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2009年10月31日

工事騒音・粉塵の判例 慰謝料10万円

建物解体工事により約3か月の間,散発的に,ある程度継続的に解体工事敷地境界線部分において94デシベルに達する騒音が発生していたと認め,音源から居住地が離れることによる騒音の減衰を考慮し,居住地の敷地において85デシベルを越える騒音被害を受けていたと認められる原告らにつき,民法709条に基づき,解体工事施工業者に各自10万円の慰謝料支払責任を認めた事案。


(85mで距離減衰9デシベル)慰謝料10万円


主文

1 被告木内建設株式会社は,原告X1,原告X2,原告X3,原告X4,原告
X5,原告X6,原告X7,原告X8,原告X9,原告X10,原告X11,
原告X12,原告X13,原告X14,原告X15,原告X16,原告X17
及び原告X18に対し,それぞれ10万円及びこれに対する平成19年1月3
0日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
, , , ,

2 原告X1 原告X2 原告X3 原告X4 原告X5,原告X6,原告X7,
原告X8,原告X9,原告X10,原告X11,原告X12,原告X13,原
告X14,原告X15,原告X16,原告X17及び原告X18の被告木内建
設株式会社に対するその余の請求及び被告三菱地所株式会社に対する請求をい
ずれも棄却する。

3 原告X19及び原告X20の請求をいずれも棄却する。

4 訴訟費用は,原告X19及び原告X20に生じた費用と被告らに生じた費用
の10分の1を原告X19及び原告X20の負担とし,その余の原告らに生じ
た費用の2分の1,被告三菱地所株式会社に生じた費用の10分の9,被告木
内建設株式会社に生じた費用の20分の9をその余の原告らの負担とし,その
余の原告らに生じた費用の2分の1と被告木内建設に生じた費用の20分の9
を被告木内建設株式会社の負担とする。

5 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求
 被告らは,原告ら各自に対し,連帯して20万円及びこれに対する平成19年1月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,原告らが,被告ら各自に対し,被告らが行った建物解体工事(以下「本件工事」という。)の際のアスベスト飛散,騒音・振動,粉じん飛散などにより近隣住民の原告らが健康被害を受けたとして,不法行為に基づき,原告ら各自が相当慰謝料額である50万円のうち20万円(合計400万円)及びこれに対する不法行為日後である平成19年1月30日(公害調停の申立日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1 前提事実(証拠〔枝番があるものは特にことわらない限り,これを含む。以下同じ〕を掲記しない事実は,当事者間に争いが。ない。)

(1) 当事者

ア 原告らは,本件工事現場付近に居住する者である。原告らは,本件工事当時,当事者目録の番号欄と対応する別紙図面(省略)の各番号の位置に居住していた。(甲12,丙3)

イ 被告三菱地所株式会社(以下「被告三菱地所」という。)は,本件工事で解体した建物(甲7。鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地下1階付5階建事務所〔延べ床面積2368.72?〕。以下「本件建物」という。)の所有者であり,かつ,本件工事事業者である。

ウ 被告木内建設株式会社(以下「被告木内建設」という。)は,本件工事の施工業者である。

(2) 本件工事について
ア 被告三菱地所は,被告木内建設を施工業者として,さいたま市中央区a の宅地の敷地(以下「本件敷地」という。)上に18階建てのマンション(以下「本件マンション」という。)を新築する計画(以下「本件マンション建築計画」という。)を立てた。

イ 被告三菱地所は,本件マンション建築計画のために,東京海上日動株式会社から,本件敷地及びその上に建設されていた本件建物を買い取り,平成18年10月4日(原告主張によれば11月7日)ころから本件建物の解体工事に着手した。

ウ 本件工事は,平成19年7月11日に終了した。(乙1)

2 争点
( ) 本件工事の違法性(争点1 (1))

(原告ら)
ア 原告らは,人格権,環境権として,居住地で静謐で健康的な生活を送る権利を有している。

イ 説明義務違反について

(ア)本件建物には,アスベストを含有する断熱材がボイラー室を中心に32
4φ×5.9メートルの量で使用されている。被告らは,アスベスト除去
工事を平成18年11月7日から同月21日にかけて実施した。

(イ)被告らがアスベストの除去工事をする前には工事内容を原告らに告知,
周知し,原告ら自身で健康被害の対策ができるようにすべきであったが,
被告らはそのようなことをせずに秘密裏に除去工事をなした。アスベスト
除去工事についての説明図書の配布は同月15日であり,説明会は同年1
2月であり,事前の説明がなされていない。

(ウ)大気汚染防止法18条の14及び同法施行規則16条の4では,アスベ
スト除去工事をする場合には一定の事項を掲示しなければならないと定め
られているが,被告らはそれを行っていない違法がある。被告らは,アス
ベスト除去工事に関し,近隣住民に掲示板を設置するなどして情報提供を
行う義務があったが,掲示板が設置されたのは平成18年12月過ぎであ
り,アスベスト除去工事後である。

(エ)大気汚染防止法は,アスベスト除去作業時に十分な散水をするよう定め
ているが,行われていない違法がある。

ウ騒音・振動・粉じんの発生について

(ア)被告らは,本件工事で激しい騒音・振動を発生させた。平成19年1月
17日になってようやく騒音・振動計が設置された。同年1月24日午前
9時過ぎには,さいたま市騒音防止条例(以下「条例」という。)に違反
する94デシベルの騒音を発生させた。

(イ)本件工事による騒音・振動については,条例に違反している。さらに,
防音シート,防音壁を十分使用する,低騒音・振動の工事機械を使用した
り,手で壊す,ゆっくりと時間をかけて機械を使用して壊す,十分休み時
間をおいて振動の激しい作業を連続させないなどの騒音・振動を低減させ
る対策を取ることなく,経済的利益を追及し,早急な工事が行われている。
また,被告らは原告らに十分な説明や,工程表の配布等をせずに工事を行
っている。これらは,受忍限度を超えている。

(ウ)被告らは,十分な散水をして粉じんの発生を防止する措置を執らず,ま
た,年末年始にコンクリート屑等の有害物質の飛散が予想されることから
十分瓦礫に散水したり,解体搬出したり,シートによる養生をしておくべ
きであったが,その実行を怠り瓦礫を飛散させた。

エ誠実義務違反
原告らの被告らに対する騒音・振動・粉じんに関する危惧や苦情に対し,
被告らは対策を講じなかった。具体的には,騒音振動計を現地敷地の境界線
上と変更すること,防音シート等を充分な範囲で設置すること,昼休みには
一切の工事を休んで騒音・振動を発生させないこと,散水を充分すること,
重機が倒壊する危険に対し対策を採ることなどの要望を無視し,工事協定書
の締結を拒否し,さいたま簡易裁判所公害調停において調停委員会が助言し
た400万円の支払を拒否した。

(被告三菱地所)

ア説明義務違反について

(ア)原告は大気汚染防止法施行規則16条の4に基づき説明義務を負うかの
主張をしているが,被告三菱地所は「特定粉じん排出等作業」(大気汚染
防止法2条12項)を行うものではないから,大気汚染防止法に基づく責
任を負わない。

(イ)同規則16条の4の掲示義務から住民に対する説明義務は発生しない。
法が定める掲示義務は履行されている。

イ騒音・振動・粉じんの発生について

(ア)騒音については,受忍限度の範囲内である。

(イ)振動は,規制値を超えておらず,受忍限度の範囲内である。

(ウ)粉じん発生は,事実が不明である。また,散水による飛散防止措置は講
じられていた。

ウ誠実義務違反について
誠実義務なるものの内容は不明である。

(被告木内建設)

ア説明義務違反について

(ア)大気汚染防止法施行規則16条の4に掲示義務があることは認めるが,
住民に対する説明義務はない。

(イ)アスベスト除去工事の際十分散水する義務があるというのは争う。散水
による飛散防止は,薬液等による湿潤化作業等による飛散防止措置ができ
ない状況の防止策として許容されているものである。

(ウ)本件解体工事に関する届出書で「近隣周知」との記載をしたこ, とは認
めるが,これにより説明会の開催義務が生じるわけではない。

(エ)平成18年12月に開かれた説明会は,解体工事ではなく,新築工事の
説明会である。

(オ)本件のアスベスト除去工事は国土交通省が発表している資料によると,
「塔屋階段天井材」及び「屋上クーリングタワーパッキン」の石綿除
去作業はレベル3(発じん性が比較的低い)に属する作業で,「煙突内部
断熱材」の石綿除去作業はレベル2(発じん性が高い)に属する作業で
あるが,外界から隔離した区画内で適切に行っている。
イ騒音・振動・粉じんの発生について

(ア)平成18年1月24日に94デシベルの騒音を記録したことは認めるが,
これは遮音性の低い東側の道路境界面で測定したためである。

(イ)公法上の規制に違反することが直ちに私法上の不法行為責任が生じるこ
とにはならない。概ね,音源と各原告の居住地との距離の事情に反比例す
るといわれている。

(ウ)音は音源を中心として球状に伝達するから,音源からの距離を半径(r)
とすれば,音のエネルギー量は音の表面積=4×円周率(π)×rの二乗
となるので,距離が音源から2倍となったときエネルギー量は距離の二乗
に反比例する結果4分の1となる。デシベルとは音のエネルギー量を表す
ものであり,10デシベルの差は10倍のエネルギー量の差を意味すると
ころ,仮に音源からの距離が約3倍になれば,エネルギー量は約9分の1
となり,騒音計の数値は約10デシベル低下することになる。原告らは居
住地を異にしているから,同一に論じることはできない。

(エ)また,建物の遮音性能は,少なくとも約25デシベルある。

(オ)条例の規制値を85デシベルとしても,騒音計指針値の最大値の90パ
ーセントがその値であるから,85デシベルを90パーセントで除した9
4デシベルを超えると,規制値を超えたことになる。さらに,本件工事現
場に一番近い原告X12宅でも,基準距離の2倍ないし3倍はあるから,
距離減衰により6ないし9デシベルは低下することになる。したがって,
100ないし103デシベルの指針値を超えたのでなければ,違反とはな
らない。原告らの多くは,基準距離の3倍以上は離れているので,106
デシベル以上の騒音であることが必要である。加えて,建物の透過損失に
より25デシベル以上の低下もあるから,受忍限度の範囲内である。

(カ)粉じん被害の主張は,争う。

ウ誠実義務違反について
争う。

( ) 被告三菱地所が不法行為責任を負うか(争点2 。(2))

(原告ら)
被告三菱地所は,被告木内建設の使用者として,民法715条に基づき使用者責任を負う。
また,被告木内建設とともに民法719条に基づき共同不法行為責任を負う。

(被告三菱地所)
被告三菱地所は被告木内建設の使用者ではないから,民法715条による
責任を負わない。
また,被告らに不法行為責任がないから,民法719条の主張は失当であ
る。

(3) 原告らに生じた損害の程度(争点(3))
(原告ら)
原告らは,被告らの下記の本件工事によるアスベスト,コンクリート屑等
の飛散と騒音・振動により,精神的・身体的被害を受けた。具体的には,身
体的に血圧が上昇したり,不眠となったり,ぜんそくが悪化したり,動悸が
したり,自律神経が失調したりするなどの顕在化した被害や,顕在化しない
程度の生活妨害を受けた。この被害による慰謝料は,原告ら各自につき50
万円を下らないので,そのうち20万円の支払を求める。

(被告ら)
争う。

第3 当裁判所の判断
1 認定事実
 前提事実及び後掲各証拠並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。(以下,特に断りがない場合,9月から12月は平成18年,1月から8月は平成19年の日時を指す。)

( ) 本件工事の工程等(1 甲2)
ア 本件工事の途中で被告らが開示した工程表(甲4。以下「本件工程表」という。)によると,本件工事は,工事が始まる順番に,仮設工事,内装解体,ハツリ工事,進入路確保工事,アスベスト除去工事,PCB撤去工事,レッカー作業,塔屋,5F,4F,3F,2F,1F,山留め工事,地下解体,基礎解体,アスファルト解体,外構解体,整地,杭抜き工事という20の工
種に分解されている。本件工程表では,10月4日から3月17日までを工期と予定しており,アスベスト除去工事は10月23日から11月2日の10日間(作業日数。以下同じ。),塔屋解体工事は11月4日から同月9日の5日間,5F解体工事は11月10日から同月16日の6日間,4F解体工事は11月17日から同月25日の7日間,3F解体工事は11月27日から12月4日の7日間,2F解体工事は12月4日から同月9日の6日間,1F解体工事は12月9日から同月16日の7日間,地下解体工事は12月18日から1月26日の30日間,基礎解体工事は1月22日から2月3日の12日間,アスファルト解体工事は2月5日から同月16日の10日間,外構解体工事は2月5日から同月16日の10日間,杭抜き工事は2月13日から3月17日の29日間となっている。

 また,使用重機,アタッチメントの予定表によれば,仮設工事・内装工事は10月10日から11月2日までの21日,建家解体工事は11月4日から1月10日までの47日間,地下解体工事は1月11日から2月17日までの32日間,基礎解体工事は2月19日から同月28日までの9日間となっている。(甲33の10)

イ 9月8日ころ,被告三菱地所は,さいたま市長に対し,建設工事に係る資材の再資源化に関する法律10条1項の規定により,本件解体工事の届出書(甲3。以下「本件解体工事届出書」という。)を提出した。
 本件解体工事届出書には,「建築物に関する調査の内容の結果」として,「その他」欄に「。, 煙突内部にカポスタック吹付有り現在ステンレスで覆い飛散防止済。」,
「工事着手前に実施する措置の内容」として,「作業の確保」欄に「敷地内作業スペース十分有り。」,「その他」欄に「近隣周知。」と記載し,工事着手の時期を,「平成18年9月19日」と記載している。また,「工程ごとの作業内容及び解体方法」として,「外装材・上部構造部分の取り壊し」,「基礎・基礎杭の取り壊し」,「その他の取り壊し」を「手作業」ではなく,「手
作業・機械作業の併用」の「分別解体等の方法」により行う旨記載している。(甲3)

ウ 被告木内建設は,10月4日,本件工事に着手した。本件工事の内容は,地上5階建て鉄骨鉄筋コンクリートビルの取壊と,地下室の取壊及び地下室周辺の障壁の解体,搬出及び地中杭4本(長さ約34メートル,直径は1300ミリメートル1本,1400ミリメートル1本,1500ミリメートル2本。)の抜き取りと現場解体,敷地外搬出である。

エ 本件工事の際,本件敷地と,周囲の道路や隣地との境界線上には,ほぼ全面に1800ミリメートル×5400ミリメートルで鉛を含有する重量50キログラム程度の防音シートが張られていた。また,本件敷地のうち,本件建物があった東側部分の敷地四方には,西側南部分を除き,高さ3メートルの安全鋼板仮囲が設置されていた。本件敷地の東側には道路b があり,道路b
から本件敷地への搬入路としては,東側の仮設搬入路と,北東側の搬入搬出口の2か所があった。
 このうち,東側の仮設搬入路の部分は,防音シートや安全鋼板仮囲がなく,防音性能の乏しいシートが張られていた。(丙10)

オ 10月30日,被告木内建設は,さいたま市長に対し,本件工事につき日曜・祭日を除く10月17日から2月28日の期間に,さく岩機作業(解体)による騒音規制法の定める特定建設作業を,ブレーカー(解体)による振動規制法の定める特定建設作業を,それぞれ行うとして,特定建設作業実施届出書(丙5,6)を提出した。
 いずれも,騒音・振動の防止方法の一つとして,行程・作業内容等を近隣住民に説明することを記載している(。丙5,6)

カ 本件建物には,?塔屋階段の天井材,?屋上クーリングタワーのパッキン,?煙突内部の断熱材に,石綿が含有されている。?については,ボイラー室を中心に,アスベストを含有する断熱材が,324ミリメートル×5.9メートルの量使用されている。
 このうち,?は,被告木内建設から請け負った株式会社東京ビルド(以下「東京ビルド」という。)が,10月23日,2
4日に湿潤化させた上,極力割らないように撤去し,袋詰めを行い,10月24日に搬出した。
 ?は,東京ビルド,?は練馬建設工業株式会社(以下「練馬建設」という。)が,11月7日から同月21日まで除去作業を行い,実際には11月9日のさいたま市役所の養生検査済後,除去作業に取りかかり,11月21日に作業を完了し,12月11日に搬出した。?に関して,東京ビルドは,10月24日,さいたま市長に対し,「特定粉じん排出等作業実施届出書」(乙5。以下「本件届出書」という。)を提出し,10月31日,「建築物等の解体等の作業に関するお知らせ」と題する掲示板(乙6の?な
し?がその写真である。以下「本件掲示板」という。)を,本件工事の現場西側の安全鋼板仮囲の側面2か所に設置し,練馬建設は,本件届出書提出から14日後である11月7日から本件石綿除去工事を開始した。(甲19,乙5,6,11)

キ 12月29日から1月8日の年末年始にかけて,被告木内建設は工事を中断していたが,その際,散水やシートによる養生などで,瓦礫の飛散を防止する措置を講じていない。年末年始のシートによる養生について,さいたま市環境経済局環境部環境管理事務所(以下「さいたま市環境管理事務所」という。)の担当者と被告木内建設の現場所長との間の電話で,シート養生をする方法での埃等の飛散防止の方法が話題に出たことがある。

ク 本件工事により,本件敷地東側の道路b に24メートルほどにわたって亀裂が生じ,4月4日ころ,補修工事が行われた(甲48,54。の4)

ケ 本件工事は,3月ころまでは1週間遅れが出る程度でほぼ予定通りに進み,既存杭引抜作業を残す段階に来ていたが,杭引抜機械の故障や新たな地中障害物の発見により,5月中旬から下旬までかかる見込みとなったため,被告木内建設は,3月20日ころ,近隣住民にこのことを文書で周知した。
 さらに,既存杭引抜作業は予定以上に時間がかかり,4本中2本は工法も変更して行うこととしたため,被告木内建設は,5月7日,本件工事の完了予定を6月中旬と変更し,近隣住民に文書で周知した。予定変更以降の作業で見込まれる騒音や振動について,被告木内建設は,3月に行われている既存杭引抜作業と同程度と予想している。(甲48)

コ 7月11日,重機が搬出され,本件工事は終了した。(乙1)

サ 本件工事による騒音は,周辺住民の感覚としては,上部構造の解体工事,地下室の解体工事,杭抜き工事のときが大きかった。(原告X3(以下「原告X3」という。),原告X20(以下「原告X20」という。))

(2) 原告らと被告らの交渉状況等

ア 11月15日,被告らは,本件工事後に予定している本件マンション建築計画に関する説明文書を近隣住民に配布し,12月5日午後7時30分から,本件マンション建築計画に関する第1回近隣説明会を実施した。(甲8の1)

イ 12月19日,被告らは,本件マンション建築計画の第2回近隣説明会を実施した。この際,本件工事について,データを保存できる騒音計・振動計の設置が要望された。(甲8の2)

ウ 1月11日,被告らは,本件マンション建築計画の第3回近隣説明会を実施した。この際,さいたま市環境管理事務所との間で被告木内建設が約束した年末年始の粉じん飛散防止のためのシート養生がなされていなかったことが議題に出て,被告木内建設はシート養生の指導を受けた認識がない旨答えた。
 また,被告らは,1階の解体工事について,確たる数値ではないが,70ないし75デシベル程度と思う旨答えた。そして,騒音・振動計の設置が決まった(甲8。の3)

エ 1月17日,第3回近隣説明会の合意に基づき,被告木内建設は,工事現場近くに騒音振動計(以下「本件騒音振動計」という。)を設置した。
 本件騒音振動計の記録紙は,1目盛りを1デシベルとし,90デシベルを目盛りの上端としている。本件工事により記録された記録紙(甲32)には,90デシベルを超えた数値が記録されているところもあるが,その部分の数値が
単純に超過した長さ1目盛り分につき1デシベルといえるか,不明であるし,本件騒音振動計の構造上(甲48),際限なく大きな数値が記録されることはない。

オ 1月22日,被告らは,本件マンション建築計画の第4回近隣説明会を実施した。その日の朝に,ターンテーブルの解体をしたため,特に大きな振動が出たことが話題に出た。(甲8の4)

カ 1月24日午前9時過ぎ,原告本人兼原告ら代理人弁護士X1(以下「X1弁護士」という。)が本件騒音振動計を本件敷地東側境界上の防音シートのないところに移すと,94デシベルの騒音が記録された。(当事者間に争いがない。)

キ 2月16日,さいたま市環境管理事務所が本件工事現場の騒音及び振動を測定した。その際,騒音について,測定値の90パーセントレンジの上端値が,85デシベルという測定結果であり,振動について,測定値の80パーセントレンジの上端値が,61デシベルという測定結果であった。
 この測定の際は,まずさいたま市環境管理事務所の者が一度本件工事の現場に訪れて工事関係者に騒音及び振動の測定をすることを伝えた後,一度現場を離れ,数十分後に再度来てから測定を開始しており,普段よりも控えめな騒音・振
動で工事が行われていた。(丙7,原告X3)

2 争点(1)(本件工事の違法性)について

( ) 説明義務違反に1 ついて

ア 大気汚染防止法18条の14及び同法施行規則16条の4は,作業基準としてアスベスト除去工事を行う場合の一定の事項の掲示義務を定めており,作業基準を遵守しない場合には都道府県知事が作業基準適合命令等を行うことができるとし(同法18条の18),当該命令に従わない場合には行為者に6月以下の懲役又は50万円以下の罰金という罰則を定め(同法33条の2第1項2号),同額の罰金の両罰規定も定めている(同法36条)。
 しかしながら,この法令の定めにより,直ちに被告木内建設が近隣住民等に対する私法上の説明義務を負うと解することはできない。

イ また,原告らは,本件解体工事届出書に「近隣周知。」と記載したことにより,被告木内建設は原告らへアスベスト除去工事の説明義務を負う旨主張する。
 本件解体工事届出書は,建設工事に係る資源の再資源化に関する法律10条1項に基づく届出であるところ,同法は,当該届出に虚偽記載をした場合には20万円以下の罰金という罰則を定め(同法51条1項1号),同額の罰金の両罰規定も定めている(同法52条)。
 届出た計画が法令が定める基準に適合しないと認めるときは,都道府県知事は計画の変更その他必要な措置を命ずることができ(同法10条3項),命令に違反したときには30万円以下の罰金という罰則を定め(同法50条1号),同額の罰金の両罰
規定も定めている(同法52条)。
 しかし,この法令の定めにより,直ちに被告木内建設が近隣住民等に対する私法上の義務を負うと解することはでき
ない。

ウ その他,以上に認定説示したところ及び弁論の全趣旨により認められる事情を考慮しても,被告木内建設が原告らに対し説明義務を負うとは認められない。

エ また,大気汚染防止法等で規定する掲示義務に違反したところで,原告らに損害が生じるとも認められない。

オ したがって,原告らの説明義務違反の主張は理由がない。
( ) 騒音・振動の発生に2 ついて

ア 社会生活を営む上である程度の騒音や振動は発生するものであるから,互いに受忍すべきものであるが,騒音や振動を体感することにより,その種類・程度等によっては,人は不快感を覚え,精神的・身体的に健康を害されることがあるから,騒音や振動が受忍限度を超える場合には,違法な騒音ないし振動として,不法行為が成立することがあるというべきである。
 そして,いかなる騒音や振動が不快感を及ぼすかは,個人差もあると考えられるが,騒音規制法は,特定建設作業に伴って発生する騒音の規制に関する基準が,特定建設作業の場所の敷地の境界線において,85デシベルを超える大きさを規制基準としていること(乙8),振動規制法は,特定建設作業の振動が,特定建設作業の場所の敷地の境界線において,75デシベルを超える大きさを規制基準としていること(振動規制法施行規則11条),本件敷地の周辺は第1種住居地域ないし第2種住居地域であり(甲45),平常時の工場・事業場等の騒音・振動規制について,騒音規制法,振動規制法及び埼玉県生活環境保全条例上,午前8時から午後7時までの間,工場・事業場の敷地境界において,騒音は55デシベル,振動は60デシベルを規制基準としていること(甲46),特定建設作業に伴って発生する騒音の規制に関する基準は,騒音の大きさの決定方法について,指示値が変動しないときは指示値を,周期的又は間欠的に変動し,最大値がおおむね一定の時は指示値の最大値の
平均値を,指示値が不規則かつ大幅に変動する場合は測定値の90パーセントレンジの上端の数値を,周期的又は間欠的に変動し,最大値が一定でない場合は指示値の最大値の90パーセントレンジの上端の数値を,それぞれ騒音の大きさと定めていること(乙8),振動規制法施行規則は,振動レベルの決定方法について,測定器の指示値が変動せず,又は変動が少ない場合は,その指示値を,測定器の指示値が周期的又は間欠的に変動する場合は,その変動ごとの指示値の最大値の平均値を,測定器の指示値が不規則かつ大幅に変動する場合は,5秒間隔,100個又はこれに準ずる間隔,個数の測定値の80パーセントレンジの上端の数値を,それぞれ振動の大きさと定めていること(振動規制法施行規則別表第1備考4)などの事情からすると,騒音については,ある程度継続的に85デシベルを超える騒音や,騒音の程度は一定ではないが一時的にでも94.44デシベル(85デシベルを0.9で除した数値)を超える騒音を,振動については,ある程度継続的に75デシベルを超える振動や,振動の程度は一定ではないが,一時的にでも93.75デシベル(75デシベルを0.8で除した数値)を超える振動を,特段の事情がない限り,受忍限度を超える違法な騒音や振動というべきである。

イ もっとも,騒音や振動は距離が離れるに連れて弱まるものであり(距離減衰,騒音について見ると,その程度は距離の二乗に反比例し,音の) 発生源から測定位置までの距離をX,発生源から被害地までの距離をYとすると,20× log(Y÷X)の式により減殺されるデシベルの数値が算出される(弁論の全趣旨)。したがって,原告らの敷地境界線上において,距離減衰を考
慮した上で,上記違法な騒音や振動が発生していた場合に,不法行為の成立を認めるのが相当である。

ウ まず,振動については,本件工事により継続的にどの程度の振動が発生していたか証拠上明らかでない上,平成19年2月16日に行われたさいたま市環境管理事務所の測定結果時,騒音が規制基準と同数値の85デシベルという測定結果だったのに対し,振動は規制基準の75デシベルを下回る61デシベルであったことからすると(丙7),一時的に大きな振動が発生することがあったとしても(甲48),受忍限度を超える違法な振動が発生していたと認めることはできない。なお,原告らは,道路や家屋のひび割れを指摘するが,これは振動の影響なのか,本件解体工事による地盤沈下の影響なのか,その他の原因なのか証拠上不明であり,これらをもって振動の強さを判断することはできない。したがって,本件工事の振動による不法行為は,
認められない。

エ 次に,被告木内建設が本件工事により発生させていた騒音について認定事実も踏まえて検討する。

(ア)平成19年1月19日から同年2月28日までの騒音については,別紙騒音一覧表(省略)の「該当日付」の日に,概ね「1日合計分」の分数程度,90デシベルを超える騒音が発生していたと認められる(甲5の1及び4,甲32)。

(イ)平成19年2月16日午前8時35分から午前10時26分まで,さいたま市環境管理事務所が行った騒音の測定結果は,東側敷地境界において,測定値の90パーセントレンジの上端値で,85デシベルであった。(乙9)

(ウ)騒音計の記録(甲32)によれば,1月24日,2月8日,2月13日ないし15日,2月22日ないし24日,2月26日などの日は(いずれも平成19年),平成19年2月16日午前8時35分から午前10時26分までの騒音と比較し,大きな騒音,長期間の騒音が出されている。騒音計の計測条件は,平成19年1月24日に防音性の比較的低いところで計測されたと認められる点を除き,特段の違いは見当たらない(丙10)。

(エ)本件騒音振動計の記録用紙は1目盛りを1デシベルとし,90デシベルを上限としていて,それを振り切った場合の数値は不明であるが,平成18年2月24日に94デシベルを記録したことに当事者間に争いはなく,振れ幅の大きさ上,それと同程度の騒音を記録しているところは平成19年2月22日ないし24日,同月26日などにもあるから,本件工事により,ある程度継続的に本件敷地境界線部分において94デシベルに達する騒音が発生していたと認めるのが相当である。そして,本件騒音振動計が設置されていなかった時期の騒音の程度は客観的な数値としては明らかではないが,原告らは個人差があるもののいずれの工事も騒音がうるさかった旨供述していること 引抜工事までの解体工事については,使用している重機を見ても工事の種類ごとに騒音の程度が大きく異なるとは認められないことなどから,本件工事のうち平成18年11月21日にアスベスト除去工事が終了し,本件建物の解体工事が始まった平成18年11月末ころから,既存杭引抜工事前の本件建物及び地下室の解体工事が終了した平成19年2月28日までの間,散発的に,ある程度継続的に本件敷地境界線部分において94デシベルに達する騒音が発生していたと認める。
 他方,既存杭引抜工事については,解体工事がコンクリート等を破壊する作業であるのに対し,杭を引き抜くという異なる作業であること,騒音の客観的な数値が不明であることから,引き抜いた杭を本件敷地内で壊していたとしても,受忍限度を超える違法な騒音が発生していたとは認められない。

オ 以上のとおり,本件工事により,平成18年11月末ころから平成19年2月28日までの間,散発的に,ある程度継続的に本件敷地境界線部分において94デシベルに達する騒音が発生していたことを前提に,それらが各原告らに対する受忍限度を超える違法な騒音といえるか,検討する。

(ア)本件敷地は,東側が約35メートル,南側が約26メートル超,北側が約15メートルの長さである。また,本件建物は,本件敷地の東側に,1階から6階は東西方向に12メートル,南北方向に31.7メートルの長さで建っており,その南側に東西方向に12メートル,南北方向に15.85メートルの長さの地階があった。(甲14,弁論の全趣旨)

(イ)本件工事による騒音の発生源は一定せず,本件騒音振動計も一定していないが,平均すると,本件建物の中心地から騒音は発生していたと考えられ,本件騒音振動計は本件建物の北側に設置されていた期間が多かったことから,上記記載の本件建物や本件敷地の状況を考慮し,本件騒音振動計は,音源から30メートル離れたところで記録されたものと認めるのが相
当である。

(ウ)そうすると,本件工事により本件敷地境界線部分で94デシベルの騒音が発生したと認められるから,距離減衰により9デシベルの騒音低下が生じれば,騒音は受忍限度の範囲内といえる85デシベルの範囲内に収まることになる。そして,上記距離減衰の式によると,音源から85メートル離れることにより,9.04デシベル(=20× ( ))騒音log 85/30 は低下することになる。

(エ)本件工事による騒音の発生源は一定していなかったことは既述のとおりであるが,本件敷地内のどの場所からも騒音が発生していた可能性があるから,距離減衰との関係では,本件敷地境界線から原告らの敷地までの距離で距離減衰を考えるのが相当である。

(オ)なお,被告木内建設は,家屋の壁などによる透過減衰も主張するが,仮に透過減衰の量を25デシベルとしても,85デシベルを超える騒音から透過減衰を考慮しても60デシベルとなり,平常時の規制基準である55デシベルを超えているから,受忍限度を超えるという判断には影響しないというべきである。

(カ)以上の考えに基づき,本件敷地から85メートルの範囲内に敷地が含まれる原告らを判別すると,別紙原告ら居住地(省略)記載のとおり,原告X1,原告X2,原告X3,原告X4,原告X5,原告X6,原告X7,原告X8,原告X9,原告X10,原告X11,原告X12,原告X13,原告X14,原告X15,原告X16,原告X17,原告X18(以下「範囲内原告」という。)となる。
 これらの原告は,被告木内建設に対し,騒音被害による不法行為に基づき,損害賠償請求権を有しているというべきである。
 これに対し,原告X19及び原告X20(以下「範囲外原告」という。)は,受忍限度内の騒音被害であったというべきであり,被告木内建設に対し,騒音被害による不法行為に基づき,損害賠償請求権を有しない。

( ) 粉じんの発生に3 ついて
ア 原告らは,本件工事による粉じんの発生で苦痛を被ったと主張する。

イ 確かに,証拠によると,本件工事によりある程度の粉じんが発生したことが認められるが(甲11,48,原告X3),本件敷地の外に粉じんが飛散したか否か,どの程度飛散したか,粉じんの飛散により原告らに損害が発生したのか等,不明であるといわざるをえない。

ウ また,被告木内建設が,原告らに対し,通常の不法行為責任を超えて,粉じんを飛散させないように注意すべき特段の法的義務を負っていたと認めることはできない。

エ よって,原告らの粉じんの発生による不法行為の主張は,理由がない。

(4) 誠実義務違反について
 原告らは,被告木内建設が原告らの本件工事に対する要望に誠実に対応しなかったことなどをもって,誠実義務違反と主張するが,本件事実関係の下で,被告木内建設が,原告らが主張するような法的義務を負っていたとはいえない。
 よって,原告らの誠実義務違反の主張は,理由がない。

3 争点(2)(被告三菱地所が不法行為責任を負うか。)について

(1) 使用者責任について

ア 原告らは,被告三菱地所が使用者責任を負う旨主張するが,使用者責任が生じるためには使用者とされる者が被用者とされる者を指揮監督する使用関係が必要である。

イ 被告三菱地所と被告木内建設の本件工事についての関係は,請負契約であることに争いはなく,被告三菱地所から被告木内建設に対し工事の方法等につき特段の指揮監督がなされていたと認めるに足りる証拠はない。
 請負契約における注文者は,注文又は指図についてその注文者に過失があったときでなければ,請負人がその仕事について第三者に加えた損害を賠償する責任を負わないのであって(民法716条,本件では具体的に被告三菱地) 所の注文又は指図に過失があったとは認められないことも併せ考慮すると,被告三菱地所が使用者責任を負うとはいえない。

(2) 共同不法行為責任について
 原告らは,被告三菱地所が共同不法行為責任を負う旨主張するが,被告三菱地所が被告木内建設と共同して本件工事を行ったとは認められず,本件工事について主観的な関連共同関係があったとも認められないから,被告三菱地所が共同不法行為責任を負うとはいえない。

(3) よって,原告らの被告三菱地所に対する請求は,すべて理由がない。

4 争点(3)(原告らに生じた損害の程度)について

(1)  既に認定したとおり,本件工事により範囲内原告に対し不法行為を構成するのは,平成18年11月末ころから平成19年2月末ころまで,散発的に生じる,ある程度継続的に94デシベルに達する騒音である。
 騒音が発生していたのは約3か月間の月曜日から土曜日の午前8時から午後5時ころであったこと,違法な騒音は毎日発生するとは限らず,発生する日も1日中違法な騒音が続いたわけではないことなどからすると(甲11,32,原告X3,原告X20),慰謝料は,一人当たり10万円が相当である。

(2) なお,原告X3は,神経性胃炎,胃けいれん,不安神経症,不眠症,血圧上昇という診断書を提出するが(甲11の4の2),医師の診断を受けたのは2年ぶりであるなどと供述しており,本件工事との相当因果関係は認められない。



第4 結論
 よって,範囲内原告の被告木内建設に対する請求は,慰謝料各10万円及びこれに対する不法行為後である平成19年1月30日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これらを認容することとし,範囲内原告の被告木内建設に対するその余の請求,被告三菱地所に対する請求,範囲外原告の被告らに対する請求は,いずれも理由がないので,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。


 さいたま地方裁判所第5民事部

   http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090528150644.pdf



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Posted by 大阪水・土壌研究会員 at 12:20│Comments(0)環境法規制
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工事騒音・粉塵の判例 慰謝料10万円
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