3 に移行している。各フェーズごとに、それまでに得られ
たデータに加え、国内外の関連するモニタリングデータを用いて、海洋環境の現状や政
策の効果等について定期的な評価を実施することにしている。
その結果を、わが国の海洋環境保全のための施策の立案・見直しに活かすと同時に、
NOWPAP のリージョナルアセスメントやGMA(地球海洋アセスメント)のグローバルア
セスメント等に活用していく。
海洋の連続性や大気を経由した広域の汚染の広がりを考慮すれば、海洋環境の保全を各
国が単独で実施するだけでは不十分であり、各国が協調して取り組んでいく必要があると
の認識が広まっている。NOWPAP、POPs 条約、GMA などの海洋環境保全のための国際協
調の枠組みを十分に活用しながら、海洋環境モニタリング調査をさらに充実させることに
より、わが国周辺海域を含む海洋環境の保全に大きく貢献していきたいと考えている。
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海洋環境モニタリング調査の結果は下記に掲載している。
http://www.env.go.jp/earth/kaiyo/monitoring.html
海洋環境モニタリング調査のデータは下記よりダウンロード可能。
http://www-gis4.nies.go.jp/kaiyo/
―――――――――――――――――――――――――
環境省地球環境局環境保全対策課
〒100-8975 東京都千代田区霞ヶ関1-2-2
TEL:03-3581-3351(代表)(内線6748)
03-5521-8245(直通)
FAX:03-3581-3348
http://www.env.go.jp
―――――――――――――――――――――――――
http://www.env.go.jp/press/file_view.php?serial=14427&hou_id=11688
「日本周辺海域における海洋汚染の現状(海洋環境モニタリング調査結果(1998〜2007年度))」の発表について
環境省が1998年度から毎年実施している「海洋環境モニタリング調査」の結果を中心として、日本周辺海域の沿岸域から沖合域における、主として有害化学物質による汚染の現状を整理し、学識経験者による評価を踏まえ、「日本周辺海域における海洋汚染の現状(海洋環境モニタリング調査結果(1998〜2007年))」として取りまとめました。
1 海洋環境モニタリング調査の概要
陸域起源の汚染の把握を目的とする、内湾や沿岸域から沖合域にかけての汚染物質分布や濃度勾配の調査と、海洋投棄による汚染の把握を目的とする、海水、堆積物、海洋生物の汚染状況を把握する調査を実施。具体的な調査項目等は、以下のとおり。
○海水、堆積物について、重金属類のほかPOPs条約対象物質であるPCBやダイオキシン類、有機スズ化合物等を調査。
○沿岸から沖合域に分布する底生生物群集の状況及び5種類の海洋生物(イガイ類、底生性サメ類、イカ類、タラ類、甲殻類)により、PCB、ダイオキシン類等の汚染物質の蓄積状況を調査。
○浮遊性プラスチック類の調査
2 結果概要
○重金属類、PCB、ダイオキシンともに沿岸域の堆積物から検出されており、大都市圏からの負荷が沿岸域に影響していることが示唆された。また、PCB、ダイオキシンについては沖合域の堆積物でも低レベルながら検出された。 ○紀伊水道周辺海域堆積物から比較的高濃度のPCBが、紀伊・四国沖及び日本海西部海域の堆積物からバックグランドより高い濃度の有機スズ化合物が検出された。
○一部の沿岸域において、貧酸素化に起因する底生生物の組成の変化が観測されたが、有害物質との関係は認められなかった。また、海洋生物体内のダイオキシン類及びPCBの濃度は有意な減少傾向を示していないことが分かった。 ○沖合域までプラスチック類が分布していることが明らかになった。 以上により、いずれの海域においても、人の健康に影響を及ぼすおそれはないと判断しているものの、人為的な影響が沿岸域から沖合域まで及んでいると言える。
3 今後の調査予定
海洋生態系保全を含む海洋環境保全の観点から、今後も引き続き海洋環境モニタリングを定期的に実施し、汚染状況の監視を続けていくことにしている。また、新たにPOPs条約の対象物質として追加されるPFOS等の監視や紀伊水道周辺海域等比較的高濃度の汚染が見つかった海域での継続監視等を行っていく必要がある。
http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=11688
日本周辺海域における海洋汚染の現状(海洋環境モニタリング調査結果(1998〜2007 年度))(概要版)
平成2 1 年1 0 月2 0 日
環境省地球環境局環境保全対策課
環境省においては、1998 年度から我が国の排他的経済水域の環境保全のため、海洋環境
モニタリング調査を開始した。1998〜2007 年度の10 年間において、3〜5年で一巡する
ことを前提とした調査の二巡の調査(フェーズ1、フェーズ2)が終了したところである。
これを受け、日本周辺海域の海洋環境の実態についての総合的な評価と国際的にも活用
されるよう日本周辺海域の海洋環境の現状についての積極的な情報提供を行うことを目的
とし、調査の結果を中心として、日本周辺海域の沿岸域から外洋域における、有害化学物
質による汚染の現状の整理及び評価を行い、ステータスレポートとして取りまとめた。今
回これを公表するもの。
公表内容の概要については、以下のとおり。
(1)調査概要
陸域起源の汚染を対象とし、特に大きな汚染負荷が存在すると考えられる内湾や沿岸
域からその沖合域にかけての汚染物質の分布や濃度勾配を把握する調査と、海洋投棄によ
る汚染を対象とし、投入処分?・?海域(旧B・C 海域)において、海水、堆積物、海洋生
物の汚染状況を把握する調査を実施している。また、従来からの人の健康保護あるいは生
活環境の保全という観点に加え、海洋生態系を保全するという観点から、生態濃度調査に
加え生物群集調査も実施している。
本モニタリング調査の特徴は以下の通りである。
? 沿岸域のみならず、沖合域の水深4000m 級の海域において、海水(栄養塩および
重金属類は各層採水)、堆積物、底生生物群集、浮遊性プラスチック類の調査を実施。
? 従来の汚染物質である重金属類の他、POPs 条約対象物質であるPCB やダイオキ
シン類、有機スズ化合物等を対象としている。
? 沿岸域から沖合域に分布する5 種類の海洋生物(イガイ類、底生性サメ類、イカ
類、タラ類、甲殻類)により、海洋生物体内の汚染物質を調査している。
? 定期的な調査に加えて、その結果検出された高濃度の汚染に対応した詳細調査を
実施している。
(2)調査結果と評価
調査結果概要とその評価を次表に示す。
表日本周辺海域の海洋環境の評価結果
評価 項目 現状の評価施策の効果と今後のモニタリング
陸域起源の汚染堆積物・海洋生物中の汚染物質濃度ダイオキシン類
・大都市圏からの負荷が沿岸域の堆積物に影響を及ぼしている。沖合域堆積物中の濃度レベルは低いが、依然として検出されている。
・最近10 年間において一部の海域・生物種では減少傾向が認められたものの、全体としては明瞭な減少傾向を示していない。
・ダイオキシン特措法(1999 年)等により、近年の主要な排出源である焼却施設に由来する排出量は大幅に減少したものの、難分解性および高蓄積性のため、過去に放出されたものの影響が継続している。
・POPs 条約(2004 年発効)により国際的な削減が進められており、近隣諸国からの越境汚染も含め、今後も継続監視が必要である。
PCB
・大都市圏からの負荷が沿岸域の堆積物に影響を及ぼしている。沖合域堆積物中の濃度レベルは低いが、依然として検出されている。
・最近10 年間における海洋生物体内の濃度は、統計的に有意な減少傾向を示していない。
・化審法によりPCB の製造・使用・輸入が1974 年に原則禁止されたことに伴い、環境中のPCB 濃度は減少したものの、近年はその傾向が緩やかになっている。
・PCB 特措法によるPCB 廃棄物の処理が2004 年より開始されたことに伴い、環境中への流出は減少しつつあると考えられるものの、難分解性よび高蓄積性のため、その効果が堆積物や海洋生物に濃度減少として現れるには至っていない。
・POPs 条約において国際的な削減が進められており、近隣諸国からの越境汚染も含め、今後も継続監視が必要である。
ブチルスズ化合物
・主として外国船舶の航行に由来すると考えられる負荷が沿岸域の堆積物に影響を及ぼしている。沖合域堆積物中の濃度レベルは低いが、依然として検出されている。
・最近10 年間において一部の海域・生物種について減少傾向が認められたものの、全体としては明瞭な減少傾向を示していない。
・化審法による規制(1988〜1990 年)および自主規制に伴い、開放系用途の出荷量は減少したと推定されており、その結果、海洋生物体内の濃度は減少した。
近年におけるその減少は緩やかになっており、汚染の解消にはしばらく時間がかかると考えられる。
・AFS 条約が2008 年に発効し、これに伴い、わが国に入港する外国船舶に対し有機スズ化合物を含む船底防汚塗料の使用が禁止された。
重金属類
・大都市圏からの負荷が沿岸域の堆積物に影響を及ぼしている。
・わが国に由来する汚染は減少した一方、近隣諸国の経済発展に伴う越境汚染の増大が懸念され、それに合域においては人為的負荷が認められるレベルではない。
・一部の沿岸域においては、貧酸素環境に起因するメイオベントス群集の組成の変化が観測された。一方、有害化学物質汚染とメイオベントス群集の個体数や組成の変化との関係は認められなかった。
・わが国周辺の4000m 級までの海域におけるメイオベントス群集のベースラインデータが得られた。今後、その経時的変化を把握し、底生生物群集への影響を監視する。
栄養塩類
・一部の沿岸域では陸域からの負荷の影響が認められたが、その影響は沖合域まで広がっていなかった。
・今後もモニタリングを継続することが必要であるが、水質総量規制を含む排水規制により、負荷は削減されており、今後頻度削減の検討が可能である。
プラスチック類
・沖合域までプラスチック類が分布していることが明らかとなった。一旦環境中に流出したプラスチック類は容易には分解されず、長期にわたる生物への潜在的な影響が懸念される。
・近年、国内の削減方策の検討や、NOWPAP における各国の連携が図られるようになった。プラスチック生産量は世界では増加傾向にあり、これらを注視することが必要である。
海洋投棄由来の汚染・赤泥の投入処分点においては、許可申請時の事前環境影響評価で想定された範囲内で底生生物群集の個体数がバックグラウンドより減少していた。それ以外の投入処分地点においては、適正な投入処分に由来すると考えられる底質あるいは水質への特段の影響は認められなかった。
・わが国の投入処分に対する環境保全対策には、一定の効果が確認された。さらに海洋投入処分に係る許可制度の新設(2007 年)により、今後著しい汚染が生じる可能性は低いものの、引き続き、法に基づく投入処分の適切性を確認することが重要である。
特定の汚染海域(ホットスポット)の発見
・限られた調査の中で、底質より沖合域としては高い濃度の汚染を検出した。これらは人為的な影響であると判断された。いずれも人の健康に影響を及ぼすレベルではないと判断されたものの、海洋環境保全の観点から注視すべきものである。
・これまでに発見されたホットスポットについては継続的な監視を行うとともに、このような人為的汚染を防止するために、未調査海域についても適宜モニタリングを実施する必要がある。
(3)ホットスポットについて
海洋環境モニタリングにより、以下の三つの海域において沖合域の堆積物としては高い濃度の汚染が明らかとなった。
(1)紀伊水道周辺海域
紀伊水道周辺海域において堆積物からバックグラウンドよりも高濃度のPCB を検
出した。調査の結果、海底付近にPCB 負荷源が存在しており、1970 年前後から少
なくとも近年まで継続的な負荷があったと考えられる。また、負荷源は単一の性状
のものではない可能性が高いことを明らかにした。
(2)紀伊・四国沖
紀伊・四国沖の投入処分?海域および?海域(水深4000〜4500m 程度)において、
堆積物から高濃度のブチルおよびフェニルスズ化合物を検出した。
(3)日本海西部
日本海西部の投入処分?海域を中心とした広範囲の海域において、堆積物から高
濃度のブチルスズ化合物を検出した。
いずれの海域においても、人の健康に影響を及ぼすおそれはないと判断している
ものの、人為的な影響が沖合域に及んでいると言え、海洋生態系保全を含む海洋環
境保全の観点から、今後も引き続き監視を続けていくことが必要である。
http://www.env.go.jp/press/file_view.php?serial=14426&hou_id=11688
日本周辺海域における海洋汚染の現状
―主として海洋環境モニタリング調査結果(1998〜2007 年度)を踏まえて―
2009 年10 月
環境省
目次
1. 目的...........................................................1
2. 海洋環境モニタリング調査の概要....................2
2.1. 日本周辺の海域と海流............................2
2.2. 海洋環境モニタリング調査の概要..............4
3. 海洋環境の総合評価...................................5
3.1. 陸域起源の汚染の影響...........................8
3.1.1. 堆積物・海洋生物中の汚染物質濃度....8
3.1.2. 底生生物群集への影響.....................17
3.1.3. 栄養塩類.........................................18
3.1.4. プラスチック類の汚染.........................18
3.2. 投入処分に起因する汚染の影響...............21
3.3. 特定の汚染海域(ホットスポット)の発見......23
3.4. 今後の対策に向けて................................24
4. 参考文献.....................................................26
海洋環境モニタリング調査検討会
検討員(敬称略、50 音順)
石坂丞二長崎大学水産学部教授
小城春雄北海道大学水産学部名誉教授
白山義久京都大学フィールド科学教育研究センター長
田辺信介愛媛大学沿岸環境科学研究センター教授
中田英昭長崎大学大学院生産科学研究科長(座長)
西田周平東京大学海洋研究所浮遊生物分野教授
野尻幸宏独立行政法人国立環境研究所地球環境研究センター副センター長
二ツ町悟海上保安庁海洋情報部環境調査課海洋汚染調査室長
牧秀明独立行政法人国立環境研究所
水土壌圏環境研究領域海洋環境研究室主任研究員
注:検討員および所属は2009 年3 月時点のもの
本報告書の作成にあたっては、上記検討員の方々にご協力いただいた。
1. 目的
国連海洋法条約が1996 年7 月に発効したことを受け、わが国は排他的経済水域の環境保
全に責任を負うこととなり、これに対処するため環境省は海洋環境モニタリング調査検討
会(座長:中田英昭長崎大学教授)の指導の下、「海洋環境モニタリング指針」(環境庁,
1998)に基づく新たなモニタリング(海洋環境モニタリング調査)を1998 年度に開始した。
本モニタリングが対象としている海域は広大であることから、当該調査海域を3〜5 年で
一巡することを原則とした計画を立て、1998〜2007 年度の10 年間において、二巡の調査(フ
ェーズ1、フェーズ2)が終了したところである。同モニタリングでは、日本周辺海域を一
巡するごとに、海洋環境の実態について総合的な評価を行うこととしている。
一方、近年、北西太平洋地域海行動計画(NOWPAP)や地球海洋アセスメント(GMA)
等において、地域的、世界的に海洋環境の現状をとりまとめたステータスレポートが作成
されており、広域的な情報収集が活発化している。わが国においても、海洋環境の現状に
ついて積極的に情報提供を行い、国際的な貢献を果たすべきと考えられる。
上記の状況を踏まえ、ここでは、海洋環境モニタリング調査の結果を中心に、日本周辺
の沿岸から外洋域における、主として重金属類、PCB、ダイオキシン類等の有害化学物質に
よる汚染の現状を解析・評価し、ステータスレポートとしてまとめた。
2. 海洋環境モニタリング調査の概要
2.1. 日本周辺の海域と海流
わが国は四方を海で囲まれており、東側には海洋全体のほぼ半分を占める太平洋(平均
水深は4,282 m)がある。また、わが国周辺の沿海として、東シナ海、日本海、オホーツク
海がある。東シナ海は広い陸棚を有し、最大水深は2,719 m と深いものの、平均水深は188
m と極めて浅い海である。一方、日本海は最大水深3,796m、平均水深1,350 m と深くて閉
鎖的な海域である。オホーツク海の最大水深は3,372 m、平均水深は838 m であり、東シナ
海と日本海の中間的な性格を有しており、沿岸に沿って大陸棚が発達している(文部科学
省, 2002)。以上のように、わが国周辺海域は、一部に比較的発達した陸棚があるものの、
全体的にその面積は狭く、深い海に囲まれ、内湾以外に浅い海をほとんど持たない特徴を
有する(図2.1)。
日本周辺の海域の主な海流としては、暖流である黒潮及び対馬海流、寒流の親潮及びリ
マン海流がある(図2.2)。黒潮は、輸送する水の量が毎秒5,000 万トンにも達し、高温・
高塩・貧栄養の海水である。プランクトンが少ないため、透明度は高く、世界でも有数の
流れの強い海流として知られている。親潮は、オホーツク海やベーリング海の冷たい水が
起源となっており、栄養分を豊富に含んでいる。プランクトンが多いため、透明度は比較
的低い。この黒潮と親潮との潮境*は日本東方の海域に位置しており、水温が高く、栄養分
が豊富で魚類が多く集まることから、世界有数の漁場となっている(海上保安庁HP,2009)。
* 黒潮と親潮などのように温度や性質の違った水塊間の境目をいう。
※水深は200m ピッチ
図2.1 日本周辺の海底地形(海洋情報研究センターのデータより作成)
W:暖水、C:冷水
?黒潮、?黒潮続流、?黒潮反流、?対馬海流、?津軽暖流、?宗谷暖流、?親潮、?リマン海流
図2.2 日本周辺の主な海流(宇野木・久保田, 1996)
2.2. 海洋環境モニタリング調査の概要
日本国内では、行政、研究所、大学等の関係機関により様々なモニタリングが行われて
いる。環境省の海洋環境モニタリング調査の他、同省が実施している化学物質環境実態調
査、公共用水域調査、広域総合水質調査、及び他省庁としては、海上保安庁の海洋汚染調
査、気象庁の大気・海洋環境観測等があげられる。
海洋環境モニタリング調査では、発生源に着目し、陸域起源の汚染を対象とした調査と
海洋投棄による汚染を対象とした調査を実施している。
陸域起源の汚染を対象とした調査は、特に大きな汚染負荷が存在すると考えられる内湾
や沿岸域から、その沖合にかけての汚染物質の分布や濃度勾配を把握することで、陸域起
源の汚染負荷が海洋環境に及ぼす影響の把握を目的としている。
廃棄物等の海洋投入処分による汚染を対象とした調査は、近年において相当量の処分が
実施されている投入処分?・?海域(旧B・C 海域)において、海水、堆積物、海洋生物の
汚染状況を把握することを目的としている。
ヒトの健康保護あるいは生活環境の保全という従来からの観点に加え、海洋生態系を保
全するという観点から、環境基準よりもはるかに低い汚染物質濃度であっても、海洋生物
や海洋生態系に影響を及ぼしている可能性があることを考慮し、生体濃度調査および生物
群集調査を実施している。
本モニタリング調査の特徴は以下のとおりである。
? 沿岸域のみならず、沖合域の水深4000m 級の海域を対象として、海水(栄養塩および重金属類は各層採水)、堆積物、海洋生物、底生生物群集、浮遊性プラスチック類等に関する包括的な調査を実施している。
? 重金属類に加えて、POPs 条約対象物質であるPCB やダイオキシン類、有機スズ化合物など多様な有害物質を対象に含めている。
? 行政上規制あるいは要監視対象にはなっていない、主に下水汚泥に由来すると考えられるコプロスタノールや直鎖アルキルベンゼン等のマーカー物質も併せて測定を行っている。
? 沿岸域から沖合域にかけて分布する5 種類の海洋生物(イガイ類、底生性サメ類、イカ類、タラ類、甲殻類)を供試することにより、海洋生物体内のPCB やダイオキシン類等の汚染物質濃度の包括的なモニタリングを実施している。
? 定期的な調査に加え、その過程で判明した高濃度汚染に即応した詳細調査を実施している。
? 各測点における各測定対象物の過去数年間における変遷が把握されている。
3. 海洋環境の総合評価
日本周辺海域の海洋環境の現状および近年10 年間の傾向について、「海洋環境モニタリング調査」の結果を中心に、既存の研究調査結果も加味し、専門家による総合評価を行った。その概要は表3.1 に示した通りである。詳細を以下に述べる。
表3.1 日本周辺海域の海洋環境の評価結果(1)
評価項目現状の評価施策の効果と今後のモニタリング
陸域起源の汚染堆積物・海洋生物中の汚染物質濃度ダイオキシン類
・大都市圏からの負荷が沿岸域の堆積物に影響を及ぼしている。沖合域堆積物中の濃度レベルは低いが、依然として検出されている。
・最近10 年間において一部の海域・生物種では減少傾向が認められたものの、全体としては明瞭な減少傾向を示していない。
・ダイオキシン特措法(1999 年)等により、近年の主要な排出源である焼却施設に由来する排出量は大幅に減少したものの、難分解性および高蓄積性のため、過去に放出されたものの影響が継続している。
・POPs 条約(2004 年発効)により国際的な削減が進められており、近隣諸国からの越境汚染も含め、今後も継続監視が必要である。PCB ・大都市圏からの負荷が沿岸域の堆積物に影響を及ぼしている。沖合域堆積物中の濃度レベルは低いが、依然として検出されている。
・最近10 年間における海洋生物体内の濃度は、統計的に有意な減少傾向を示していない。
・化審法によりPCB の製造・使用・輸入が1974 年に原則禁止されたことに伴い、環境中のPCB 濃度は減少したものの、近年はその傾向が緩やかになっている。
・PCB 特措法によるPCB 廃棄物の処理が2004 年より開始されたことに伴い、環境中への流出は減少しつつあると考えられるものの、難分解性よび高蓄積性のため、その効果が堆積物や海洋生物に濃度減少として現れるには至っていない。
・POPs 条約において国際的な削減が進められており、近隣諸国からの越境汚染も含め、今後も継続監視が必要である。
ブチルスズ化合物
・主として外国船舶の航行に由来すると考えられる負荷が沿岸域の堆積物に影響を及ぼしている。沖合域堆積物中の濃度レベルは低いが、依然として検出されている。
・最近10 年間において一部の海域・生物種について減少傾向が認められたものの、全体としては明瞭な減少傾向を示していない。
・化審法による規制(1988〜1990 年)および自主規制に伴い、開放系用途の出荷量は減少したと推定されており、その結果、海洋生物体内の濃度は減少した。近年におけるその減少は緩やかになっており、汚染の解消にはしばらく時間がかかると考えられる。
・AFS 条約が2008 年に発効し、これに伴い、わが国に入港する外国船舶に対し有機スズ化合物を含む船底防汚塗料の使用が禁止された。この効果を今後継続的に検証する必要がある。
表3.1 日本周辺海域の海洋環境の評価結果(2)
評価項目現状の評価施策の効果と今後のモニタリング
陸域起源の汚染堆積物・海洋生物中の汚染物質濃度重金属類・大都市圏からの負荷が沿岸域の堆積物に影響を及ぼしている。元来、自然に存在するものであり、沖合域においては人為的負荷が認められるレベルではない。
・わが国に由来する汚染は減少した一方、近隣諸国の経済発展に伴う越境汚染の増大が懸念され、それに対応した調査の実施が必要である。
底生生物群集への影響
・一部の沿岸域においては、貧酸素環境に起因するメイオベントス群集の組成の変化が観測された。一方、有害化学物質汚染とメイオベントス群集の個体数や組成の変化との関係は認められなかった。
・わが国周辺の4000m 級までの海域におけるメイオベントス群集のベースラインデータが得られた。今後、その経時的変化を把握し、底生生物群集への影響を監視する。
栄養塩類
・一部の沿岸域では陸域からの負荷の影響が認められたが、その影響は沖合域まで広がっていなかった。
・今後もモニタリングを継続することが必要であるが、水質総量規制を含む排水規制により、負荷は削減されており、今後、頻度削減の検討が可能である。
プラスチック類
・沖合域までプラスチック類が分布していることが明らかとなった。一旦環境中に流出したプラスチック類は容易には分解されず、長期にわたる生物への潜在的な影響が懸念される
・近年、国内の削減方策の検討や、NOWPAP における各国の連携が図られるようになった。プラスチック生産量は世界では増加傾向にあり、これらを注視することが必要である。
海洋投棄由来の汚染
・赤泥の投入処分点においては、許可申請時の事前環境影響評価で想定された範囲内で底生生物群集の個体数がバックグラウンドより減少していた。それ以外の投入処分地点においては、適正な投入処分に由来すると考えられる底質あるいは水質への特段の影響は認められなかった。
・わが国の投入処分に対する環境保全対策には、一定の効果が確認された。さらに海洋投入処分に係る許可制度の新(2007 年)により、今後著しい汚染が生じる可能性は低いものの、引き続き、法に基づく投入処分の適切性を確認することが重要である。
特定の汚染海域(ホットスポット)の発見
・限られた調査の中で、底質より沖合域としては高い濃度の汚染を検出した。これらは人為的な影響であると判断された。いずれも人の健康に影響を及ぼすレベルではないと判断されたものの、海洋環境保全の観点から注視すべきものである。
・これまでに発見されたホットスポットについては継続的な監視を行うとともに、このような人為的汚染を防止するために、未調査海域についても適宜モニタリングを実施する必要がある。
3.1. 陸域起源の汚染の影響
3.1.1. 堆積物・海洋生物中の汚染物質濃度
(1) 総論
大きな汚染負荷が存在すると考えられる内湾や沿岸域から、その沖合にかけての汚染
物質の分布や濃度勾配を把握することで、陸域起源の汚染負荷が海洋環境に及ぼす影響
を把握することができる。堆積物中の汚染物質濃度のうち、内湾・沿岸域で高く沖合域
で低い傾向を示したものは以下のとおりである。PCB やブチルスズ化合物などの人工化
学物質は、本来自然には存在しない物質であり、ブチルスズ化合物を除いては、陸域か
らの汚染負荷の影響を示していると考えられる。
仙台湾〜沖合域:カドミウム、総水銀、PCB
東京湾〜沖合域:カドミウム、総水銀、鉛、PCB、ダイオキシン類、ブチルスズ化合物
伊勢湾〜沖合域:カドミウム、PCB
大阪湾〜沖合域:総水銀、鉛、PCB、ダイオキシン類、ブチルスズ化合物
富山湾〜沖合域:鉛、PCB、ダイオキシン類
ブチルスズ化合物については主要な用途は防汚塗料であり、陸域起源というよりは、
船舶の航行量が多いことに由来するものと推察される。これらを総合すると、大都市あ
るいは大工業地帯からの汚染負荷が沿岸域に影響を及ぼしていると考えられる。
これら物質の沖合域における濃度は低いものの、検出限界値以上の濃度で検出されて
おり、沿岸域の環境のみならず、沖合域においても影響を及ぼしている可能性がある。
以下、汚染の動向が注目されるものとして、ダイオキシン類、PCB、ブチルスズ化合物
をとりあげ、海洋環境モニタリングのデータに基づき、その汚染の現状と最近10 年間の
トレンドについて概説した上で、他のモニタリングや研究の結果も踏まえて、これまで
の経緯、長期トレンド、施策とその効果(評価)について述べる。
(2) ダイオキシン類
1)海洋環境モニタリングの調査結果
海洋環境モニタリング調査のデータによれば、堆積物中のダイオキシン類は大都市圏
を背後に抱える内湾・沿岸域で高く、沖合域で低いという傾向を示している(図3.1)。
このことは、陸域からの負荷が沿岸域に集積していることを示唆している。
海洋生物中のダイオキシン類については、一部の海域・生物種(東京湾のサメ類(肝
臓、筋肉)、黒潮域のイカ類(肝臓)、親潮域のイカ類(筋肉)、日本海域のタラ類(肝臓))
について統計的に有意な減少傾向が認められたものの(p<0.05)、全体としては明瞭な減
少傾向は認められない(図3.2)。
図3.1 表層堆積物中のダイオキシン類濃度の地理的分布(pg-TEQ/g dry wt)
図3.2 イカ類(肝臓)中のダイオキシン類濃度の経年変動(pg-TEQ/g wet wt)
2)これまでの施策の評価
わが国においては、ダイオキシン類の排出量のうち、特にPCDD 及びPCDF について
は、その約9 割が産業廃棄物の焼却時に排出されると推定されている(環境省,2005b)。
そこで、1997 年12 月から、大気汚染防止法や廃棄物処理法によって、焼却施設の煙突な
どから排出されるダイオキシン類の規制やごみ焼却施設の改善などの対策が進められて
きた。次いで1999 年3 月にダイオキシン対策推進基本指針が策定され、「今後4 年以内
に全国のダイオキシン類の排出総量を1997 年に比べ約9 割削減する」方針が打ち出され
た(ダイオキシン対策関係閣僚会議,1999)。また、ダイオキシン類対策特別措置法が1999
年7 月に成立、2000 年1 月に施行され、排出ガスおよび排出水に関する規制等が行われ
ている。
その結果、ダイオキシン類の総排出量は2007 年には1997 年から約96%減少した(環
境省,2008a)。これに伴い、排出量削減の効果が最も早く現れると考えられる大気中のダ
イオキシン類の濃度は急速に減少し、1997 年から2007 年の間に約92%減少した(環境
省,2008b)(図3.3)。その一方で、排出量削減の効果が現れるのが最も遅いと考えられ
る海洋生物中のダイオキシン類については、上述したとおり、一部の海域・生物種につ
いては減少傾向が認められたものの、全体としては明瞭な減少傾向を示していない。
図3.3 ダイオキシン類の排出総量と大気中濃度の推移
(環境省2008a;2008b より作成)
東京湾における柱状堆積物(1993 年に採取)の分析結果によると、ダイオキシン類濃
度の推移は、ダイオキシン類対策特別措置法が施行された2000 年以前の1970 年頃をピ
ークとして、その後減少している(図3.4;益永ら,2001)。東京湾の調査結果では、1960
年代〜1970 年代を中心として使用された農薬に不純物として含まれていたダイオキシン
類の影響が大きいとする見解が報告されている(益永,2004)。
柱状堆積物の平均年代
PCDD/DFs(ng/g-dry)
図3.4 東京湾の柱状堆積物におけるダイオキシン類濃度の変遷(益永ら,2001 を改変)
ダイオキシン類は環境中で分解しにくく(難分解性)、食物連鎖を通して生物体内に濃
縮される(高蓄積性)ため、過去に放出されたダイオキシン類の影響が現在でも継続し
ており、近年の主要な排出源である焼却施設に由来するダイオキシン類の排出量が減少
しても、海洋生物体内の濃度は速やかには減少しない可能性がある。
(3) PCB
1)海洋環境モニタリングの調査結果
海洋環境モニタリング調査のデータによれば、堆積物中のPCB は大都市圏を背後に抱
える内湾・沿岸域で高く、沖合域で低いという傾向を示している(図3.5)。このことは、
そのような海域においては、陸域からの負荷が沿岸域に集積しやすいことを示唆している。
海洋生物中のPCB については、最近10 年間において統計的に有意な減少傾向は認めら
れていない(p>0.05)(図3.6)。
2)これまでの施策の評価
わが国におけるPCB の使用は1954 年に開始された後、年々増加し1970 年にピークを
迎えたが、1972 年に生産が中止され(図3.7)、1974 年に化審法の第一種特定化学物質に
指定されてその使用が原則禁止された。
東京湾奥における柱状堆積物(1993 年に採取)の分析結果(奥田ら,2000)によると、
PCB 濃度は1960 年代に急増し1970 年頃をピークに減少に転じており、その使用量の推
移とよく対応している(図3.8)。その一方で、PCB の生産は1972 年に中止されたにも関
わらず、1980 年代半ば以降1993 年までは、最高値の30%程度の濃度で推移している。
また、魚類および貝類のPCB 濃度(全国平均)は、1970 年代末から減少傾向にあるが(環
境省,2007)、2000 年代はほぼ横ばいの状態で推移している(図3.9)。
※値のない縦軸は凡例と同じスケール
図3.5 表層堆積物中のPCB 濃度の地理的分布(ng/g dry wt)
図3.6 底生性サメ類(肝臓)中のPCB 濃度の経年変動(ng/g wet wt)
図3.7 PCB 使用量の推移(磯野,1975 より作成)
図3.8 東京湾の柱状堆積物におけるPCB の鉛直分布(奥田ら,2000 を改変)
PCB類
生物(pg/g-wet)
貝類魚類
定量[検出]下限値(pg/g-wet)
図3.9 生物体内のPCB 濃度の長期的推移(環境省,2007 より作成)
PCB が化審法の第一種特定化学物質に指定された後、既に生産されたPCB やそれを含
む製品は回収・保管されることとなったが、回収されたPCB の処理はスムーズに進展し
なかった。一方、長期にわたるPCB 廃棄物の保管は、その不明・紛失をもたらしており
(PCB 廃棄物処理事業評価検討会,2003)、それに由来する環境へのPCB の流出が懸念されている。
POPs 条約においてPCB の適切な処理を2028 年までに行うことが義務づけされたこと
もあり、わが国では「ポリ塩化ビフェニル廃棄物の適正な処理の推進に関する特別措置
法」(PCB 特措法)が2001 年に成立し、2016 年7 月までにPCB 廃棄物の処理を終えると
いう目標のもと、2004 年12 月より、化学処理法による無害化処理が順次進められている。
PCB は環境中で分解しにくく(難分解性)、食物連鎖を通して生物体内に濃縮・蓄積しや
すい(高蓄積性)ため、PCB 廃棄物の処理に伴う環境中への流出量の低減が、堆積物や
海洋生物の濃度の減少として未だ現れるには至っていない。
(4) ブチルスズ化合物
1)海洋環境モニタリングの調査結果
海洋環境モニタリング調査によれば、堆積物中のブチルスズ化合物は大都市圏の内
湾・沿岸域で高く、沖合域で低いという傾向を示している(図3.10)。ブチルスズ化合物
の主要な用途は防汚塗料であり、これは陸域起源というよりは、船舶の航行量が多いこ
とに由来するものと推察される。なお、後述するように、わが国ではブチルスズ化合物
を含む防汚塗料の使用は既に禁止されていることから、主たる負荷源は外国船舶の航行
と考えられる。
海洋生物中のブチルスズ化合物については、一部の海域・生物種(仙台湾および富山
湾のイガイ類(軟体部)、東京湾および有明海のサメ類(肝臓))について統計的に有意
な減少傾向が認められたものの(p<0.05)、全体としては明瞭な減少傾向を示していない
(図3.11)。
2)これまでの施策の評価
ブチルスズ化合物は1960 年代から防汚塗料(船底塗料や漁網防汚剤)として広く使用
されてきたが、1980 年代半ばに、わが国において有機スズ化合物による海洋汚染が社会
問題となった。これに伴い、わが国では化審法において、1990 年1 月にブチルスズ化合
物のうちトリブチルスズオキシド(TBTO)が第一種特定化学物質に指定され、製造、使
用、輸入が原則禁止された。同年9 月にはその他のトリブチルスズ(TBT)化合物が第二
種特定化学物質に指定され、製造、輸入予定数量の事前届出のほか、必要に応じ、製造、
輸入量が規制された。これと前後して、関連業界において防汚塗料の製造・使用が自主
規制された。TBT の推定開放系用途出荷量は1980 年代末をピークに急速に減少しており
(図3.12)、これは上記の規制の効果を示していると考えられる。
※値のない縦軸は凡例と同じスケール
図3.10 表層堆積物中のブチルスズ化合物濃度の地理的分布(ng/g dry wt)
図3.11 底生性サメ類(肝臓)中のブチルスズ化合物濃度の経年変動(ng/g wet wt)
図3.12 TBT の推定開放系用途出荷量(化学原料用を除く;TBT 基換算値)(中西・堀口,2006)
生物(ng/g-wet)
貝類魚類
定量[検出]下限値(ng/g-wet)
・幾何平均算出に際し、ndは検出下限値の1/2とした。
図3.13 生物体内のTBT 濃度の長期的推移(環境省,2007 より作成)
魚類および貝類のTBT 濃度は、環境省の化学物質環境実態調査が開始された1985 年か
ら長期的に減少する傾向を示している(図3.13; 環境省,2007)。これは、上記の政策の
効果が現れているものと考えられるが、その一方で、1998 年以降は減少が緩やかになっ
ている。また、海洋環境モニタリング調査の海洋生物体内の濃度についても、前述のと
おり、一部の海域・生物種について有意な減少傾向が認められたものの、全体としては
明瞭な減少傾向が見られなかった。これらの結果を総合的に解析すると、海洋生物体内
のトリブチルスズ化合物の汚染が解消するには、しばらく時間がかかると考えられる。
2008 年に、船舶の有害な防汚方法の規制に関する国際条約(AFS 条約)が発効した。
これに伴い、わが国に入港する外国船舶に対し有機スズ化合物を含む船底防汚塗料の使
用が禁止されるため、海域への負荷は減少することが期待される。
3.1.2. 底生生物群集への影響
様々な人間活動の海洋環境への影響は、最終的に海洋生態系の変化という形で現れる
と考えられる。海洋環境モニタリングでは、そのような観点から、メイオベントス群集
の調査を実施した。その結果、水深最大5000m 程度までの海域におけるデータが蓄積さ
れた(図3.14)。
一部の内湾域においては、貧酸素環境に由来すると考えられるメイオベントス群集の
組成の変化が確認された。一方、有害化学物質汚染とメイオベントス群集の個体数や組
成の変化との関係は認められなかった。
現時点では今後の評価の基礎となるベースラインデータが得られた段階であり、さら
にデータが蓄積されれば、環境への影響の評価も可能になると考えられる。
※棒グラフは個体数、折れ線グラフは水深を示す。
図3.14 メイオベントスの個体数の分布(個体/10cm2)
3.1.3. 栄養塩類
主要な湾のうち陸域からの負荷が大きい東京湾及び大阪湾において、沿岸域では湾奥
の表層の値が高く、河川水に由来すると推測される陸域から水質への人為的負荷の影響
が認められた。一方、沖合域では表層で低く、中層にピークのある鉛直分布が認められ、
既存の知見(才野,1995)と同様の傾向を示していることから、沿岸域の負荷の影響は
沖合域まで広がってはいなかったことが確認された(図3.15)。
図3.15 東京湾(2002 年12 月)及び大阪湾(2003 年12 月)から沖合域にかけての硝酸態窒素(μM)の鉛直分布
3.1.4. プラスチック類の汚染
1)海洋環境モニタリングの調査結果
海洋環境モニタリング調査の結果から、沿岸域のみならず、沖合域においてもプラス
チック類が分布していることが明らかとなった(図3.16)。一部の海域では、沿岸域で高
く沖合域で低いデータが得られているが、そのような明瞭な傾向を示すデータは少ない。
また、時空間的に不均一性が大きく、局所的に、また調査年により分布個数の多い測点
見られた。
図3.16 2004〜2006 年度のプラスチック類の分布(千個/km2)
2)既存の知見と国際的な取組
レジンペレットやプラスチック破片は、海鳥などの海洋生物が誤飲することが知られ
ている。生物体内に取り込まれたレジンペレット等のプラスチック類から有害物質が溶
出し、生物体内のそれらの濃度が有意に増加していることも報告されている(Teuten et al.,
2009)。一旦環境中に流出したプラスチック類は容易には分解されないこと、日本周辺海
域の広範囲にわたってプラスチック類が分布していることから、長期にわたる生物への
潜在的な生物影響が懸念される。
小城・福本(2000)は、1994〜95 年に北海道南東部沿岸域にプラスチック粒子が平均
49 万個/km2(範囲0〜989 万個/km2)分布していたことを報告している。海洋環境モニ
タリング調査では、同一の測点でも調査年により分布個数が大きく異なっていることか
ら、このデータとの比較だけでは経年的な増加あるいは減少の傾向を判断することは困難である。
近年、海洋ゴミの国内における削減に向けた方策の検討が行われるとともに、NOWPAP
において海洋ゴミの流出防止、モニタリング、除去および処理のための行動計画(RAP
MALI)が日中韓ロにより策定されている。その一方で、世界におけるプラスチックの生
産量は増加傾向にあり(図3.17)、環境への負荷は今後増大する可能性がある。
図3.17 プラスチック生産量の推移(日本プラスチック工業連盟HP,2008 より作成)
3.2. 投入処分に起因する汚染の影響
わが国における廃棄物の海洋投入処分は、海洋汚染防止法及び廃棄物処理法により規制
されている。これにより、国際条約であるロンドン条約及びその「1996 年の議定書」(96
年議定書)に定める内容が担保されている。
2007 年4 月以前においてわが国では、廃棄物海洋投入処分海域として、A、B、C、F 海
域が設定されていた(図3.18)。それぞれの海域については以下に述べるような廃棄物が投
入処分可能なものとして定められている。なお、A 海域はB 海域に、B 海域はC 海域に包
含され、F 海域は実質的にすべての海域である。
A 海域(現在のI 海域(未設定))は、2007 年以前は有害性の大きい物質を固化した廃棄
物の投入処分海域であったが、実際には1981 年以降、このような廃棄物の投入処分は実施
されておらず、2007 年の海洋汚染防止法改正後には、投入処分が禁止されている。B 海域
(現在の?海域)に投入処分されていた廃棄物は、主として非水溶性無機性汚泥である。
具体的な廃棄物の品目としては赤泥や建設汚泥が挙げられる。C 海域(現在の?海域)では、
有機性の廃棄物が投入処分されていた。具体的な品目としては、し尿及びし尿浄化槽汚泥
や有機性汚泥、廃酸・廃アルカリ、動植物性残さ、家畜ふん尿等が挙げられる。F 海域(現
在の?海域)においては水底土砂の投入処分が可能とされていた。
海洋投入処分にあたっては、有害化学物質が混入する恐れのある廃棄物については判定
基準が定められており、この基準を満たしたものだけを投入処分することができる。旧海
洋汚染防止法においては、国が包括的な環境影響評価を実施して、海洋投入処分できる廃
棄物を定め、及び適切な排出海域を設定した。これに対して、現行の海洋汚染防止法は、
廃棄物の排出を行う個々の事業者に対して、国の指定する排出海域内にて具体的な排出場
所を選定し、事前の環境影響評価や事後の監視を実施することが義務付けられている。
これまでの海洋環境モニタリング調査の結果によれば、?海域では投入処分の影響は検
出されていない。また、?および?海域については、房総・伊豆沖合の?海域では、投入
点において赤泥に由来する物質が検出され、メイオベントスに対する影響が認められたも
のの事前の環境影響評価で想定された範囲内であり、他のほとんどの海域においては、法
に基づいた投入処分による影響は検出されなかった。その一方で、一部の投入処分海域に
おいては、原因が明らかでない汚染も検出されている。これは不法投棄による影響の可能
性もあり、その汚染源の把握が必要と考えられる(3.3 参照)。
2007 年4 月1 日以降は、96 年議定書に対応した海洋汚染防止法の一部改正に伴い、廃棄
物の海洋投入処分に係る許可制度が新設された。これに伴い、海洋環境に及ぼす影響に関
し、排出事業者による事前の評価が行われることとなった。このため、今後、著しい汚染
が生じる可能性は低いものの、今後も引き続き、法に基づいた投入処分が適切に実施され
る確認作業が必要である。
図3.18 海洋投入処分海域図(環境法令研究会,2004 より作成)
3.3. 特定の汚染海域(ホットスポット)の発見
海洋環境モニタリング調査により、以下の三つの海域において沖合域の堆積物としては
他の海域でみられない高濃度汚染が明らかとなった。
(
1)紀伊水道周辺海域
紀伊水道周辺海域において、堆積物からバックグラウンドよりも高濃度のPCB を検出
した。調査の結果、海底付近にPCB 負荷源が存在しており、1970 年前後から少なくとも
近年まで継続的な負荷があったと考えられる。また、負荷源は単一の性状のものではな
い可能性が高いことが分かった。
(2)紀伊・四国沖
紀伊・四国沖の投入処分?海域および?海域(水深4000〜4500m 程度)において、堆
積物から高濃度のブチルおよびフェニルスズ化合物が検出された。
(3)日本海西部
日本海西部の投入処分?海域を中心とした広範囲の海域において、堆積物から高濃度
のブチルスズ化合物が検出された。
いずれの海域においても、人の健康に影響を及ぼすおそれはないと判断されるものの、
これらの事例は人為的な影響が沖合域に及んでいることを示しており、海洋環境及び生態
系の保全の観点から、今後も引き続き監視を続けることが必要である。
これまでのモニタリング調査では、このように深海底における汚染が検出されており、
人為的な汚染を抑止する観点から、これまでに調査を行っていない海域も含めて広範囲に
わたるモニタリング調査を今後も実施していく必要がある。
3.4. 今後の対策に向けて
先に述べたとおり、ダイオキシン類では法規制によりこの10 年間で排出量が1/10 以下に
減少した。それに伴い、大気中の濃度は急速に減少したが、その一方で、海洋生物中の濃
度については一部に減少傾向が認められるものの、全体としては減少傾向が明瞭ではない。
このように、いったん海洋に流出した汚染物質は、規制の効果がなかなか現れにくいと
いう特徴がある。海洋汚染の防止に関しては、このような海洋の特性を踏まえた、未然防
止先や保全対策が求められる。そうした観点も含め、以下に海洋環境モニタリング調査が
今後取り組むべき課題をとりまとめた。
(1)新たに汚染が懸念される物質の監視
PCB やダイオキシン類など残留性有機汚染物質(POPs)は、2004 年5 月に発効したPOPs
条約により、その生産・使用の廃絶や排出削減、適正処理等の対策が国際レベルで推進
されている。一方、現在流通・利用している化学物質の中にも既存のPOPs と類似の物理
化学性を有し、地球規模での汚染拡大や影響が懸念される物質群(POPs 候補物質)があ
り、2009 年5 月に開催された第4 回締約国会議においてPBDE(4〜7 臭素化体)やPFOS
等の物質が新たな対象物質となった。POPs 条約では、地球規模での環境モニタリングデ
ータをもとに、6 年ごとに条約の有効性評価が行われることとなっており、それに資する
データを集積するために、対象物質について長期的な監視が必要である。
(2)越境汚染に対応した調査の実施
近隣諸国の経済発展に伴い、これらの国々から海洋を通じた越境汚染の増大が懸念さ
れる。そのため、近隣諸国からの汚染物質の流入の早期発見に資する調査を実施すると
ともに、国際協力の枠組みを活用しながら、各国のモニタリングデータを入手し比較検
討することが必要である。
(3)投入処分規制の枠組みの変更に対応した調査の実施
海洋汚染防止法の一部改正に伴い、廃棄物の海洋投入処分に係る許可制度が新設され、
投入処分されているものの種類、量、位置を事前に正確に把握することが可能となった。
また、排出事業者による監視報告が義務付けられ、大量に投入処分される廃棄物につい
ては排出事業者によるフィールド調査が実施される見込みである。今後も継続的な投入
処分が実施される海域について、排出事業者による監視報告の妥当性、すなわち海洋環
境の汚染や影響を未然に防ぐモニタリングシステムの構築が必要である。
(4) CO2 海底下地層貯留の海洋環境への影響の監視
ロンドン条約96 年議定書附属書?改正案の採択により、CO2 海底下地層貯留が可能と
なった。わが国において、今後、実用化に向け沿岸域海底下における実証試験が実施さ
れる見込みである。CO2 海底下地層貯留の海洋環境への影響防止に向けて、海洋汚染防止
法に基づき廃棄物の海洋投入処分と同様の許可発給の枠組みが構築されており、今後実
際の事業実施段階における事業者による監視報告の妥当性、すなわち海洋環境への著し
い影響が生じていないことを国として検証することが必要である。
(5)特定汚染海域(ホットスポット)の継続監視
これまでの調査で明らかとされた紀伊水道周辺海域の堆積物中のPCB、紀伊・四国沖
の堆積物中の有機スズ化合物、日本海西部の堆積物中のブチルスズ化合物について、継
続的な監視を実施する必要がある。加えて、このような人為的汚染の事態を把握するた
めに、未調査海域についても適宜モニタリングを行う必要がある。
(6)オールジャパン体制での海洋環境の評価の実施
海洋環境の評価は近年、エコシステム・アプローチの観点から統合アセスメントを実
施する方向に向かっている。例えば英国では、関係省庁が協力してナショナルレポート
(Defra, 2005)を作成している。
わが国では2007 年7 月に海洋基本法が施行され、総理大臣を本部長とする総合海洋政
策本部が内閣に設置された。海洋基本計画が策定され、生態系、海洋汚染物質等の海洋
環境に関する科学的知見の充実を図ることや、海洋調査の推進が盛り込まれた。今回は、
環境省の海洋環境モニタリング調査の結果と他の既存の知見等も踏まえ海洋汚染に係る
評価を実施したが、今後、関係省庁が協力して、海洋生物や生息地のリスク評価、乱獲
等による水産資源への影響、気候変動に伴う海洋生態系への影響等も含めた、日本周辺
の海洋環境の包括的な評価の実現に向けて進んでいくことが望ましい。
(7)定期的な海洋環境の評価の実施
海洋環境モニタリング調査はおおむね5〜8 年で日本周辺海域の調査を実施する計画で
あり、2008 年度からフェーズ3 に移行している。各フェーズごとに、それまでに得られ
たデータに加え、国内外の関連するモニタリングデータを用いて、海洋環境の現状や政
策の効果等について定期的な評価を実施することにしている。
その結果を、わが国の海洋環境保全のための施策の立案・見直しに活かすと同時に、
NOWPAP のリージョナルアセスメントやGMA(地球海洋アセスメント)のグローバルア
セスメント等に活用していく。
海洋の連続性や大気を経由した広域の汚染の広がりを考慮すれば、海洋環境の保全を各
国が単独で実施するだけでは不十分であり、各国が協調して取り組んでいく必要があると
の認識が広まっている。NOWPAP、POPs 条約、GMA などの海洋環境保全のための国際協
調の枠組みを十分に活用しながら、海洋環境モニタリング調査をさらに充実させることに
より、わが国周辺海域を含む海洋環境の保全に大きく貢献していきたいと考えている。
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海洋環境モニタリング調査のデータは下記よりダウンロード可能。
http://www-gis4.nies.go.jp/kaiyo/
―――――――――――――――――――――――――
環境省地球環境局環境保全対策課
〒100-8975 東京都千代田区霞ヶ関1-2-2
TEL:03-3581-3351(代表)(内線6748)
03-5521-8245(直通)
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http://www.env.go.jp
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http://www.env.go.jp/press/file_view.php?serial=14427&hou_id=11688
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