2009年11月01日
土地の来歴や利用形態に関する説明義務違反
32 ちょうせい第56号(H21.2)
土地の売買後に土壌汚染が判明した場合において、売主に土地の来歴や利用形態に関する説明義務違反があるとして、損害賠償責任を認めた事例
【事案の概要】
建設会社Xは、平成7年9月19日、機械販売会社Yから、工場敷地等を代金40億3900万円で買い受け、平成11年8月20日、代金全額を支払い、土地の引渡し及び所有権移転登記を受けた。Xは、平成14年7月、その工場敷地の一部(以下「本件土地」という。)について第三者から買受けの申入れを受けたことから、土壌調査を行ったところ、鉛及びふっ素による土壌汚染が生じていることが判明した。
本件は、かかる事実関係のもとで、XがYに対して、主位的に、売買契約の錯誤無効を理由とする代金の返還を請求し、予備的に、w売主の瑕疵担保責任又はe債務不履行責任に基づき土壌調査及び土地浄化費用相当額の損害賠償を請求した事案である。
裁判所は、下記のとおり、Xの錯誤無効の主張を認めず、Xの瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求も認めなかったが、eYには信義則上の説明義務違反があると認め、Xの債務不履行に基づく損害賠償請求を一部認容した。
【裁判所の判断の要旨】
売買契約当時、土壌汚染の存在は土地の外観から明らかではなく、Xは土壌汚染の事実について錯誤に陥っていたといえる。しかし、XYとも土壌汚染には無頓着なまま契約が成立したものとうかがわれるから、表示されない動機の錯誤にとどまるし、汚染土壌の除去費用が売買代金の約21%にすぎないことを考慮すれば、Xにおいて「要素に錯誤があった」(民法95条本文)とはいえない。
本件土地では、環境基準、環境省運用基準及び土壌汚染対策法の定める各基準を超える含有量ないし溶出量が検出されているのであるから、経済的効用及び交換価値が低下していることは明らかであり、Xが売買に際して土壌調査を行わなかったとしても、「隠れた瑕疵があった」(民法570条本文)といえる。
しかし、本件土地の土壌汚染は「直ちに発見することのできない瑕疵」(商法526条2項後段)に当たるところ、土壌汚染の事実につきYに悪意又は重過失があったと認めることはできないし、Yによる同条項の期間制限の主張が信義則に反するといえる事情は見当たらないから、引渡し後6か月の経過により、Xの瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求は認められない。
Yは、土壌汚染の事実を認識していたとは認められないが、本件土地が、機械解体作業等の用地として、相当量の廃油等を地中に流出浸透させるような形態で使用されてきたことを認識していた。
とすれば、Yは、Xが買主の検査・通知義務(商法526条)を果たす契機となる情報(すなわち、多額の費用をかけて土壌調査を実施するか否かについて適切に判断するための情報)を提供するため、Xに対し、本件土地の上記利用形態について説明・報告すべき信義則上の付随義務を負っていたというべきである。
しかし、Yは、かかる説明・報告義務を履行しなかったのであるから、Xに対し、Xが土壌調査を行う必要はないと信頼したことによって被った損害(すなわち、瑕疵担保責任を追及する機会を失ったことによって被った損害)につき、賠償責任を負う。
【解説】
1 はじめに
土壌汚染は、長期にわたって持続する性質を有する上、発見が困難な場合が多く、発見したとしても、その対策には莫大な費用と時間がかかるため、民事上の紛争に発展しやすいと思われます。平成14年の土壌汚染対策法の制定を契機に、土地取引における土壌汚染リスクが強く意識されるようになった近年においては、その傾向がより鮮明になっていると思われます。
ところで、本件の背景には、土壌汚染のリスクを売主と買主がどう負担するのかといった根元的なテーマがあるため、争点が多岐にわたっています。本判決は、それぞれの争点について興味深い判断がなされていますが、最も注目すべきは、売主の買主に対する説明義務違反を認めた点(e)です。
そこで、この点を中心に、より詳しく紹介することにします。
2 説明義務について
売買契約における売主の中心的な義務は、目的物を買主に引き渡すことです。しかし、これにとどまらず、契約の締結過程において、売主から買主に対して、信義則上、説明義務又は情報提供義務が課せられる場合があり、かかる義務の不履行があった場合、売主は、これによって買主に生じた損害について賠償義務を負うと考えるのが一般的です。
本件についてみると、Yが土壌汚染の事実を認識していたのであれば、当然、これをXに説明しなければなりません。しかし、本判決は、そのような事実を認識していなくとも、土壌汚染が発生する蓋然性のある方法で土地が利用されていた場合には、これを説明する義務が生じることがあり得ると踏み込んだ判断をしています。
そして、XY間で売買契約が締結された当時は、土壌汚染対策法が存在せず、市街地の土壌汚染について環境基準及び運用基準が存在したにすぎませんが、既に、私人間の取引場面において、土壌汚染が発見された場合には、それを除去すべきとの認識が形成されつつあったという社会情勢を踏まえ、Yに本件土地の従前の利用形態について説明義務を認めました。
3 損害賠償額について
本判決は、Yが賠償すべき損害の範囲について、上記【裁判所の判断の要旨】eの第3文記載のとおり判断しました。具体的には、本件土地の浄化費用の見積額約1億7,600万円及び浄化範囲の確定のための調査費用約1,260万円を併せた約1億8,860万円につき、Xは本来であればYに対して瑕疵担保責任に基づく損害賠償として支払を請求できたといえるから、Xは、Yの上記説明義務の不履行により、これと同額の損害を被ったと認めました。
しかし、他方で、浄化の前段階として行われた土壌汚染の調査費用については、もともとXが買主として目的物検査の費用を負担すべき立場にある(商法526条)ことを理由に、Yの説明義務の不履行により被った損害には当たらないとしました。
さらに、本判決は、過失相殺について、Xは建築会社であり、土木建築工事に関する調査・企画・地質調査等を目的とする会社であること、Xは、少なくとも、機械の解体作業時に流出した油分が本件土地に染み込んでいるとの情報提供を受けていたことを理由に、Xには、本件土地の引渡し後、直ちに土壌汚染調査を行わなかった落ち度があるとして、公平の見地から、Yの賠償すべき金額を6割減額し、約7,500万円としました。
4 おわりに
以上のように、本件判決は、売買の時点では土壌汚染の事実が判明していなかった事案において、契約の成立過程において売主にどのような説明義務が課せられるのか、説明義務違反が認められる場合に、どの範囲の損害について賠償責任を負うのか、買主の落ち度をどのように考慮するのかといった点について、極めて興味深い判断を示しており、同種事案の解決の参考になると思われます。
なお、土壌汚染をめぐる民事紛争について、法律上の論点を幅広く指摘・整理した文献として、針塚遵「土壌汚染に係わる紛争について」(判例時報1829号3頁)がありますので、本件と併せて参照してください。
http://www.soumu.go.jp/kouchoi/substance/chosei/pdf/056/saibanrei_56.pdf
土地の売買後に土壌汚染が判明した場合において、売主に土地の来歴や利用形態に関する説明義務違反があるとして、損害賠償責任を認めた事例
【事案の概要】
建設会社Xは、平成7年9月19日、機械販売会社Yから、工場敷地等を代金40億3900万円で買い受け、平成11年8月20日、代金全額を支払い、土地の引渡し及び所有権移転登記を受けた。Xは、平成14年7月、その工場敷地の一部(以下「本件土地」という。)について第三者から買受けの申入れを受けたことから、土壌調査を行ったところ、鉛及びふっ素による土壌汚染が生じていることが判明した。
本件は、かかる事実関係のもとで、XがYに対して、主位的に、売買契約の錯誤無効を理由とする代金の返還を請求し、予備的に、w売主の瑕疵担保責任又はe債務不履行責任に基づき土壌調査及び土地浄化費用相当額の損害賠償を請求した事案である。
裁判所は、下記のとおり、Xの錯誤無効の主張を認めず、Xの瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求も認めなかったが、eYには信義則上の説明義務違反があると認め、Xの債務不履行に基づく損害賠償請求を一部認容した。
【裁判所の判断の要旨】
売買契約当時、土壌汚染の存在は土地の外観から明らかではなく、Xは土壌汚染の事実について錯誤に陥っていたといえる。しかし、XYとも土壌汚染には無頓着なまま契約が成立したものとうかがわれるから、表示されない動機の錯誤にとどまるし、汚染土壌の除去費用が売買代金の約21%にすぎないことを考慮すれば、Xにおいて「要素に錯誤があった」(民法95条本文)とはいえない。
本件土地では、環境基準、環境省運用基準及び土壌汚染対策法の定める各基準を超える含有量ないし溶出量が検出されているのであるから、経済的効用及び交換価値が低下していることは明らかであり、Xが売買に際して土壌調査を行わなかったとしても、「隠れた瑕疵があった」(民法570条本文)といえる。
しかし、本件土地の土壌汚染は「直ちに発見することのできない瑕疵」(商法526条2項後段)に当たるところ、土壌汚染の事実につきYに悪意又は重過失があったと認めることはできないし、Yによる同条項の期間制限の主張が信義則に反するといえる事情は見当たらないから、引渡し後6か月の経過により、Xの瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求は認められない。
Yは、土壌汚染の事実を認識していたとは認められないが、本件土地が、機械解体作業等の用地として、相当量の廃油等を地中に流出浸透させるような形態で使用されてきたことを認識していた。
とすれば、Yは、Xが買主の検査・通知義務(商法526条)を果たす契機となる情報(すなわち、多額の費用をかけて土壌調査を実施するか否かについて適切に判断するための情報)を提供するため、Xに対し、本件土地の上記利用形態について説明・報告すべき信義則上の付随義務を負っていたというべきである。
しかし、Yは、かかる説明・報告義務を履行しなかったのであるから、Xに対し、Xが土壌調査を行う必要はないと信頼したことによって被った損害(すなわち、瑕疵担保責任を追及する機会を失ったことによって被った損害)につき、賠償責任を負う。
【解説】
1 はじめに
土壌汚染は、長期にわたって持続する性質を有する上、発見が困難な場合が多く、発見したとしても、その対策には莫大な費用と時間がかかるため、民事上の紛争に発展しやすいと思われます。平成14年の土壌汚染対策法の制定を契機に、土地取引における土壌汚染リスクが強く意識されるようになった近年においては、その傾向がより鮮明になっていると思われます。
ところで、本件の背景には、土壌汚染のリスクを売主と買主がどう負担するのかといった根元的なテーマがあるため、争点が多岐にわたっています。本判決は、それぞれの争点について興味深い判断がなされていますが、最も注目すべきは、売主の買主に対する説明義務違反を認めた点(e)です。
そこで、この点を中心に、より詳しく紹介することにします。
2 説明義務について
売買契約における売主の中心的な義務は、目的物を買主に引き渡すことです。しかし、これにとどまらず、契約の締結過程において、売主から買主に対して、信義則上、説明義務又は情報提供義務が課せられる場合があり、かかる義務の不履行があった場合、売主は、これによって買主に生じた損害について賠償義務を負うと考えるのが一般的です。
本件についてみると、Yが土壌汚染の事実を認識していたのであれば、当然、これをXに説明しなければなりません。しかし、本判決は、そのような事実を認識していなくとも、土壌汚染が発生する蓋然性のある方法で土地が利用されていた場合には、これを説明する義務が生じることがあり得ると踏み込んだ判断をしています。
そして、XY間で売買契約が締結された当時は、土壌汚染対策法が存在せず、市街地の土壌汚染について環境基準及び運用基準が存在したにすぎませんが、既に、私人間の取引場面において、土壌汚染が発見された場合には、それを除去すべきとの認識が形成されつつあったという社会情勢を踏まえ、Yに本件土地の従前の利用形態について説明義務を認めました。
3 損害賠償額について
本判決は、Yが賠償すべき損害の範囲について、上記【裁判所の判断の要旨】eの第3文記載のとおり判断しました。具体的には、本件土地の浄化費用の見積額約1億7,600万円及び浄化範囲の確定のための調査費用約1,260万円を併せた約1億8,860万円につき、Xは本来であればYに対して瑕疵担保責任に基づく損害賠償として支払を請求できたといえるから、Xは、Yの上記説明義務の不履行により、これと同額の損害を被ったと認めました。
しかし、他方で、浄化の前段階として行われた土壌汚染の調査費用については、もともとXが買主として目的物検査の費用を負担すべき立場にある(商法526条)ことを理由に、Yの説明義務の不履行により被った損害には当たらないとしました。
さらに、本判決は、過失相殺について、Xは建築会社であり、土木建築工事に関する調査・企画・地質調査等を目的とする会社であること、Xは、少なくとも、機械の解体作業時に流出した油分が本件土地に染み込んでいるとの情報提供を受けていたことを理由に、Xには、本件土地の引渡し後、直ちに土壌汚染調査を行わなかった落ち度があるとして、公平の見地から、Yの賠償すべき金額を6割減額し、約7,500万円としました。
4 おわりに
以上のように、本件判決は、売買の時点では土壌汚染の事実が判明していなかった事案において、契約の成立過程において売主にどのような説明義務が課せられるのか、説明義務違反が認められる場合に、どの範囲の損害について賠償責任を負うのか、買主の落ち度をどのように考慮するのかといった点について、極めて興味深い判断を示しており、同種事案の解決の参考になると思われます。
なお、土壌汚染をめぐる民事紛争について、法律上の論点を幅広く指摘・整理した文献として、針塚遵「土壌汚染に係わる紛争について」(判例時報1829号3頁)がありますので、本件と併せて参照してください。
http://www.soumu.go.jp/kouchoi/substance/chosei/pdf/056/saibanrei_56.pdf
Posted by 大阪水・土壌研究会員 at 00:37│Comments(0)
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