第三次生物多様性国家戦略 第一部 BK

大阪水・土壌研究会員

2009年11月07日 18:49

第三次生物多様性国家戦略
平成19年11月27日
目 次
前 文 1 ページ

第1部 生物多様性の保全及び持続可能な利用に向けた戦略
 第1章 生物多様性の重要性と理念 9 ページ
  第1節 地球上の生命の多様性 9 ページ
  第2節 いのちと暮らしを支える生物多様性 11 ページ
   1 生きものがうみだす大気と水
   2 暮らしの基礎
   3 生きものと文化の多様性
   4 自然に守られる私たちの暮らし
  第3節 生物多様性の保全及び持続可能な利用の理念 16 ページ

 第2章 生物多様性の現状と課題 17 ページ
  第1節 生物多様性の危機の構造 17 ページ
   1 3つの危機
    (1)第1の危機(人間活動や開発による危機)
    (2)第2の危機(人間活動の縮小による危機)
    (3)第3の危機(人間により持ち込まれたものによる危機)
   2 地球温暖化による危機
  第2節 地球温暖化と生物多様性 20 ページ
   1 地球温暖化による生物多様性への影響
   2 地球温暖化による生物多様性の変化を通じた人間生活への影響
   3 生物多様性の観点から見た地球温暖化の緩和と影響への適応
  第3節 3つの危機の背景 23 ページ
   1 戦後50年間の急激な開発
   2 里地里山における人口減少と自然資源の利用の変化
   3 経済・社会のグローバル化
  第4節 生物多様性の現状 26 ページ
   1 世界の生物多様性
   2 日本の生物多様性
   3 世界とつながる日本の生物多様性
  第5節 生物多様性の保全の状況 35 ページ
   1 生物多様性の保全に係る制度の概要
   2 生物多様性の保全に資する地域指定制度の概要
   3 地方公共団体による取組
   4 企業による取組
   5 NGOなどによる取組
 第3章 生物多様性の保全及び持続可能な利用の目標 41 ページ
  第1節 目標と評価 41 ページ
   1 3つの目標
   2 生物多様性条約2010年目標とわが国の生物多様性総合評価
  第2節 生物多様性から見た国土のグランドデザイン 41 ページ
   1 生物多様性から見た国土のとらえ方
   2 基本的な姿勢
   3 国土の特性に応じたグランドデザイン
    (1)奥山自然地域
    (2)里地里山・田園地域
    (3)都市地域
    (4)河川・湿原地域
    (5)沿岸域
    (6)海洋域
    (7)島嶼地域
 第4章 生物多様性の保全及び持続可能な利用の基本方針 54 ページ
  第1節 基本的視点 54 ページ
   1 科学的認識と予防的順応的態度
   2 地域重視と広域的な認識
   3 連携と協働
   4 社会経済的な仕組みの考慮
   5 統合的な考え方と長期的な観点
  第2節 基本戦略 58 ページ
   1 生物多様性を社会に浸透させる
   2 地域における人と自然の関係を再構築する
   3 森・里・川・海のつながりを確保する
   4 地球規模の視野を持って行動する
第2部 生物多様性の保全及び持続可能な利用に関する行動計画
 まえがき 73 ページ
 第1章 国土空間的施策 75 ページ
       (広域連携施策)
  第1節 生態系ネットワーク 75 ページ
   1 生態系ネットワーク形成の推進
  第2節 重要地域の保全 78 ページ
   1 自然環境保全法に基づく保全
   2 自然公園
   3 鳥獣保護区
   4 生息地等保護区
   5 名勝・天然記念物、文化的景観
   6 保護林、保安林
   7 緑地保全地域など
   8 ラムサール条約湿地
   9 世界遺産
   10 生物圏保存地域
  第3節 自然再生 96 ページ
   1 自然再生の着実な実施
   2 自然再生の新たな取組の推進
  第4節 農林水産業 101 ページ
   1 農林水産業と生物多様性
      (地域空間施策)
  第5節 森林 106 ページ
   1 森林
  第6節 田園地域・里地里山 124 ページ
   1 田園地域・里地里山
  第7節 都市 132 ページ
   1 緑地の保全・再生・創出・管理に係る総合的な計画の策定
   2 緑地、水辺の保全・再生・創出・管理に係る諸施策の推進
   3 緑の保全・再生・創出・管理に係る普及啓発など
  第8節 河川・湿原など 144 ページ
   1 生物の生息・生育環境の保全・再生
   2 水環境の改善
   3 住民との連携・協働
   4 河川を活用した環境教育や自然体験活動 
   5 河川環境に関する調査研究
  第9節 沿岸・海洋 165 ページ
   1 沿岸・海洋の生物多様性の総合的な保全
   2 里海・海洋における漁業
   3 海岸環境
   4 港湾環境
   5 海域汚染対策
 第2章 横断的・基盤的施策 185 ページ
  第1節 野生生物の保護と管理 185 ページ
   1 絶滅のおそれのある種の保存
   2 野生鳥獣の保護管理
   3 生態系を攪乱かくらんする要因への対応
   4 動物の愛護と適正な管理
  第2節 遺伝資源などの持続可能な利用 205 ページ
   1 遺伝資源の利用と保存
   2 微生物資源の利用と保存
   3 バイオマス資源の利用
  第3節 普及と実践 217 ページ
   1 普及広報と国民的参画
   2 経済的措置
   3 自然とのふれあい
   4 教育・学習
   5 人材の育成
  第4節 国際的取組 233 ページ
   1 アジアなど周辺諸国との連携及び国際的リーダーシップの発揮
   2 生物多様性関連諸条約の実施
   3 国際的プログラムの実施
   4 開発途上国への協力
  第5節 情報整備・技術開発 257 ページ
   1 生物多様性の総合評価
   2 調査・情報整備の推進
   3 研究・技術開発の推進
  第6節 地球温暖化に対する取組 270 ページ
   1 生物多様性の観点から見た地球温暖化の緩和と影響への適応
  第7節 環境影響評価など 274 ページ
   1 環境影響評価
   2 環境影響の軽減に関するその他の主な取組

第三次生物多様性国家戦略
平成19年11月27日

 地球上の生物は、生命が誕生して以来、およそ40 億年の歴史を経てさまざまな環境に
適応して進化し、その結果、未知のものも含めると3,000 万種とも推定される多様な生物
が生まれました。これらの数え切れない生命は、ひとつひとつに個性があり、それぞれが
網の目のようにさまざまな関係でつながっており、それが生物多様性の姿といえます。私
たちが現在生活している地球の環境も、そうした生きものの膨大なつながりとその相互作
用により、長い年月をかけて創られてきました。

 私たち人類も生物であり、他の生きものとのつながりの中で生きています。まわりの生
きものたちがいなくなれば、ヒトもまた生きていくことはできません。生物多様性の恵み
があることではじめて、私たちも暮らしていくことができるのです。

 また、私たちは地域によって異なる伝統的な知識や文化を持ち、それらは豊かな生活に
は欠かせないものですが、多様な文化は各地の豊かな生物多様性に根ざしたものであり、
地域ごとの固有の資産として必要不可欠なものといえます。

 人類の誕生は、地球の歴史から見れば最近のことです。人類はこれまでに強大な力を獲
得し、数を増やすことで地球生態系に大きな影響を与えてきました。
 私たち人類は、たくさんの生きものたちに支えられている一方で、たくさんの生きもの
たちを絶滅させてきています。人類は過去の平均的な絶滅スピードをこの数百年でおよそ
1000 倍に加速させているともいわれています。しかし、科学技術が格段に進歩した現在で
も、いのちを創り出すことができないのはもちろん、生きものたち同士の関係すら分から
ないことが多いのです。私たちのいのちは地球上のすべてのいのちとともにあることを謙
虚に受け止めなければいけません。私たちの将来の世代が豊かに暮らすためにも、生物多
様性を守り、その利用にあたって生物多様性に大きな影響を与えることのないよう、持続
可能な方法で行う責任があります。

 わが国は明治維新後、そして戦後に経済的な発展を成し遂げました。その一方で、南北
に長く四方を海に囲まれ、本来豊かであるはずのわが国の生物多様性は失われてきました。
経済的な発展の重要性に比べると、生物多様性の豊かさが暮らしの豊かさにつながるとい
うことは忘れられがちでした。
 日本人は、農業や林業、沿岸域での漁業の長い歴史を通じて、多くの生きものや豊かな
自然と共生した日本固有の文化を創り上げてきました。しかし、近年の西洋文明との融合
や科学技術の発達の中で、日本人と自然の関係は薄れ、それぞれの地域の自然と文化が結
びついた特有の風土が失われつつあります。
 世界の人口が引き続き増加していくのとは逆に、わが国の人口は今後減少に転じ、100 年後には現在の半分以下になるという推計もあります。それは100 年前の明治の末とほぼ同じ人口です。これまでの100 年間のわが国の
経済発展はめざましいものがありますが、人口が減少に向かう次なる100 年に向け、わが
国は、経済的な発展と豊かな生物多様性のどちらかを選ぶのではなく、その両方を実現し
なければいけません。生物多様性の面からは、人口が増加を続けたこれまでの100 年の間
にさまざまな要因により損なわれてきた国土の生態系を、自然の生態系が回復していくの
に要する長い時間を踏まえ、「100 年計画」といった考え方に基づき回復していくことも必要です。

 この第三次生物多様性国家戦略は、人と自然とのより良いバランスが確保され、人と自
然が共生することを通して恵み豊かな生物多様性をはぐくむ「いきものにぎわいの国づく
り」を目指して、生物多様性の保全とその構成要素の持続可能な利用を進めるための政府
としての計画です。
 しかし、その達成のためには、それぞれの地域での地に足のついた活動がなにより重要であり、地方公共団体や民間企業をはじめとするさまざまな主体や多くの国民による協働が必要です。この国家戦略が示す大きな方針のもと、老いも若きも、そ
して男性・女性を問わずひとりひとりが行動することで、いのちにぎわう豊かな日本の未来を拓いていかなければなりません。

(生物多様性条約と国家戦略)
平成4年(1992 年)、ブラジルのリオデジャネイロで開かれた国連環境開発会議(地球
サミット)に合わせ「気候変動に関する国際連合枠組条約」(気候変動枠組条約)と「生物
の多様性に関する条約」(生物多様性条約)が採択されました。日本は、平成5年5月に
18 番目の締約国として「生物多様性条約」を締結し、条約は同年12 月に発効しました。

 平成19 年7月現在の締約国数は190 か国となっています。この条約は、熱帯雨林の急激
な減少、種の絶滅の進行への危機感、さらには人類存続に欠かせない生物資源の消失の危
機感などが動機となり、生物全般の保全に関する包括的な国際枠組みを設けるために作成
されたものです。同条約の目的には「生物多様性の保全」及び「その持続可能な利用」に
加えて、開発途上国の強い主張を背景に「遺伝資源から得られる利益の公正かつ衡平な配
分」が掲げられました。

 同条約第6条により、各国政府は生物多様性の保全と持続可能な利用を目的とした国家
戦略を策定することが求められています。日本は条約締結を受け、平成7年10 月に最初
の生物多様性国家戦略を策定し、平成14 年3月にはその国家戦略を大きく見直した新・
生物多様性国家戦略を策定しました。これらの策定の主体は、全府省の閣僚が参加する地
球環境保全に関する関係閣僚会議です。

(生物多様性国家戦略と新・生物多様性国家戦略)
 平成7年に策定した生物多様性国家戦略の特徴としては、
?「生物多様性条約」に素早く対応しその発効から2年足らずで策定したこと、
?生物多様性という新しいキーワードのもとに関係省庁が連携して作業を行ったこと、
?「生物多様性条約」の構成に沿って漏れのないように各省の取組を整理したこと、
などの点が挙げられます。
その一方で、改善が必要な点として、
?各省の施策が並列的に記述されていて、施策レベルの連携の観点が弱いこと、
?目標を達成する道筋の明確さや施策提案の具体性が十分ではないこと、
?現状分析として社会経済的な視点が欠けており、生物相や生態系の分析も不足していること、
?策定過程で専門家や自然保護団体などの意見を必ずしも十分に聴いていないこと、など
がありました。

平成14 年に策定した新・生物多様性国家戦略は、「自然と共生する社会」を政府一体と
なって実現していくためのトータルプランとして国家戦略を位置付け、
?わが国の生物多様性の現状を「3つの危機」として整理したこと、
?生物多様性の保全と持続可能な利用のための理念としての「5つの理念」や特記すべき具体的施策を「7つの主要テーマ」と
して掲げたこと、などの特徴があります。

 そうした中で、新・生物多様性国家戦略は、
?国土全体の自然の質を向上させることをねらいとし、残された自然の保全に加えて自然再生を提案したこと、
?自然再生のほか里地里山の保全など各省の連携の観点を施策レベルで強化したこと、
?現状分析として社会経済的な視点や、生物相や生態系の分析の充実に努めたこと、
?策定過程で専門家や自然保護団体などの意見を広く聴くように努めたこと、
などの点で大幅に改定された国家戦略となりました。

 一方、改善が必要な点として、
?目標や指標などが具体的に示されておらず、実行に向けた道筋が明確でないこと、
?各省施策の並列的記載という面がまだ残っていること、
?内容が堅く、国民に強くアピールできていないこと、
?長期的な展望や、地球規模の視点が弱いこと、
?国の取組が中心で、地方・民間の参画を促進しようという考え方が弱いこと、などが挙げられます。

(第三次生物多様性国家戦略の策定の経緯)
 平成14 年3月の新・生物多様性国家戦略策定後の同年4月の生物多様性条約第6回締
約国会議において採択された戦略計画の中で、「締約国は現在の生物多様性の損失速度を
2010 年までに顕著に減少させる」という「2010 年目標」が示されました。また、平成17
年に国連により公表された「ミレニアム生態系評価( Millennium Ecosystem
Assessment:MA)」で地球規模の生態系に関する総合的評価が初めて実施されましたが、
24 項目で評価された生態系サービス(生態系がもたらす便益)のうち、向上したのは4項
目のみで、15 項目で低下するなど生物多様性が失われていることが示されました。さらに、
平成18 年の生物多様性条約第8回締約国会議で生物多様性条約事務局から公表された「地
球規模生物多様性概況第2版(Global Biodiversity Outlook 2:GBO2)」の中で、15 の指
標により生物多様性の状況が評価され、そのうち12 の指標で悪化傾向であるなど、2010
年目標の達成は厳しい状況にあることが示されました。

 一方で、地球温暖化に関しては、京都議定書が発効(2005)し、国内外で取組が進めら
れる一方で、地球温暖化に関する科学的知見が集積されてきており、気候変動に関する政
府間パネル(IPCC)第4次評価報告書(2007)の中で、地球温暖化による生物多様性へ
の影響が既に現れており、今後の温暖化の進行による影響も大きくなるということが示さ
れたところです。

 新・生物多様性国家戦略策定後の国内の動きとしては、自然再生推進法(平成14 年)、
遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(カルタヘナ
法:平成15 年)、景観法(平成16 年)、特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に
関する法律(外来生物法:平成16 年)、国土形成計画法(国土総合開発法の抜本改正:平
成17 年)の制定をはじめ、自然公園法(平成14 年)、鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関
する法律(鳥獣保護法:平成14 年、18 年)、文化財保護法(平成16 年)の改正など生物
多様性に関係する制度に動きがありました。
 戦後の経済発展の中での急速な開発は落ち着きつつあるものの、農地・林地から都市的
利用への土地利用の転換面積や沿岸域の埋立面積は横ばいで推移しており、生物多様性へ
の影響は続いています。また、平成17 年にはわが国の人口が減少に転じました。現在は
横ばいで推移しているものの、将来的には大きく減少すると予測されています。農林被害
の発生をはじめとする鳥獣との軋轢の深刻化といった自然と人間との関係の変化や農林業
従事者の減少、高齢化の進行などわが国の生物多様性をめぐる状況が転機を迎えようとし
ています。さらに、経済のグローバル化がますます進み、国境を超えた物流や人の移動の
増加に伴い、外来種の侵入などわが国の生物多様性への影響が見られる一方で、世界の人
口増加と中国やインドなどの高い経済成長により、海外の自然資源に依存してきたわが国
を取り巻く状況も変化する可能性が出てきています。

 前回の新・生物多様性国家戦略策定後、生物多様性国家戦略関係省庁連絡会議で、毎年、
国家戦略に基づく施策の実施状況の点検を行い、その結果を4回にわたり公表してきまし
た。その中では、関係省庁の施策に関する点検に加えて、生物多様性の保全と持続可能な
利用に関する地方公共団体、企業、民間団体の取組についても把握に努め、併せて公表し
ました。各回の点検に対する中央環境審議会からの意見として、これまでの施策の進展に
ついては評価されたものの、生物多様性に関する普及広報と教育をより一層推進すべきこ
とについて再三指摘があったほか、地域における取組の推進がさらに必要といった意見が
出されました。

 平成19 年1月には、平成22 年(2010 年)の生物多様性条約第10 回締約国会議をわが
国の愛知県名古屋市で開催すべく立候補することを閣議了解しました。また、同年3月に
ドイツで開かれたG8 環境大臣会合では、生物多様性が気候変動と並ぶ主要議題となり、
G8サミットの首脳宣言でも生物多様性の決定的な重要性と2010 年目標達成のための努力
の強化が盛り込まれるなど、生物多様性に対する国際的な関心もこれまでになく高まって
います。

 同年6月には、21 世紀環境立国戦略を閣議決定しました。その中では、「低炭素社会」、
「循環型社会」、「自然共生社会」の持続可能な社会の3つの側面を統合した取組が求めら
れているとし、自然との共生を図る智慧と伝統や世界に誇る環境エネルギー技術などによ
り、環境から拓く経済成長や地域活性化を実現する「環境立国・日本」を創造し、アジア
そして世界に発信することを掲げました。そして、「環境立国・日本」を実現するうえで今
後1、2年で着手すべき重点的な環境政策の方向性として、「生物多様性の保全による自然
の恵みの享受と継承」や「自然の恵みを活かした活力溢れる地域づくり」など8つの戦略
を示しました。
 
 こうした国内外の状況の変化に対応して第三次生物多様性国家戦略を策定すべく、環境
省では平成18 年8月から平成19 年3月までの間、生物多様性国家戦略の見直しに関する
懇談会を開催して論点の整理を進めました。懇談会で取りまとめた論点について意見公募
するとともに、全国8か所で地方説明会を開催しました。

 同年4月には、中央環境審議会自然環境・野生生物合同部会を開催し、国家戦略の見直
しについて諮問するとともに、合同部会のもとに生物多様性国家戦略小委員会を設置して、
国家戦略の見直しについて審議を開始しました。同小委員会では、農林水産省生物多様性
戦略(同年7月策定)の報告を受けるなど各省庁の施策のヒアリングや地方公共団体、企
業、NGO、学会からのヒアリングの実施を含めて合計6回に及ぶ審議を行い案を取りまと
め、国民からの意見聴取(パブリックコメント)を行いました。こうした手順を経て、同
年11 月に、中央環境審議会から答申があり、これを受けて「第三次生物多様性国家戦略」
が決定されました。見直しのための作業は、9の省庁で構成された生物多様性国家戦略関
係省庁連絡会議で進め、環境省が取りまとめを行ったほか、各省庁がそれぞれの役割に応
じて執筆を行いました。この検討過程では、パブリックコメントの募集のほか、シンポジ
ウム、意見交換会などへの参加を行い、また上記懇談会、審議会を公開で開催するととも
に、その議論の内容や資料をインターネットを通じて広く公開するなど、開かれた手続に
より検討を進めました。

(第三次生物多様性国家戦略の性格、役割)
新・生物多様性国家戦略の策定から5年余が経過しましたが、施策は着実に進展してい
るものの、3つの危機は依然進行しており、わが国の生物多様性の損失速度を顕著に減少
させるには至っていないと考えられます。このため、第三次生物多様性国家戦略では、新・
生物多様性国家戦略で示された危機や理念を基本的に受け継ぎつつ、国内外の状況変化に
対応して、取組をさらに大きく進展させることを目指して策定しました。

第三次生物多様性国家戦略の特徴は、
?具体的な取組について、目標や指標などもなるべく盛り込む形で行動計画とし、実行に向けた道筋が分かりやすくなるよう努めたこと、

?沿岸・海洋域など各省が関係する取組について、まとめて記載するよう努めたこと、

?生物多様性について、人の暮らしに結びつけた形で、国民に分かりやすく伝わるように心がけたこと、

?「100 年計画」といった考え方に基づくエコロジカルな国土管理の長期的な目標像を示すとともに、地球規模の生物多様性との関係について記述を強めたこと、

?地方公共団体、企業、NGO、国民の参画の促進について記述したこと、などにあります。

 本戦略は、「第1部 生物多様性の保全及び持続可能な利用に向けた戦略」と「第2部 生
物多様性の保全及び持続可能な利用に関する行動計画」の2部構成としています。第1部
では、いのちと暮らしを支える生物多様性の重要性や生物多様性に深刻な影響をもたらす
地球温暖化と生物多様性の関係について新たに記述するとともに、わが国の生物多様性の
総合評価の実施、生物多様性から見た国土の将来像としてのグランドデザイン、「科学的認
識と予防的順応的態度」など5つの基本的視点、「生物多様性を社会に浸透させる」など4
つの基本戦略について示し、国内外の情勢を踏まえた生物多様性の保全と持続可能な利用
を推進するための今後5年間の方向性を明らかにしました。また、第2部は、実践的な行
動計画として、わが国の生物多様性関連施策を体系的に網羅して記述し、具体的施策を箇
条書きにして実行に向けた道筋を示しました。

 第三次生物多様性国家戦略は、環境基本計画の「循環」、「共生」、「参加」、「国際的取組」
の4つの長期的な目標も踏まえ、自然の恵みを将来にわたって享受できる「自然共生社会」
を構築することにより、地球温暖化問題に対応した「低炭素社会」や資源の採取や廃棄に
伴う環境への負荷を最小にする「循環型社会」の構築とあいまって、「持続可能な社会」を
創り上げるための基本的な計画と位置付けられます。

(各主体の役割)
 本戦略は、生物多様性の保全及び持続可能な利用に関する基本的な考え方と政府の施策
について取りまとめた計画ですが、生物多様性の保全と持続可能な利用は、国民の暮らし
と密接に関わることから、国が実施するだけでなく、地方公共団体、企業、NGO、国民な
どのさまざまな主体が自主的にかつ連携して取り組むことが重要であり、それぞれの主体
が次のような役割を果たしていくことが期待されます。

 国は、国家戦略に示された施策を計画的に実施するとともに、その際、関係省庁連絡会
議などを通じて各省間の緊密な連携を図ります。また、多様な主体がそれぞれの役割に応
じた取組ができるよう、制度や指針の整備、経済的措置の拡充、データベースの構築・共
有化、的確な情報の提供などを行い、地域の取組を積極的に支援します。さらに、地域に
おける優れた取組を評価・紹介することを通じて、各主体による自主的な活動を促します。
 地方公共団体は、国家戦略に示された基本的な方向に沿いつつ、地域の自然的社会的条
件に応じて国の施策に準じた施策やその他の独自の施策を総合的かつ計画的に進めること
が期待されます。特に、地方における生物多様性に関する基本的な戦略や生態系ネットワ
ーク(エコロジカル・ネットワーク)の形成を目的とした計画を策定するなどにより、そ
れぞれの地域の特性に応じた取組を進めることが重要です。その際、専門家や住民の幅広
い参加と協力のもとに進めていくことが大切です。また、地域の子どもたちに対する学校
教育の役割が重要であり、いのちの大切さを伝え、地域の生きものとふれあう教育を進め
ることが必要です。

 企業など事業者には、生物多様性の保全に配慮した原材料の確保や商品の調達・製造・
販売のほか、保有している土地や工場・事業場の敷地での豊かな生物多様性の保全、投資
や融資を通じた生物多様性の保全への配慮、生物多様性の保全に関する情報開示などが期
待されます。
 また、社会貢献活動としての国内外における森林や里山などでの生物多様性の保全への貢献や、企業・公益法人の基金による生物多様性の保全を目的に活動するNGOへの支援も企業など事業者に期待される重要な役割です。さらに、政府や生物多様性条約締約国会議など国際的な組織が提供する生物多様性の情報に関心を持つとともに、企業活動の中で形成されるネットワークを通じ、国内外の企業に生物多様性の保全と持続可能な利用に関する取組を促し、連携してその推進に努めることも期待されます。

 NGO など市民団体は、それぞれの地域に固有の生物多様性を保全するためのさまざま
な活動の実践や、広く個人の参加を受け入れるためのプログラムの提供や体制づくりが期
待されます。また、それぞれが有する専門的な知見や経験を活かし、企業や博物館などを
含む教育機関と連携してその取組を支援、促進することも期待されます。さらに、これら
の活動を通して、地域の幅広い層を対象とした生物多様性に関する体験学習の機会を広く
提供する役割も期待されます。

 国民は、生物多様性の保全と持続可能な利用が日常の暮らしと密接な関わりがあること
を認識して節度を持って行動するとともに、自然とふれあい、自然を体験することで豊か
な生物多様性を実感することが重要です。また、生物多様性の保全活動や市民参加で行わ
れる調査への参加とともに、消費者として、適切な商品の選択と購入などを通じ、生物多
様性の保全と持続可能な利用に貢献することが期待されます。さらに、国民ひとりひとり
が生物多様性の保全活動に理解を示し、例えば、募金や寄付を通してそうした活動を支援
することも大切です。このほか、地域住民として、あるいは保護者として、次の世代を担
う子どもたちに地域の自然の豊かさを伝えるとともに、学校教育、野外活動、地域のコミ
ュニティ活動の中で豊かな自然体験や学習の機会づくりを担う役割が期待されます。

 特に、高齢者には、社会において忘れ去られようとしている、人と自然とが共生してい
た姿や生活の様子、生物多様性にはぐくまれた伝統的な知識、文化、遊び、風習、技術を
子どもたちなどに伝えることが期待されます。また、定年退職などで職業を離れた中高年
層については、定年帰農への参画や社会での豊かな経験、知識、技術を活かした活躍など
生物多様性を保全する地域コミュニティの担い手として期待されます。

(実施状況の点検と見直し)
 生物多様性国家戦略関係省庁連絡会議は、国家戦略に基づく施策の着実な推進を図るた
め、毎年、国家戦略の実施状況を点検し、中央環境審議会に報告するとともに、条約の規
定に基づく締約国会議への報告に反映させます。
 点検にあたっては、関係省庁連絡会議において、各省庁の施策の進度を生物多様性の観
点からできるだけ客観的に評価(フォローアップ)するため、第2部で記述した行動計画
を基に、その行動計画に盛り込まれた施策の進度を示す指標のほか、生物多様性総合評価
の中で開発を目指す指標も用いながら関係省庁が自主的な点検を行います。連絡会議は、
各省の点検結果を取りまとめたうえで、広く国民の意見を聴き、中央環境審議会に報告し
ます。その際、中央環境審議会は、国家戦略に基づく関係省庁の施策の進捗状況について
生物多様性の観点から点検し、必要に応じ、その後の施策の方向について意見を述べます。
 また、生物多様性をめぐる国内外の状況変化に柔軟かつ適切に対応するため、5年後程
度を目途として、国家戦略の見直しを行います。

第三次生物多様性国家戦略
第1部 生物多様性の保全及び持続可能な利用に向けた戦略
  第1節 地球上の生命の多様性

(地球のなりたちと生命の誕生)
 地球は約46 億年前に誕生しました。原始の海の中で有機物から原始生命体ができたの
は約40 億年前と考えられています。原始の地球の大気には酸素はなかったと考えられて
いますが、光合成を行うラン藻類などが出現したことで大気中の酸素が増え始めました。
また、その酸素をもとに地球を取り巻くオゾン層が形成されて太陽からの有害な強い紫外
線を防ぎ、現在の大気の構成となって安定した気候が維持され、陸上に生命が進出できる
環境ができたのです。そして、植物が陸上に進出して太古の森を創り、動物もその環境の
中に上陸し、陸上の生態系が形成され始めました。つまり、数え切れない生命とそのつな
がりによって地球の大気や土壌が形成され、次の時代の生命はその前の時代の生命が創り
上げた環境の上で進化するということを繰り返してきたのです。

 その間、さまざまな環境の変化が起こり、適応できなかった種が絶滅するとともに多く
の種が生まれ、現在の3,000 万種ともいわれる生命とそのつながりを創り上げてきました。
現在、私たちのまわりにある生物多様性は、地球の長い歴史の中で時間をかけてはぐくま
れてきたかけがえのないものなのです。

(大絶滅と人間の活動)
 現代は、「第6の大量絶滅時代」ともいわれます。生命が地球に誕生して以来、これまで
に生物が大量に絶滅する、いわゆる大絶滅が5回あったといわれています。ところが、現
代の大絶滅は絶滅速度がはやく、人間活動による影響が絶滅の主因であるということが特
徴です。現代の人類が属するホモ・サピエンスという種は、生命の歴史が40 億年もの長
きにわたることに比べると、つい最近、30 万年前前後に誕生した非常に新しい種です。そ
のひとつの種に過ぎない人類が環境を変える大きな力を持っているのです。

 米国の例ですが、19世紀初めには6,000 万頭いたと推定されるバイソンは、狩猟により、
100 年も経たないうちに、わずか1千頭前後(6万分の1)にまで激減してしまいました。
リョコウバトは19 世紀初めには50 億羽いたと推定されていますが、乱獲により20 世紀
初めに最後の1羽が死亡して、絶滅しました。海の中の状況は陸上に比べると分からない
ことが多いのですが、カナダのニューファウンドランド島東海岸沖でタラの仲間であるタ
イセイヨウダラ個体群が1992 年に急激に減少したのは、人間による漁獲の影響とされて
います。人間の力は、自分たちが考えている以上に強大であるにもかかわらず、それを意
識しないままに複雑な生物たちの世界に非常に大きな影響を与えているのです。

 その後も人間は科学技術を発達させ、より大きな力を獲得してきました。しかし、現代
においても、人間が生物多様性を構成する生物種のひとつであることに変わりはありませ
ん。自然の世界、生物多様性という世界は非常に複雑なバランスのもとに成り立っている
うえ、まだまだ人間にとって分かっていないことも少なくないのです。このままの速度で

第1部第1章第1節 地球上の生命の多様性
 生物多様性が損なわれていけば、早晩私たち人間も「絶滅」してしまいかねません。私た
ち人間が引き起こした環境の悪化により、人間自体が滅びてしまうこと程おろかなことは
ないでしょう。

(生物多様性とは何か)
 生物多様性条約では、生物多様性をすべての生物の間に違いがあることと定義し、生態
系の多様性、種間(種)の多様性、種内(遺伝子)の多様性という3つのレベルでの多様
性があるとしています。

 生態系の多様性とは、東京湾の干潟、沖縄のサンゴ礁、自然林や里山林、人工林などの
森林、釧路や尾瀬の湿原、大小の河川など、各地にいろいろなタイプの自然があることで
す。種の多様性とは、日本は、南北に長く複雑な地形を持ち、湿潤で豊富な降水量と四季
の変化もあって、いろいろな動物・植物が生息・生育しているという状況のことです。遺
伝子の多様性とは、同じゲンジボタルでも中部山岳地帯の西側と東側では発光の周期が違
うことや、アサリの貝殻の模様が千差万別なことなどです。このように自然界のいろいろ
なレベルにおいて、それぞれに違いがあること、そして何より、それが長い進化の歴史に
おいて受け継がれた結果として、多様でつりあいのとれた生物の多様性が維持されている
ことが重要なのです。

 しかしながら、「生物多様性」という言葉自体が分かりにくく、理解が進まない一因とい
われます。それは、例えば、「つながり」と「個性」と言い換えることができます。「つな
がり」というのは、食物連鎖とか生態系のつながりなど、生きもの同士のつながりや世代
を超えたいのちのつながりです。また、日本と世界、地域と地域、水の循環などを通した
大きなつながりもあります。「個性」については、同じ種であっても、個体それぞれが少し
ずつ違うことや、それぞれの地域に特有の自然があり、それが地域の文化と結びついて地
域に固有の風土を形成していることでもあります。「つながり」と「個性」は、長い進化の
歴史により創り上げられてきたものであり、こうした側面を持つ「生物多様性」が、さま
ざまな恵みを通して地球上の「いのち」と「暮らし」を支えているのです。

 第2節 いのちと暮らしを支える生物多様性
  1 生きものがうみだす大気と水
私たちが呼吸をしている酸素は大気の約20%を占めており、これは他の惑星では見られ
ないものです。この酸素は多様な植物の数十億年にわたる光合成により創られてきたもの
であり、森林などの植物が二酸化炭素を吸収し、酸素を放出することで、動物や植物自身
が呼吸できています。また、気温が安定したことで豊かな水があり、雲の生成や雨を通じ
た水の循環が生まれています。それが多くの生きものをはぐくむという好循環が地球環境
を支えているのです。地球環境の基礎には植物が創り上げた酸素がまずあること、そして
人間は、酸素を含む大気を人間が創り出すことはできないことを認識しなければいけませ
ん。
 また、栄養豊かな土壌は、生きものの死骸や植物の葉が分解されることにより形成され、
生命の維持に欠かせない水や生きもの豊かな海に不可欠な窒素・リンなどの栄養塩の循環
には、森林などの水源涵養の働きや栄養塩の供給が大きな役割を果たしています。また気
温・湿度の調節も大気の循環や森林などの植物からの蒸散により行われています。つまり、
人間を含むすべての生命の生存基盤である環境は、こうした自然の物質循環を基礎とする
生物の多様性が健全に維持されることにより成り立っているのです。

2 暮らしの基礎
(食べものや木材)
 私たちが毎日食べているご飯、野菜、魚、肉や生活している家の木材など私たちの暮ら
しに必要不可欠なものは、わが国の水田、森林、海などから農林水産業を通じてもたらさ
れるものです。
 日本は、狭い国土ながら、豊かな水と肥沃な土壌に恵まれ、コメをはじめとするさまざ
まな農産物が生産されてきました。こうした農産物は、益虫や害虫などさまざまな生きも
のとのつながりの中で育ちます。クモなどの益虫は、農地の中で害虫を含む多くの虫を食
べることでいのちをつなぎ、農産物の生産を助けています。水田をはじめとする農地には
多様な生きものがいて、私たちはその生きものが関わる循環機能を利用し、動植物をはぐ
くみながら農産物を生産しているのです。

 森林から採れる食料も重要です。昔は、キノコや山菜、木の実など豊かな森林の恵みを
多く利用して生活をしていました。現在は、生活様式も変わり、かつてほど食料として不
可欠ではなくなっていますが、森林は地域の風土がはぐくむわが国らしい食材の宝庫とも
いえます。

 また、縄文の昔から、魚介類は日本人の食生活を支える貴重な食料でした。島国である
日本は、暖流と寒流がぶつかる豊かな海に恵まれています。海洋、沿岸の藻場・干潟、川
や湖で獲れる数え切れないほど多くの種類の魚類、貝類、イカ・タコ類、海藻など自然の
恵みが日本人の食卓に上らない日はありません。

 東北から北海道にかけては、サケ、マスが海から河川を目指して集まってきますし、全
国各地の多くの河川では、春になるとアユの遡上が見られます。食卓に欠かせないウナギ
やマグロも、人工飼育で採卵から成魚にするまでの完全養殖によって供給されているわけ
ではなく、シラスウナギや、小型のマグロを獲ってきて、養殖したものを含め、多くの部
分を自然の力に依存しています。
 海からの水産資源の安定的な確保のためには、海洋における生物の多様性が豊かで健全
であることが欠かせません。人間はその生物多様性を保全しつつ、持続可能な方法で海洋
の生物資源を利用していかなければなりません。

 わが国において、木材は昔から多く利用されてきました。世界遺産の法隆寺をはじめ伝
統的な建築物は木でつくられており、私たちの居住に木材は欠かせない材料でした。また、
農機具をはじめとするさまざまな道具も木材を利用してつくられており、生活に欠かせな
いものでした。このようにわが国は、森林に恵まれた環境を活かし、木材をその種類や性
質に応じて生活の中に多様な形で取り入れた「木の文化」をつくってきました。
また、化石燃料が普及する前には、わが国のエネルギー源の主体は薪炭でした。日常的
に炊事、風呂、暖房などの燃料として利用されていた薪炭の使用量は、石油などの化石燃
料の普及により大幅に減少しました。

 現在でも、住宅を建てる際には木材が大量に使われており、木材はやすらぎのある住空
間を創造するうえでのひとつの重要な要素として再認識されつつあります。また、暖房の
燃料としても、まだ少ない数ではありますが、木材を細かくして固形化したペレットを使
うストーブの普及が拡大するなど見直されてきている地域もあります。さらに、現代は、
紙を大量に消費しており、そのためにも大量の木材が使われています。私たちの生活を営
むうえで、昔も今も生物多様性の構成要素のひとつである森林からの恵みである木材は必
要不可欠なのです。

 私たち日本人は、食料は約6割を、木材は約8割を海外から輸入しており、世界の生物
多様性の恵みを利用して暮らしています。世界的には、過剰な耕作や放牧など資源収奪的
な生産による土地の劣化、過剰な伐採や違法伐採、森林火災などによる森林の減少・劣化、
過剰な漁獲による海洋生物資源の減少などの生物多様性の損失が進んでおり、海外の自然
資源を利用するわが国の消費が輸出国の生物多様性の恩恵の上に成り立っている面もある
ことに、国民ひとりひとりが気付くことが大切です。また、地球規模で生物多様性の損失
が懸念される中、食料、木材などの資源の多くを輸入するわが国としては、窒素循環など
物質収支の観点も含め、国際的な視野に立って自然環境や資源の持続的な利用の実現に努
力する必要があります。

 わが国に水揚げされた水産物は、わが国が資源を利用する優先権を持つ排他的経済水域
などでとられたものだけではなく、公海や協定に基づき他国の排他的経済水域内でとられ
たものも含まれています。わが国で消費される魚介類の半分程度が輸入されていること、
世界中の海がつながっており、広く移動する魚類が多くあることなどの点も含めて、地球
規模の海洋の生物多様性に依存しているのです。

(生きものの機能や形の利用)
・医薬品
生きものの機能や形態は、それぞれの種に固有のものです。このような性質は、遺伝に
より、次の世代に受け継がれていきます。それぞれの種が持つDNA 上の遺伝情報は、40
億年という生物進化の歴史の中で創り上げられてきたものです。私たち人間は、その長い
歴史に支えられたさまざまな生きものの機能や形態の情報を、さまざまな形で私たちの暮
らしに利用しています。

 こうした生きものの機能を人間が利用している身近な例としては、医薬品が挙げられま
す。伝統的に多くの植物をはじめとする生きものが医薬品として使われてきました。例え
ば、アスピリンはヤナギの樹皮の成分が鎮痛・解熱に効果があったことから合成されたも
のです。インフルエンザを治療するリン酸オセルタミビル(販売名:タミフル)という薬
の原料は、中華料理の材料になる八角(トウシキミの実)から抽出されます。これらの植
物がなかったら私たちはもっと病気に苦しめられていたに違いありません。豊かな遺伝情
報を有するさまざまな生きものを原料とした新薬の開発研究は活発に行われており、今後
も私たちの生活を支えていくといえるでしょう。

・品種改良
 私たち日本人の食生活を支えている主な食料は、コメ、コムギ、ソバなど、ほんの数種
の作物です。国内だけでも維管束植物(草木など)は7,000 種以上といわれています。数
え切れない程多くの野生種の中から、人間にとって最も有用な生物を選抜し、交配してい
くという歴史が、農業の進歩であるといえます。つまり、人間は特定の生物を品種改良し
て、効率を上げることによって豊かになってきたところですが、その一方で、品種改良は
「一様化(特定の品種に集中すること)」という面も持っています。このことは多様性と
反しているようですが、これを支えるものとして、改良の選択肢を広げるためには近縁の
野生植物の豊かな遺伝資源が健全に維持されていなければなりません。また、一様化して
しまった作物が将来の環境変化に対応できなくなったときには、さらなる改良のための遺
伝資源がなければなりません。このように効率的効果的な農産物の生産の基礎を支えるも
のとして生物多様性は重要です。

・形態や機能の利用
 長い年月をかけて進化し、適応してきた生きものたちは、人間の技術ではまねのできな
い機能を多く持っています。カイコからとれるシルクは通気性、吸湿性、肌触りに優れて
いる上、紫外線をカットする機能も持っており、化学繊維の技術が発達したといっても完
全に真似のできるものではないですし、しかも、役割を終えた後は自然に分解され生態系
に負担をかけません。また、渡り鳥が少ないエネルギーで長距離を飛べることは、飛行機
ではとても真似ができません。
 また、自然界にある形態や機能を模倣したり、そこからヒントを得ることで、人間界の
問題を解決したり、画期的な技術革新をもたらすことができることがあります。これを生
きものの真似という意味から、バイオミミクリーといいます。例えば、カワセミのくちば
しをまねて新幹線の空気抵抗の少ない先頭車両のデザインをすることや、ハスの葉の表面
構造を真似て汚れの付きにくい塗装を開発することなどがその分かりやすい例です。
生きものが持つ歴史に鍛えられた素晴らしい機能や能力がふんだんに隠されている豊か
な生物多様性は、将来の技術開発の可能性を秘めた宝の山でもあります。

3 生きものと文化の多様性
(自然と共生してきた日本の智恵と伝統)
 島国である日本は、暖流と寒流がぶつかる豊かな海に恵まれ、四季の変化があり、湿潤
な気候は豊富な降雨をもたらし、多くの動物が棲み、さまざまな植物が息づいています。
このような日本は、古来より豊葦原瑞穂国(とよあしはらのみずほのくに)と呼ばれ、す
べてのものが豊かに成長する国土で日本人は四季とともに生きる文化をはぐくんできました。
 その一方で、地震や火山の噴火、土砂災害など常に自然災害と隣り合わせの生活を余儀なくされてきました。
このように、豊かですが荒々しい自然を前に、日本人は自然と対立するのではなく、自
然に順応した形でさまざまな知識、技術、特徴ある芸術、豊かな感性や美意識をつちかい、
多様な文化を形成してきました。その中で、自然と共生する伝統的な自然観がつくられて
きたと考えられます。

例えば、日本では、長い時間をかけて農作物の生産などのために畑、水田、ため池、草
地などを形成してきました。その際、自然に対する畏怖から、鎮守として祠を置いて八百
万(やおよろず)の神を祀って、そのまわりを鎮守の森で覆いました。こうしたすべてを
利用しつくさない考え方は日本人の自然との共生の姿を表しているともいえます。里地里
山の利用においても、利用しすぎないための地域独自の決まりや仕組みがありましたし、
現在でも山菜を採るときに来年以降のことを考えて一部を残す地元の人たちはたくさんい
ます。これから自然と共生する社会、ライフスタイルを築いていくためには、こうした限
りある自然や資源を大切にしてきた伝統的な智恵や自然観を学ぶことが必要です。

(地域性豊かな風土)
 日本には、自然と文化が一体になった「風土」という言葉があります。地域の特色ある
風土は、それぞれの地域固有の生物多様性と深く関係し、さまざまな食文化、工芸、芸能
などをはぐくんできました。例えば、食文化は地域でとれる野菜や魚、キノコなどの食材
を、その土地にあった方法で調理することで生まれます。日本の伝統食である雑煮も、材
料や調理法、餅の形にいたるまで地域によってさまざまな特徴があります。また、日本の
気候は気温が高く湿潤なため、さまざまな発酵食品が発達することになりました。漬け物、
馴鮨(なれずし)、味噌、しょうゆ、日本酒などは、それぞれの地域に適した微生物と、気
候、水、そして食材が複雑に関係しています。現代では、食品の大量生産や大規模な流通、
それに伴う伝統的な技術や知識の喪失、食材となる地域固有の生物の減少などが進み、地
域色豊かな伝統的な食文化は失われつつあります。
 また、生物多様性が低下した都市では、身近な自然とのふれあいや自然地域での体験活
動を渇望する住民が増えています。一方、日常的に自然と接触する機会がなく自然との付
き合い方を知らない子どもたちも増えています。自然の中で遊び、自然と密接に関わるこ
とを知らないまま育つことが、精神的な不安定が生じる割合を高める一因となっていると
の指摘もあります。このような時代こそ、豊かな自然に接し学ぶ機会を子どもたちに提供
することが、次の世代を担う子どもたちの健全な成長のために必要とされています。
豊かな生物多様性に支えられる文化の多様性は、私たちの豊かな生活の基盤であり、地
域に固有の財産として文化面での奥行きを増すことに役立っています。

4 自然に守られる私たちの暮らし
 私たちの暮らしは、健全な生態系に守られています。例えば、森林の適切な保全、間伐
の推進や広葉樹林化・長伐期化などにより、たくさんの動植物をはぐくむなどの多様で健
全な森林の整備、生きものが多く生息・生育する川づくりや河畔林の保全は、流域全体で
見ると、山地災害の防止や土壌の流出防止や安全な飲み水の確保に寄与します。また、ス
マトラ沖地震による大津波が発生した際、サンゴ礁やマングローブなどの自然の海岸線が
残されていた地域では、津波の被害をより小さくすることができたという報告もあります。
わが国では豊かな森林が台風などの被害を抑制している例もあります。こうした豊かな生
物多様性があることは災害時の被害の軽減にも役立つのです。

 さらに、自然の地形に逆らわない形で居住環境などを整備することも安全な暮らしに寄
与します。大規模な土木工事ができなかった昔の人々は、自然の地形に従って土地を利用
してきました。そうした知恵を活かすことも、より効率的に安全を確保するうえで大切です。

 また、農業は食料の生産に加え、多様な生きものも生み出す活動であるという視点に立
ち、不適切な農薬の使用や化学肥料に過度に依存した農業を改め、環境に配慮した農薬・
肥料などの適正使用を進めるとともに、有機農業をはじめとする環境保全型農業を積極的
に進めることが、生物多様性の保全だけでなく、安全な食べものの確保に寄与することに
もなります。こうした農業生産環境における土壌微生物や地域に土着する天敵をはじめと
する生物多様性の保全が図られることで、農業生態系の病害虫抑制の機能が発揮されるこ
とになります。

 これらの例でも示されるように、生物多様性を尊重して暮らしの安全性を考えることは、
特に世代を超えた長期のスケールで見た場合、経済的な投資の効率性という点でもメリッ
トがあるといえます。

第3節 生物多様性の保全及び持続可能な利用の理念

第2節「いのちと暮らしを支える生物多様性」を踏まえ、生物多様性の保全と持続可能
な利用の重要性を示す理念として、次の4つを挙げます。

1 「すべての生命が存立する基盤を整える」
 地球上の生物は、生態系というひとつの環の中で深く関わり合い、つながり合って生き
ています。そして、森林をはじめとした植物による酸素の放出と二酸化炭素の吸収、蒸散
を通じた気候の調節や水の循環、生きものの死骸や葉の分解による土壌の形成などさまざ
まな働きを通じて、現在及び将来のすべての生命の存在にとって欠かすことのできない基
盤条件を整えています。

2 「人間にとって有用な価値を持つ」
 私たちの生活は、食べもの、木材、医薬品など多様な生物を利用することによって成り
立っています。さらに、生きものの機能や形の産業への応用、将来の農作物の品種改良な
ど間接的・潜在的な利用の可能性があり、現在及び将来の豊かな暮らしにつながる有用な
価値を持っています。

3 「豊かな文化の根源となる」
 古来より日本人は、生きとし生けるものが一体となった自然観を有しており、自然を尊
重し、自然と共生することを通じて、豊かな感性や美意識をつちかい、多様な文化を形成
してきました。こうした精神の基盤を形成するとともに、地域色豊かな食、工芸、祭りな
ど地域固有の財産ともいうべき文化の根源となっています。

4 「将来にわたる暮らしの安全性を保証する」
 森林を適切に保全し、多様で健全な森林づくりを進めることや地形の不適切な改変を避
けることなどは、土砂の流出・崩壊防止、安全な飲み水の確保に寄与します。これは長い
目で見れば、世代を超えて効率的に暮らしの安全性を保証することにつながります。
この地球の環境とそれを支える生物多様性は、人間も含む多様な生命の長い歴史の中で
つくられたかけがえのないものです。そうした歴史性を持つ生物多様性は、それ自体に大
きな価値があり、また、それぞれの地域における人の生活と文化の基礎ともなっているのです。

第2章 生物多様性の現状と課題

第1節 生物多様性の危機の構造
 わが国の生物多様性の危機の構造は、その原因及び結果を分析すると次のとおりです。
第1から第3の危機については、さまざまな施策が講じられてきましたが、これらの危機
は依然進行しています。

第1の危機:人間活動ないし開発が直接的にもたらす種の減少、絶滅、あるいは生態系
の破壊、分断、劣化を通じた生息・生育空間の縮小、消失

第2の危機:生活様式・産業構造の変化、人口減少など社会経済の変化に伴い、自然に
対する人間の働きかけが縮小撤退することによる里地里山などの環境の
質の変化、種の減少ないし生息・生育状況の変化

第3の危機:外来種など人為的に持ち込まれたものによる生態系の攪乱
 近年、地球温暖化の進行が地球上の生物多様性に対して深刻な影響を与えつつあります。
地球温暖化は多くの種の絶滅や脆弱な生態系の崩壊などさまざまな状況を引き起こすと予
測されています。生物多様性にとって、地球温暖化は逃れることのできない深刻な問題と
いえるでしょう。
 また、
?生物多様性の意義・価値に対する国民の理解が進んでおらず、多くの人々が自らの問題としてとらえ、さまざまな活動に参加する機運が高まっていないこと、
?膨大なつながりと個性によって形づくられた生物多様性の状態が十分には把握されておらず、科
学的認識に基づく評価と対策のための基礎的な知見が不足していること、さらには
?自然再生や里地里山の保全などの生物多様性の保全に向けた動きは進展しつつあるものの、ま
だ点的な取組にとどまっており、生物多様性の危機への対処に必要な分野横断的な取組が
なお十分に進展していないことも、上記のような3つの危機を深刻なものとしています。

1 3つの危機
(1)第1の危機(人間活動や開発による危機)
 第1の危機は、人間活動や開発など人が引き起こす負の影響要因による生物多様性への
影響です。鑑賞用や商業的利用による個体の乱獲、盗掘、過剰な採取など直接的な生物の
採取とともに、沿岸域の埋立てなどの開発や森林の他用途への転用などの土地利用の変化
による生息・生育地の破壊と生息・生育環境の悪化が要因として挙げられます。また、河
川の直線化・固定化や農地の開発などによる、広大な氾濫原、草原や湿地の消失も要因と
いえるでしょう。
 これらの影響については、林地や農地から都市的土地利用への転換面積や沿岸域の埋立
面積を見ると、高度経済成長期やバブル経済期と比べると近年比較的少なくなり、安定化
に向かっているといえます。しかし、その程度は鈍化したものの影響は続いています。

 これらの問題に対しては、対象の特性、重要性に応じて、人間活動に伴う影響を適切に
回避、又は低減するという対応が必要であり、原生的な自然の保全を強化するとともに自
然生態系を改変する行為が本当に必要なものか十分検討することが重要です。さらに、既
に消失、劣化した生態系については、科学的な知見に基づいてその再生を積極的に進める
ことが必要です。

(2)第2の危機(人間活動の縮小による危機)
 第2の危機は、第1の危機とは逆に、自然に対する人間の働きかけが縮小撤退すること
による影響です。薪炭林や農用林などの二次林、採草地などの二次草原は、以前は経済活
動に必要なものとして維持されてきました。こうした人の手が加えられた地域は、その環
境に特有の多様な生物をはぐくんできました。また、氾濫原など自然の攪乱を受けてきた
地域が減ったことに対応して、その代わりとなる生息・生育地としての位置付けもあった
と考えられます。

 しかし、特に人口減少や高齢化が進み、農業形態や生活様式の変化が著しい里地里山で
は、人間活動が縮小することによる危機が継続・拡大しています。さまざまな形での人間
による攪乱の度合いによりモザイク状に入り組んでいた生態系が、攪乱を受けなくなるこ
とで多様性を失ってきており、里地里山に生息・生育してきた動植物が絶滅危惧種として
数多く選定されています。

 また、人工林についても林業の採算性の低下、林業生産活動の停滞から、間伐などの管
理が十分に行われないことで、森林の持つ水源涵養、土砂流出防止などの機能や生物の生
息・生育環境としての質の低下が懸念されます。
 一方、里地里山を中心に、シカ、サル、イノシシなど一部の中・大型哺乳類の個体数や
分布域が著しく増加、拡大し、深刻な農林業被害や生態系への影響が発生しています。
これらの問題に対しては、現在の社会経済状況のもとで、対象地域の自然的・社会的特
性に応じた、より効果的な保全・管理の仕組みづくりを進めていく必要があります。既に
各地で取組は始まっていますが、個々の地域における点的な取組にとどまっており、面的・
全国的な展開には至っていません。

(3)第3の危機(人間により持ち込まれたものによる危機)
 第3の危機は、人間が近代的な生活を送るようになったことにより持ち込まれたものに
よる危機です。まず、外来種による生態系の攪乱が挙げられます。ジャワマングース、ア
ライグマ、オオクチバスなど野生生物の本来の移動能力を越えて、人為によって意図的・
非意図的に国外や国内の他の地域から導入された外来種が、地域固有の生物相や生態系に
対する大きな脅威となっています。特に、他の地域と隔てられ、固有種が多く生息・生育
する島嶼などでは、外来種が在来の生物相と生態系を大きく変化させるおそれがあります。
外来種問題については、「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」(外
来生物法)に基づく輸入・飼養等の規制は始まりましたが、既に国内に定着した外来種の
防除には多大な時間と労力が必要となります。

 外来生物法による規制が難しい、資材や他の生物に付着して意図せずに導入される生物
や国内の他地域から保全上重要な地域や島嶼へ導入される生物なども大きな脅威となりま
す。こうした脅威に対しても、
?侵入の防止、
?侵入の初期段階での発見と対応、
?定着した外来種の駆除・管理の各段階に応じた対策を進める必要があります。

 また、影響について未知の点の多い化学物質による生態系への影響のおそれも挙げられ
ます。化学物質の開発、普及は20 世紀に入って急速に進み、現在、生態系が多くの化学
物質に長期間ばく露されるという状況が生じており、その中には生態系への影響が指摘さ
れているものがあります。それ以外の化学物質でも、生態系への影響が、未解明なものが
数多く残されており、私たちの気付かないうちに生態系に影響を与えているおそれがあり
ます。そのため、野生生物の変化やその前兆をとらえる努力を積極的に行うとともに、化
学物質による生態系への影響について適切にリスク評価を行い、リスク管理を推進するこ
とが必要です。

2 地球温暖化による危機
 こうした3つの危機に加えて、地球規模で生じる地球温暖化による影響を大きな課題と
して挙げる必要があります。
 気候変化の科学的知見について、人為起源による気候変化、影響、適応及び緩和策に関
し、科学的、技術的、社会経済的な見地から包括的な評価を行う気候変動に関する政府間
パネル(IPCC)の第4次評価報告書(2007)は、気候システムに温暖化が起こっている
と断定するとともに、人間活動による温室効果ガスの増加が温暖化の原因とほぼ断定して
います。同報告書によると、20 世紀後半の北半球の平均気温は過去1300 年間の内で最も
高温であった可能性が高いとされています。過去100 年間に世界の平均気温が長期的に
0.74℃上昇し、最近50 年間の平均気温の上昇の長期傾向は、過去100 年のほぼ2倍の速
さとされています。また、今世紀末の地球の平均気温の上昇は、環境の保全と経済の発展
が地球規模で両立すると仮定した社会においては、約1.8(1.1〜2.9)℃ですが、化石燃料
に依存しつつ高い経済成長を実現すると仮定した社会では、約4.0(2.4〜6.4)℃にもなる
と予測されています。
 生物多様性は、気候変動に対して特に脆弱であり、同報告書によると、全球平均気温の
上昇が1.5〜2.5℃を超えた場合、これまでに評価対象となった動植物種の約20〜30%は
絶滅リスクが高まる可能性が高く、4℃以上の上昇に達した場合は、地球規模での重大な
(40%以上の種の)絶滅につながると予測されています。
 環境の変化をそれぞれの生きものが許容できない場合、「その場所で進化することによる
適応」、「生息できる場所への移動」のいずれかで対応ができなければ、「絶滅」することに
なります。地球温暖化が進行した場合に、わが国の生物や生態系にどのような影響が生じ
るかの予測は科学的知見の蓄積が十分ではありませんが、島嶼、沿岸、亜高山・高山地帯
など環境の変化に対して弱い地域を中心に、わが国の生物多様性に深刻な影響が生じるこ
とは避けることができないと考えられています。

 このため、地球温暖化による生物多様性への影響の把握に努め、その緩和と影響への適
応策を生物多様性の観点からも検討していくことが必要です。

第2節 地球温暖化と生物多様性
1 地球温暖化による生物多様性への影響
 地球温暖化の進行により、生態系の攪乱や種の絶滅など生物多様性に対しても深刻な影
響が生じることが危惧されています。温度変化により、それぞれの生物の開花や結実の時
期、分布域に変化が生ずるだけでなく、変化の速度が種や分類群によって異なるため、捕
食、昆虫による送受粉、鳥による種子散布など生物間の相互関係に狂いが生じる可能性が
高くなります。ヨーロッパでは既に、鳥の繁殖時期と餌となる昆虫の発生時期が大きくず
れ、それによって鳥の繁殖成功率が下がって個体数が減少している地域もあるという報告
があります。

 今後、地球温暖化が進めば、多くの種で絶滅のリスクが高まると予測されているほか、
サンゴ礁については、約1〜3℃の海面温度の上昇により、白化や広範囲な死滅が頻発す
ると予測されています。
 また、個別の生物の生息に対して影響を与えている例も報告され始めています。例えば、
ホッキョクグマは、海氷の上から、息継ぎのために顔を出すアザラシを捕獲しており、海
が氷で覆われることは生存のために欠かせない条件です。しかし、カナダのハドソン湾に
おける調査によると、ハドソン湾に生息するホッキョクグマは、オス、メスともに健康状
態が悪化(体表面積あたりの体重が減少)し、出産数も減少する傾向が確認されています。
原因として、1975 年以降、氷が溶け始める時期が徐々に早くなったため、アザラシを捕獲
する期間が短くなり、栄養蓄積が不十分となっている可能性が指摘されています。国際自
然保護連合(IUCN)は2006 年にホッキョクグマを絶滅の危機が増大している種としてレ
ッドリストに記載しました。

 日本においても、高山に生息し、地球温暖化の影響を最も受ける動物のひとつと考えら
れるライチョウでは、年平均気温が3℃上昇した場合には高山帯の縮小に伴い絶滅する可
能性が高いという予測もあります。地球温暖化のみによる影響かどうかは明確ではないも
のの、地球温暖化が影響していると考えられているさまざまな事例が観察されています。
春の訪れを知らせるソメイヨシノの開花日は、気象庁が昭和28 年(1953 年)に生物季節
観測を開始して以来、50 年間で約4.2 日早まっている傾向が見られます。

 また、新潟市におけるコムクドリの繁殖生態の調査によると、昭和53 年(1978 年)以
降産卵時期が早くなっている(0.73 日/年)ことが指摘されており、新潟市及び渡りのルー
トである沖縄県那覇市の気温上昇との関係が推測されています。淡水湿地に主に依存する
マガン、ヒシクイなどでは、越冬地の北上が1990 年代以降顕著となり、北海道で定期的
に越冬する群れが現れ、その分布が拡大しています。さらに、近年、シカの分布域が拡大
しており、自然植生などへの影響も生じています。シカの生息には積雪量が影響すると考
えられており、分布域の拡大は地球温暖化に関連がある可能性も指摘されています。

2 地球温暖化による生物多様性の変化を通じた人間生活への影響
 また、地球温暖化は生物多様性の変化を通じて、人間生活や社会経済へも大きな影響を
及ぼすことが予測されています。
 世界的には、潜在的な食料の生産可能量は、地域の平均気温の約1〜3℃までの上昇幅
では増加すると予測されているものの、これを超えて上昇すれば減少に転じると予測され
ています。また、気候変動に伴って干ばつや熱波などの極端な気象現象が増加し、穀物を
はじめとする世界の食料に大きな影響を与える可能性が指摘されています。
 大気中の二酸化炭素濃度の上昇に伴い海水に溶け込む二酸化炭素が増加することによる
海水の酸性化が進むにつれて、炭酸カルシウムを成分とするサンゴの骨格やプランクトン
の殻をつくる石灰化の作用が起きにくくなり、さらに、ある程度以上酸性化が進むと骨格
や殻を作れなくなる種が出てくる可能性が懸念されるといった影響が指摘されています。
 海洋の生物多様性を支えるこれらの生物が失われれば、海洋の生物多様性に深刻な影響を
与えることで、私たちが漁業を通じて利用できる漁獲物の量にも大きな影響を与えるかも
しれません。

 また、人の健康への影響については、ネッタイシマカやハマダラカといった感染症を媒
介する蚊は、気温上昇に伴って個体数の増加の加速や生息域の北上が予測されています。
日本の食料については、気温上昇に伴うイネへの影響が指摘されています。地球温暖化
が進行すると、北海道を除く地域において、収量や品質が低下する影響がでると予測され
ている上、ニカメイガ、ツマグロヨコバイなど害虫の発生量の増加、発生地域・時期の変
化が生じ、イネの生育に影響を与える可能性が指摘されています。果樹でも、ウンシュウ
ミカンの栽培適地が北上することにより現在の主生産地のほとんどは栽培適地でなくなる
可能性があるなど大きな影響を受けます。
 漁業においても、漁獲対象種の生息域が北上することにより、漁場や漁期が変化する可
能性が指摘されています。北海道沿岸のウニ類について行った1985 年以降の漁獲量調査
によると、道南で多く獲れていたキタムラサキウニが、より北側の宗谷地方でも多く獲れ
るようになったことが確認されています。また、亜熱帯から熱帯の沿岸域を生息地とする
ナルトビエイが、有明海や瀬戸内海で大量に生息し、アサリやタイラギへの漁業被害が報
告されるようになるなど、漁業へ悪影響を与える生物の北上も示唆されています。

 また、わが国における人の健康への影響については、温暖化により直ちに大規模な感染
症の流行が起こることは予測されていませんが、温暖化がもたらす媒介生物の分布域の拡
大などにより、感染リスクは高まると考えられています。また、本来わが国に生息してお
らず、毒を持つセアカゴケグモが関西地方を中心に、ハイイロゴケグモが沖縄県などで確
認されていますが、気温上昇により分布が拡大する可能性があります。

3 生物多様性の観点から見た地球温暖化の緩和と影響への適応
 気候変動は既に顕在化し始めており、温室効果ガスの排出量と自然の吸収量とのバラン
スがとれたとしても、既に排出された温室効果ガスにより一定期間にわたり、気候変動は
生じると考えられます。生物種や生態系は、過去においても気候変動など環境の変化を経
験しており、その変化に適応してさらに進化を遂げてきたと考えられています。しかし、
現在起きつつある温室効果ガスの人為的な増加による急速な気候変動は、生物種や生態系
が適応できるスピードを超え、多くの種の絶滅を含む大規模な影響を与えるものと予測さ
れています。

 地球温暖化を緩和する、つまり、温室効果ガスの排出を削減することで温暖化による影
響を小さくし、こうした変化のスピードを遅らせることは、それにより生物種や生態系が
適応するための時間的猶予を手にすることができることから、生物多様性の保全にとって
重要です。
 多くの炭素を樹木や土壌に固定している森林の劣化や減少を防ぎ、泥炭や土壌に炭素を
貯蔵している湿原や草原を保全し、不耕起農法などの温室効果ガスの排出を削減する農業
を実施することなどは、生物多様性の保全だけでなく、地球温暖化の緩和という観点から
も重要です。また、人工林の間伐、里山林の管理、水辺における草刈り、二次草原におけ
る採草などの生態系の適切な管理によって生じる草木質系バイオマスについては、ペレッ
トストーブでの利用、バイオエタノール化による燃料としての利用、草資源を利用した発
電など化石燃料の代替エネルギーとして利用することにより、化石燃料由来の温室効果ガ
スの排出抑制にもつながります。さらに、木材を住宅用資材などとして利用することは、
長期にわたって炭素を貯蔵し続けることにもなります。こうした生物多様性の保全と地球
温暖化の防止の両面に役立つ施策を、短期の効率性のみを重視することのないよう留意し
つつ、総合的な観点から推進する必要があります。

 地球温暖化の緩和策に加えて、地球温暖化により予測される影響への対応も考えなけれ
ばなりません。例えば、島嶼、沿岸、亜高山帯・高山帯など脆弱な生態系においては、温
暖化の進行により深刻な影響を受ける可能性があります。また、農林水産業や都市部にお
ける生物多様性にも影響を与える可能性があります。多様な種や生態系が温暖化に適応し
て生活史や分布域などを変化させていくことには限界があります。このため、温暖化によ
る影響を少しでも軽減することにつながる生物多様性保全施策を、温暖化への適応策とし
て検討することが重要です。

 このため、地球温暖化によるわが国の生物多様性への影響を把握するための継続的なモ
ニタリングの実施と、そのための調査体制の確立が重要です。それにより把握された影響
や今後予測される影響に対応できるよう、環境の変動に対する適応力の高い、それぞれの
地域に固有の健全な生態系の保全・再生を進める必要があります。また、それぞれの種や
生態系によって温暖化の影響への脆弱性やそれに対する適応力は一律ではないことから、
多様な種や生態系が時間をかけて温暖化に適応して変化していくことに幅広く対応できる
ようにすることが大切です。このため、陽が射す明るい環境を好む種が生息・生育する氾
濫原、湿原、管理された二次草原や二次林などの環境も含めて、まとまった規模の生物多
様性が豊かな地域の配置とつながりを地域の特性に応じて確保することが必要であり、特
に南北方向や同じ山系での標高の高低方向を考慮した生態系ネットワークの形成などの対
策を講じていくことが重要です。

第3節 3つの危機の背景
1 戦後50年間の急激な開発
 わが国は戦後50 年間で急速な変化を遂げました。実質GDP(国内総生産)でも戦後10
年経ち朝鮮戦争の特需景気を過ぎた昭和30 年(1955 年)の48 兆円が、戦後50 年経った
平成7年(1995 年)には481 兆円と10 倍以上に拡大しました。こうした中で、例えば、
工業統計における製造品出荷額は、昭和35 年(1960 年)の15.5 兆円が、平成7年(1995
年)には309 兆円となり、35 年間に約20 倍の増加となっているほか、建設投資額(建築
投資と土木投資を含む。)も同じ35 年間に30 倍以上の増加を見せています。例えば明治
時代からデータのある宅地面積の推移について見てみると、その年間増加面積は、昭和15
年(1940 年)までの50 年間の平均と比べ1960 年代で10 倍強、1970 年代で20 倍弱と、
1960 年頃を境に急激に面積が増えています。

 欧米でも例を見ない急激な工業化とそれに伴う開発により、例えば臨海工業地域の造成
により最も大きく影響を受けたと考えられる干潟の面積は、昭和20 年(1945 年)から平
成6年(1994 年)までの間に約4割減少しています。東京湾の干潟で見ると、東京湾のほ
ぼ全域に分布していた干潟が、いまでは千葉県の三番瀬と盤洲干潟などに小さく残されて
いるのみとなっており、ほかは残らず開発されてしまっています。こうした開発は、さま
ざまな生態系で行われたと考えられ、湿地は、明治大正時代の地形図と昭和50 年から平
成9年の地形図を比較すると、6割以上が消失しています。また、自然林や二次林は昭和
30 年代、40 年代に多くの面積が減少し、自然海岸は本土では5割を切るなど急激に生物
多様性が損なわれていった状況がうかがえます。

 現在においては、こうした急激な開発は収まってきており、平成7年(1995 年)以降実
質GDP は微増傾向であるものの、製造品出荷額は減少傾向であり、建設投資額も減少し
ています。しかし、沿岸域の埋立面積は年間800ha 程度で横ばいであり、農地・林地から
都市的利用への転換面積も年間1.7 万ha で横ばいとなっており、緩やかになってきてい
ますが、なお新たな開発は続いています。こうした土地利用の転換によってひとたび失わ
れた生物多様性は、容易に取り戻すことはできません。

 今後、GDP は緩やかながら伸びることが予測されているものの、人口減少が進む中で、
特に既開発地の再開発を中心とすることができれば、全体としての急激な開発の圧力は現
在よりも減少していくものと考えられます。ただし、閉鎖性海域において貧酸素水塊によ
り青潮が発生するなどの状況が続いており、貴重な自然あるいは脆弱な自然への影響を含
めて状況を改善していくことが必要です。

2 里地里山における人口減少と自然資源の利用の変化
 里地里山の多くは人口の減少と高齢化の進行や、産業構造の変化により、里山林や野草
地(二次草原)などの利用を通じた自然資源の循環が少なくなることで、大きな環境変化
を受けました。
 産業別就業人口を見ると、第一次産業に就業している人口割合は、戦後しばらくの間
50%弱だったものが、戦後50 年の平成7年(1995 年)には6%、平成12 年(2000 年)
には、5%と大幅に減少をしています。その間、基幹的農業従事者数は、昭和35 年(1960
年)の1,175 万人が平成7年(1995 年)には256 万人、平成17 年(2005 年)には224
万人となり、高齢者の割合は、1980 年代までは20%前後でしたが、平成7年(1995 年)
に40%となり、平成17 年(2005 年)に57%となるなど大きく増加しています。明治維
新から戦後1960 年頃までは、人口は増加したものの農業人口には大きな変動はなかった
ことを考えると、1960 年以降の農業の就業人口の減少と高齢化の進展は急速かつ大きなも
のでした。

 また、その間、特に戦後から1970 年代にかけて、エネルギー源が石油などの化石燃料
にシフトし薪炭が利用されなくなるとともに、化学肥料の生産量が急激に増加するなど、
農村地域における薪やたい肥などの生物由来の資源の利用が低下し、里山林や野草地との
関わりが希薄になっていった状況がうかがわれます。その結果、萌芽更新や火入れなど人
為的な管理により維持されてきた里山林や野草地が放置され、急激に減少することにより、
かつては普通に見られた里山や草原に生息・生育する多くの動植物種が絶滅の危機に瀕し
ています。

 また、不適切な農薬・肥料の使用や基盤整備における水域の生態系の分断などによる農
村の生物多様性への影響も大きかったと考えられます。
わが国の総人口は、平成17 年にピークを迎え、今後減少していくものと予測されてい
ます。平成62 年(2050 年)には、総人口が1億人を切るとともに、65 歳以上の高齢者が
40%にも上るという人口減少・高齢化社会が予測されています。
各圏域別の人口予測においては、今後人口が増加する札幌や仙台などの地方中枢都市圏
においても、平成27 年(2015 年)頃をピークに減少すると予測されており、平成62 年
(2050 年)にはピーク時の9割弱になるとされています。地方の中枢都市・中核都市の周
辺以外の地域では、平成62 年(2050 年)までに人口が現在の7割に減少すると予測され
ており、一層の過疎化が進み、地域によっては集落そのものが存亡の危機に立つと考えら
れます。長い歴史の中で、人間活動との関係で成り立ってきた里地里山の生物多様性の保
全は、このような地域のあり方を踏まえて考えることが大切です。

3 経済・社会のグローバル化
 経済・社会のグローバル化についても戦後50 年間で急速に進み、近年も中国、インド
をはじめとするアジア地域の各国の経済発展に伴い、再び拡大しています。こうした経済・
社会のグローバル化による人・物両面での出入りは急激に増加しており、それに伴い生物
多様性に影響を与えるおそれのある生物が意図的・非意図的の両面で増加をしていると考
えられます。
 昭和25 年(1950 年)に348 億円だった輸入額は、平成7年(1995 年)には32 兆円と
2,300 倍となっています。また、その後一時停滞傾向だった輸入額は、平成17 年(2005
年)には57 兆円と増加し、近年さらに物を通した世界とのつながりが増えてきているこ
とを示しています。それに伴う貨物の輸入量についても、昭和25 年(1950 年)に1,050
万トンだったものが、平成7年(1995 年)には7.6 億トンと72 倍となり、平成17 年(2005
年)には8.2 億トンに増加しています。また、国境を越える人の数についても、昭和40
年(1965 年)に58 万人だった年間入国者数が、平成16 年(2004 年)には2,400 万人と、
41 倍に増加しています。

 また、わが国は、ペットなどの動植物を大量に輸入しています。こうした動植物の輸入
は、わが国の生物多様性に影響を及ぼす可能性があるだけでなく、野生のものも含まれる
ことから、輸入相手国の生物多様性に影響を与えるおそれがあることも認識する必要があ
ります。生きている動物については、平成18 年(2006 年)では、ハムスターなどの哺乳
類(家畜を除く。)が約30 万頭・匹、鳥類(家禽を除く。)が約4万羽、カメ類などの
爬虫類が約50 万匹、昆虫類が約6千万匹輸入されています。また、6千万匹を超える観
賞用の魚が輸入されています。

 今後、中国、インドをはじめとするアジア地域の各国の急速な経済発展が続けば、当面
の間は経済・社会のグローバル化は進展していくものと考えられます。それに伴い、わが
国への生きものの輸入を含めた人・物両面での出入りは増加していくものと考えられ、国
内外の生物多様性への影響を軽減することが必要です。

第4節 生物多様性の現状
1 世界の生物多様性
(世界の生物種)
 地球上には、熱帯から極地、沿岸・海洋域から山岳地域まで、さまざまな生態系が存在
し、これらの生態系に支えられた多様な生物が存在しています。全世界の既知の総種数は
約175 万種で、このうち、哺乳類は約6,000 種、鳥類は約9,000 種、昆虫は約95 万種、
維管束植物は約27 万種となっています。まだ知られていない生物も含めた地球上の総種
数は大体500 万〜3,000 万種の間という説が多いようです。

(ミレニアム生態系評価)
 ミレニアム生態系評価(MA)は、21 世紀最初の年である2001 年から2005 年にかけて
行われた、地球規模の生物多様性や生態系に関する評価です。95 か国から1,360 人の専門
家が参加するという取組は、それまでに例のない大規模なものでした。また、この生態系
評価は、生態系サービス(ecosystem service:人々が生態系から得ることのできる、食料、
水、気候の安定などの便益)に着目し、生物多様性と人間生活との関係を分かりやすく示
しています。この総合評価により、私たちの生活は、健全な生態系を基盤とする各種の生
態系サービスに支えられていること、さらには、食料や淡水の供給などの生態系サービス
が変化すると、選択と行動の自由も影響を受けることが示されました。

(生態系サービスの状況と生物多様性の変化)
 ミレニアム生態系評価では、代表的な24 の生態系サービスについて、地球規模での状
態や変化の傾向を評価しました。その結果、評価の対象となった24 のサービスのうち、
向上しているものはわずか4項目(穀物、家畜、水産養殖、気候調節)であることが分か
りました。15 項目(漁獲、木質燃料、遺伝資源、淡水、災害制御など)では低下している
か、持続できない形で利用されていることが示されています。
 そのほか、温帯草原の3分の2以上の面積、熱帯乾性広葉樹林や温帯広葉樹林の2分の
1以上の面積が1990 年までに改変されているなど、世界の生態系が人為によって改変さ
れた量を陸上の生態系タイプごとに示し、世界の生態系の構造と機能が20 世紀後半に人
類の歴史上かつてない速さで変化したことを指摘しました。また、人間は種の絶滅速度を
ここ数百年でおよそ1000 倍に加速させており、人間が根本的に地球上の生物多様性を変
えつつあることを示しました。こうした生態系サービスや生物多様性の幅広いデータ、さ
らにはシナリオ分析を用いた将来予測を基に、次のような結論を導き出しています。

○過去50 年間で、人間活動により生物多様性に大規模で不可逆的な人為的変化が発生したこと

○生態系の改変は人間に多くの利益をもたらしてきたが、多くの生態系サービスの低下、
加速度的かつ不可逆的な変化が生じるリスクの増加、これらに伴う貧困の悪化という
形での代償を伴っており、解決の努力をしなければ将来世代が得る利益が大幅に減少すること

○生態系サービスの低下は、21 世紀前半の間にさらに進行すること

○生態系サービスへの需要の増加に対応しつつ、このような生態系の劣化を減らすため
には、政策・制度・慣行の大幅な見直し・転換が必要なこと
ミレニアム生態系評価は、生態系や生物多様性の評価を通じて、現在の人間活動や社会
システムのあり方に警鐘を鳴らし、順応的な生態系管理の重要性を説いています。
生物の進化の過程で多様化していった生物の種の中には、人間活動によって絶滅の危機
に瀕しているものがあり、既知の哺乳類、鳥類、両生類の種のおよそ10〜30%に絶滅のお
それがあるとされています。
 生物が減少する原因としては、森林の減少、外来種による生態系の喪失や攪乱、生物資
源の過剰な利用などが挙げられます。以下に、こうした原因と深く関係するものとして、
森林と海洋について記述します。

(世界的な森林の減少)
 地球上にはさまざまなタイプの森林が成立しており、生物多様性の保全上重要な生態系
といえます。国連食糧農業機関(FAO)の世界森林資源評価によると、2005 年の世界の
森林面積は39 億5千万ha で、陸地面積の約3割に相当します。
 ミレニアム生態系評価によると、地球規模の木材生産量は2000 年までの過去40 年間に
60%増加し、森林面積の約40%は工業化の時代に失われたとされています。前出のFAO
の世界森林資源評価によると、依然として熱帯林を中心に森林減少が続いています(年間
約1,290 万ha)。特にアフリカ及び南アメリカにおいて森林面積の減少が最も大きくなっ
ています。なお、この森林の減少面積は、植林、植生の修復、森林の自然回復による増加
面積を差し引いた場合でも年間約730 万ha の減少(日本の国土面積の約5分の1)とな
っています。

(海洋の生物多様性)
 地球の表面の約70%は海洋です。またすべての生きものは海で生まれ、その一部が地上
に進出したという歴史を持ちます。海洋については、まだまだ未知の部分が大きいものの、
その豊かな生物多様性を背景に、人間は魚類などを水産資源として利用しています。
 しかし、ミレニアム生態系評価によると、生物多様性が豊かとされる沿岸域の生態系は
人的活動により大きな影響を受け、藻場やサンゴの減少を招いています。20 世紀末の数十
年間で、世界のサンゴ礁の約20%が失われ、さらに20%が劣化しています。また、デー
タが入手可能な国々で見ると、過去20 年間でマングローブの35%ほどが失われています。
こうしたことを背景に、沿岸域の生態系は損失の危機にあるとされています。

 海洋の漁獲量は1980 年代後半までは増加したものの、それ以降は、漁獲技術が向上し、
漁獲努力量(出漁日数、隻数など漁獲のために行った努力量)が増加したにもかかわらず、
その漁獲量の増加は見られていません。世界における水産物の需要は伸びている一方、現
在、海の水産資源の4分の1の魚種は、乱獲により著しく枯渇していると考えられていま
す。特に食物連鎖の上位に位置する魚(マグロ、タラなど魚食の大型魚)の漁獲量が減少
しており、海洋の生物多様性の低下が指摘されています。
 また、海洋環境汚染による生物多様性への影響として、重金属類、有害な化学物質、赤
潮による海洋生物への影響や、海洋に放出されたプラスチックなどの漂流・漂着ごみをウ
ミガメなどの海棲動物が餌と間違えて飲み込むなど、野生生物への被害が見られます。

2 日本の生物多様性
(日本の生物多様性の特徴)
 わが国の既知の生物種数は9万種以上、分類されていないものも含めると30 万種を超
えると推定されており、約3,800 万ha という狭い国土面積(陸域)にもかかわらず、豊
かな生物相を有しています。また、固有種の比率が高いことも特徴で、陸棲哺乳類、維管
束植物の約4割、爬虫類の約6割、両生類の約8割が固有種です。先進国で唯一野生のサ
ルが生息していることをはじめ、クマやシカなど数多くの中・大型野生動物が生息する豊
かな自然環境を有しています。

 このような生物相の特徴は、国土が南北に長さ約3,000km にわたって位置し、季節風の
影響によるはっきりした四季の変化、海岸から山岳までの標高差や数千の島嶼を有する国
土、大陸との接続・分断という地史的過程などに由来するほか、火山の噴火や急峻な河川
の氾濫、台風などさまざまな攪乱によって、多様な生息・生育環境がつくりだされてきた
ことによるものです。堤防がつくられ、洪水の氾濫が少なくなることで、自然による攪乱は
減少しましたが、その一方で、農林業などを通じて適度に人の手が加えられた環境が形成
されたことにより、オキナグサやオオルリシジミなどそのような環境下で生息・生育する
生物の生存を可能としてきたのです。

 わが国においては、自然環境保全基礎調査の結果に基づき、全国土を覆う5万分の1レ
ベルの現存植生図が整備されています。それぞれの植生タイプが国土面積に占める割合を
見ると、森林(自然林、自然林に近い二次林、二次林、植林地)は全国土の67%を占めて
おり、スウェーデン(70%)など北欧諸国並みに高く、イギリス(12%)、アメリカ(33%)
などと比べ、先進国の中では圧倒的に大きな値となっています。日本の国土の約3分の2
を占める森林のうち、自然林は国土の17.9%で、自然草原を加えた自然植生は19.0%とな
っています。これらの自然植生は主として急峻な山岳地、半島部、島嶼といった人為の入
りにくい地域に分布しており、平地や小起伏の山地では二次林や二次草原などの代償植生
や植林地、耕作地の占める割合が高くなっています。こうしたさまざまな段階の生態系が、
さまざまな緯度、標高、水環境に立地することにより、わが国は非常に豊かな生態系の多
様性を有しています。特に、わが国においては、降水量が豊かで、自然の遷移が進む中に
あって、明るい環境を好む多くの植物や昆虫類が生育・生息していくため、湿原、二次草
原を含む草原、氾濫原、二次林などの生態系が、その明るい状態を保っていることが重要
です。こうした生態系は、わが国の気候や地史と自然と共生した生活の結果残されてきた
特徴あるものといえますが、現在では広い範囲で失われてきています。

 海洋についても、黒潮、親潮、対馬暖流などの海流と列島が南北に長く広がっているこ
とがあいまって、多様な環境が形成されています。沿岸域でも、地球の4分の3周に相当
する約35,000km の長く複雑な海岸線や豊かな生物相を持つ干潟・藻場・サンゴ礁など多
様な生態系が見られます。このため、日本近海は同緯度の地中海や北米西岸に比べ海水魚
の種数が多いのが特徴です。日本近海には、世界に生息する112 種の海棲哺乳類のうち50
種(クジラ・イルカ類40 種、アザラシ・アシカ類8種、ラッコ、ジュゴン)、世界の約
15,000 種といわれる海水魚のうち約25%にあたる約3,700 種が生息するなど、豊かな種
の多様性があります。

(生物多様性保全のための地域区分)
 日本の自然環境は、地史、気候、植生、動植物相などのさまざまな側面において変化に
富んでいます。このことから、日本の生物多様性の保全に際しては、全国を一律の基準、
方法で取り扱うことは難しく、わが国の自然環境を気象や地形の違いにより、いくつかの
単位に区分して考えることが必要です。
 平成13 年、環境省より、生物多様性保全のための地域区分(試案)が示されており、
その中でわが国の陸域における自然環境を10 区域(北海道東部、北海道西部、本州中北
部太平洋側、本州中北部日本海側、北陸・山陰、本州中部太平洋側、瀬戸内海周辺、紀伊
半島・四国・九州、琉球列島、小笠原諸島)に区分しています。こうした地域区分を考慮
して、モニタリングサイト1000 のサイト設定を行い、国土の自然環境のモニタリングを
開始しています。
 なお、上記の試案の中では、各区域の特性を示す注目すべき植生についても整理してい
ます。陸域の自然植生を対象に、全国の研究者や都道府県に対するアンケート調査などに
より抽出・整理したところ、北海道東部のエゾマツ・トドマツ林や本州北部のブナ林、本
州中部太平洋側のスダジイ林など重要な植生がまとまった面積で分布している地域として
396 地域が抽出されました。
 こうした区域ごとの自然環境の特性を踏まえ、保全管理方針、保護地域の設定、保全配
慮などの適切な保全方策をとることなどが、わが国の生物多様性の保全に際して必要と考
えられます。
 また、沿岸・海洋域についても、海流、気候などの地域の特性に応じた保全の取組を進
めていくことが必要です。

(絶滅のおそれのある野生生物の現状)
 絶滅のおそれのある野生生物の種を取りまとめた環境省レッドリストでは、日本に生
息・生育する爬虫類、両生類、汽水・淡水魚類の3割強、哺乳類、維管束植物の2割強、
鳥類の1割強にあたる種が、絶滅のおそれのある種に分類されています。この中には、南
西諸島や小笠原諸島などの島嶼域に生息・生育する種も多くあり、ヤンバルクイナ、ツシ
マヤマネコなどの一部の種では、保護増殖の取組を行っています。メダカに代表されるよ
うに、里地里山に生息・生育する身近な種や水辺の種も多く選定されています。また、下
北半島や西中国地域のクマなどのように、生息地の分断などにより地域的に絶滅のおそれ
がある野生生物もいます。これらの生物の減少要因としては、生息地破壊や分断化、人間
の働きかけの縮小に伴う環境の変化、乱獲、外来種の影響などが指摘されています。一方、
サクラソウやアサザのように、保全の努力によって絶滅の危険性が下がった種も見られま
すが、これらの種についても、引き続き保全対策の継続が必要です。

(レッドリストの見直し)
 環境省では、平成14 年度からレッドリストの見直しに着手し、平成18 年12 月には、
全10 分類群中、鳥類、爬虫類、両生類及びその他無脊椎動物の4分類群について、平成
19 年8月には、哺乳類、汽水・淡水魚類、昆虫類、貝類、植物?及び植物?の6分類群に
ついて、新たなレッドリストを公表しました。その結果、絶滅のおそれのある種(絶滅危
惧種)が見直し前の2,694 種から、3,155 種となりました。
 哺乳類(上陸しない海棲哺乳類(主に浅海域に依存するジュゴン以外)を除く。)につ
いては、絶滅危惧種の総数は6種減少し42 種となりました。これは、哺乳類の評価対象
種の多くを占めるコウモリ類(46 種)において情報の蓄積が進んだ結果、ランクの下がっ
た種が13 種と多かったことによります。また、イリオモテヤマネコについては減少傾向
が見られることからランクが上がったほか、主に浅海域に依存するジュゴンを新たに評価
対象種に加え、絶滅危惧種としました。一方、ヤクシマザル(ニホンザルの亜種:屋久島
に生息)と地域個体群として掲載していたホンドザル(ニホンザルの亜種:本州、四国、
九州(屋久島を除く。)に生息)の下北個体群については、個体数が増加していることか
らランク外とされました。
 鳥類については、絶滅危惧種の総数は3種増加し92 種となりましたが、より詳細に見
ると、前回リストよりランクが下がった種が11 種であるのに対し、今回新たに絶滅危惧
種と判定された9種を含め、ランクが上がった種が26 種あり、多くの種がより上位のラ
ンクへ移行しました。ランクの上がった種の多くが、草原、低木林や島嶼部を生息地とす
るものであり、これらの地域の生息環境の悪化や島嶼部における外来種の影響が考えられ
ます。例えば猛禽類では、里山を中心に生息するサシバが新たに絶滅危惧種となった一方、
オオタカは絶滅危惧種から準絶滅危惧種となりました。

 爬虫類では、絶滅危惧種の総数が13 種増えて31 種となりましたが、そのうち30 種は
南西諸島に生息するものとなっており、南西諸島の爬虫類の多くが危機的状況にあるとい
えます。多くの種で、生息環境の悪化や外来種による影響が示唆されましたが、一部の種
では、ペット用の捕獲による影響も考えられます。

 両生類では、絶滅危惧種の総数は7種増えて21 種となり、今回ランクの上がった種の
多くは小規模な開発又は外来種による影響が、一部の種ではペット用の捕獲による影響が
考えられます。特に国内に生息する19 種のサンショウウオ類のうち11 種が絶滅危惧種と
なっており、生息環境の悪化の影響がその原因と考えられます。

 汽水・淡水魚類では、絶滅危惧種の総数は前回から68 種増えて144 種となりましたが、
その理由は南西諸島産の種を評価対象に多く加えたことに加え、田園地帯に生息するタナ
ゴ類などのランクが上がったことによります。他にも琵琶湖のニゴロブナ、ゲンゴロウブ
ナも新たに掲載されており、これらの種の生息環境の悪化やオオクチバスなどの外来種に
よる影響が原因と考えられます。また、ムサシトミヨやヒナモロコのように、生息域が非
常に限られた種については、引き続き絶滅危惧種とされました。
 昆虫類では、絶滅危惧種の総数は68 種増えて239 種となりました。特に小笠原や南西
諸島などの島嶼部に生息する昆虫類について外来種の影響により深刻な状況にあるほか、
ゲンゴロウ類についても多くの種のランクが上がるなど生息環境の悪化や捕獲による影響
が考えられます。
 貝類では、絶滅危惧種の総数は126 種増えて377 種となりましたが、その主な原因とし
ては、新たに評価対象に加えた河口部などの汽水域に生息する種の多くが絶滅危惧種とさ
れたことと、陸産貝類(カタツムリなど)の生息状況が悪化したことなどが考えられます。
 その他無脊椎動物では、絶滅危惧種の総数は23 種増えて56 種となり、その主な要因は
情報が蓄積されたことによるものですが、生息環境の悪化も要因と考えられます。例えば
干潟などに生息するシオマネキのランクが上がりました。また、西日本の干潟に生息する
カブトガニは、引き続き絶滅危惧種となりました。

 植物?(維管束植物)では、絶滅危惧種の総数は25 種増えて1,690 種となりました。
その内容としては、情報の蓄積が進んだ結果ランクの上がった種、下がった種が多くある
ほか、アサザ、サクラソウ、サギソウなど保全のための努力が払われた結果、絶滅危惧種
から準絶滅危惧種となった種もありますが、キレンゲショウマなど西日本を中心にシカの
食害によって新たに絶滅危惧種となった種もあります。

 植物?(維管束植物以外)については、絶滅危惧種の総数は134 種増えて463 種となり
ましたが、その理由は新たに評価対象種を加えたほか、特に湖沼、ため池などに生育する
藻類について絶滅危惧種となった種が多いことであり、これらの種の生育環境の悪化が考
えられます。

(中・大型哺乳類の分布の変化)
 平成12〜15 年度に行った第6回自然環境保全基礎調査哺乳類分布調査と約20 年前
(1978 年)の全国的な分布を比べたところ、ニホンジカ、ニホンカモシカ、ニホンザル、
クマ類、イノシシ、キツネ、タヌキの調査対象7種すべてについて、分布域の拡大傾向が
見られました。なかでも、ニホンジカの全国における生息区画率が24%から42%に増加
し、ニホンカモシカでは17%から29%に増加するなど、全国の10%を超える地域への分
布の拡大を見せています。分布が拡大した原因として、集落人口の減少・高齢化に伴う耕
作放棄地の増加が中・大型哺乳類に好適な環境をつくり出していることや、東北地方など
の多雪地帯における積雪量の減少などいくつかの社会的・自然的要因が重なり、分布域の
拡大と変化につながっているものと考えられます。
 また、分布の拡大が見られる一方で、北奥羽・北上山系、金華山に生息するサルや下北
半島、西中国地域、東中国地域、紀伊半島、四国山地、九州地方に生息するクマなどにつ
いては分布域が孤立しており、絶滅のおそれのある個体群としてレッドリストに掲載され
ています。

(鳥類繁殖分布の変化)
 平成14 年(2002 年)に行った第6回自然環境保全基礎調査鳥類繁殖分布調査と約20
年前(1978 年)の全国的な分布を比べたところ、調査を実施した248 種のうち、約8割
の種については繁殖分布の大きな変化は見られなかった一方で、比較的大きな繁殖分布の
拡大・縮小が見られた種もありました。
 特に大幅な拡大が見られたのは川の魚などを餌とするカワウ、アオサギです。反対に、
特に大幅な縮小が見られたのは、林縁から草原・湿地にかけて生息するウズラ、アカモズ、
チゴモズなどで、国内の湿地などで繁殖するシギ・チドリ類の一部の種についても繁殖分
布の縮小が見られました。このほか、外来種では、ソウシチョウ、ガビチョウの分布拡大
や、ベニスズメの縮小が確認されました。

 繁殖分布域の大幅な拡大・縮小の理由については、厳密には種ごとに考える必要があり、
本調査結果からだけでは判断できませんが、一般的には、その生息環境の変化が大きく影
響していると考えられます。

(鳥獣との軋轢の拡大)
 前述したように、サル、シカ、イノシシ、クマなどは、分布域の拡大が確認されていま
す。主として農山村地域において、過疎化や高齢化が進んだことによる自然への働きかけ
の減少、耕作放棄地の増加や未収穫作物の放置、狩猟者の減少や高齢化による捕獲圧の減
少などの理由により分布域やその個体数も一般的には増加傾向にあると考えられ、農林水
産業や自然生態系に大きな被害や影響を及ぼしています。例えば、野生鳥獣による農作物
被害額は、196 億円(平成18 年度)にのぼります。このため、被害防止に向けてシカや
イノシシなどの有害鳥獣駆除などによる捕獲数が増加していますが、鳥獣による被害は減
少の傾向をみせていません。また、少なくとも南アルプスや日光など15 国立公園でシカ
による希少な高山植物の食害や森林での樹皮はぎなどの自然生態系への影響が指摘されて
います。ツキノワグマによる人身事故も平成18 年度には140 件あまり発生し、約4,300
頭が捕殺されました。

 カワウについては、かつては生息数が大幅に減少しましたが、水質などの改善や利用可
能な食物資源の増加、コロニーの保護などにより、現在では急速にその分布や生息数が増
加し、アユ、オイカワなどを食害するなど漁業被害が生じるとともに、そのフンにより樹
木が枯れる被害も発生しています。

 このように、近年急速に分布域や個体数が増加し、人間生活や生態系との間で軋轢をも
たらしている鳥獣について、狩猟者の減少などに対応し、地域における保護管理の担い手
を育成しつつ、その軋轢の回避に向けて個体数管理、生息環境管理や被害防除対策などの
総合的な保護管理対策を実施していくことが必要です。

(外来種)
 近年、国外に生息・生育する動植物が、国内の生態系に直接、間接の影響を与え、農作
物や人に危害を加えるなど、課題の多い存在となっています。例えば、ハブや農作物を荒
らすネズミを駆逐する目的で明治43 年(1910 年)に沖縄本島に導入され、昭和54 年(1979
年)頃には奄美大島にも持ち込まれたジャワマングースは、生息地を拡大し、沖縄本島や
んばる地域のヤンバルクイナや奄美大島のアマミノクロウサギなどの希少な野生生物の捕
食者として大きな脅威となっており、養鶏や農作物への被害も報告されています。ペット
として導入されたものが野外に定着し、分布が拡大しているアライグマについては、農作
物への被害や在来種の捕食などが報告されています。オオクチバスなどについては、全国
的に広範囲に分布し、在来種の捕食による生態系や漁業への影響が指摘されています。農
作物の受粉に利用されるセイヨウオオマルハナバチは、在来のマルハナバチとの営巣場所
をめぐる競合や、植物の受粉に寄与せずに蜜を吸う習性による野生植物の繁殖阻害を通じ
て、生態系に影響を及ぼすおそれがあります。また、カミツキガメにかまれる被害の発生
も懸念されています。

 また、国外に生息・生育する動植物種でなくとも、例えば小笠原諸島のノヤギや沖縄本
島やんばる地域のノネコのように、もともとその地域には生息しなかった生物が持ち込ま
れることにより影響を与えることがあります。特に生物多様性の保全上重要な地域である
高山帯や島嶼では、それまでなかった生物が持ち込まれることで大きな影響を与えるおそ
れがあります。
 さらに、輸入される穀物や水産物など他の生物や貨物などに付着して意図せずに導入さ
れる生物による影響も懸念されています。平成18 年に、輸入された外国産のカエルから
確認されたカエルツボカビについては、わが国の両生類に対する影響について調査を進め
る必要があります。

(遺伝的多様性)
 同じ種の生物であっても、遺伝子のレベルでの多様性を有しています。ある生物種の集
団が遺伝的に多様であれば、例えば環境が変化した場合に生き残る確率が高くなると考え
られます。反対に、生息地の分断や個体数の減少による集団の遺伝的多様性の減少は、近
親交配による遺伝的障害の生じる確率を高めたり、集団内の形質の画一化によって集団が
病気が蔓延した場合など環境の変化に対応する能力を減少させることにつながる可能性が
あるため、生物多様性を保全するうえでの重要な課題です。
 近年、人間活動によってさまざまな面から遺伝的多様性が低下していることが指摘され
ており、個体数が著しく減少した種については、一度遺伝的な多様性が損なわれると、た
とえその後個体数が回復したとしても、遺伝的な多様性を回復することは容易ではないと
考えられています。例えば、北海道東部地域に生息するタンチョウは、乱獲や湿原の開発
により数十羽まで減少しました。現在は、給餌や生息環境の保護によって千羽程度まで個
体数が回復しているものの、遺伝的な多様性は非常に低い状況となっています。
 また、個体の人為的な移動・移入による遺伝子の攪乱も、種内の遺伝的構造を乱すこと
につながります。ゲンジボタルの発光周期は西日本と東日本で異なっており、この違いは
遺伝的な特性の違いによるものと考えられています。これは遺伝的多様性の分かりやすい
例といえますが、東京都に本来中部や西日本の遺伝的特徴を持ったものがかなり見られ、
人為的な持込による影響が示唆されています。植物の分野でもヨモギやヤマハギなど在来
種と同名ということで海外から持ち込まれる緑化植物による遺伝的攪乱のおそれが指摘さ
れています。

 現状では遺伝的多様性が十分に把握されないまま、多くの地域集団などが危機に瀕して
いるおそれがあり、今後、現状を把握していく必要があります。

3 世界とつながる日本の生物多様性
 大陸との接続・分断の歴史が、氷河期の遺存種などの特有の生物相を形成してきました。
また、渡り鳥やウミガメ、海の哺乳類の一部など野生動物はアジアを中心とする環太平洋
諸国の国々から国境を越えて日本にやってきており、わが国の生物多様性は、アジア地域
とのつながりが特に大きいといえます。

 日本で見られる代表的な冬鳥であるマガン・オオハクチョウなどの多くは夏の間シベリ
アで繁殖し、寒い冬を日本などで過ごします。また、夏に日本を訪れるツバメは、主にフ
ィリピン、インドネシア、マレーシア、ベトナム南部で越冬しており、台湾は重要な中継
地になっています。シギ・チドリ類は、日本の干潟を、渡りの途中の中継地として春と秋
に利用するなどしており、クロツラヘラサギは黄海沿岸の離島で繁殖し日本で越冬してい
ます。生物多様性を保全するうえでも、このようなつながりを考慮することが重要です。
 例えば、日本にやってくる夏鳥たちは、わが国の生息地の保全とともに、アジアの国々
の越冬地が保全されていなければ生きていけません。小形のサギであるオオヨシゴイや、
鮮やかな色彩の羽色を持つヤイロチョウは、絶滅のおそれのある種ですが、その存続を脅
かしている要因のひとつとして、わが国における生息環境の変化だけでなく、東南アジア
での越冬地の環境破壊との関係も指摘されています。
 渡り鳥以外にも、日本で孵化したアカウミガメは、北アメリカ沿岸まで回遊して大きく
成長し、また日本に戻って産卵を行っていますし、わが国の食文化にとって馴染みの深い
日本などの河川に遡上するウナギも、北太平洋のマリアナ諸島沖で孵化していることが分
かってきました。また、日本で孵化したサケがベーリング海などを回遊したり、日本で繁
殖しているザトウクジラが北アメリカ沿岸を餌場としているなど、多くの回遊魚や海棲哺
乳類が国境とは関係なく広い範囲の海を利用しています。これらの国境を越えて移動する
動物を保全するためには、わが国における取組だけでなく、各国と協力した取組が必要で
す。

第5節 生物多様性の保全の状況
1 生物多様性の保全に係る制度の概要
 生物多様性の保全に関するわが国の法体系は広い分野に渡っています。
国土の利用に関しては、「国土利用計画法」、「国土形成計画法」が定められており、
「国土利用計画法」に基づいて国土利用計画(全国計画)などが策定されています。
自然環境・景観の保全・利用という観点からは、「自然公園法」、「自然環境保全法」、
「自然再生推進法」、「景観法」などがあります。このうち、「自然再生推進法」は、過
去に損なわれた自然環境の保全、再生、創出、維持管理を図る法的枠組みとして平成14
年に、「景観法」は、良好な景観の形成を促進するための法的枠組みとして平成16 年に
制定されました。また、「自然公園法」は平成14 年に改正され、国等の責務に「生物の
多様性の確保」が追加されるとともに、風景地保護協定制度や利用調整地区制度が導入さ
れています。
 各種生態系の保全・利用に係るものでは、森林生態系については「森林・林業基本法」、
「森林法」など、農地生態系については「食料・農業・農村基本法」、「農地法」、「農
業振興地域の整備に関する法律」、「有機農業の推進に関する法律」など、河川・湖沼生
態系については「河川法」、「水質汚濁防止法」、「湖沼水質保全特別措置法」、「砂防
法」など、沿岸・海洋生態系については「海洋基本法」、「水産基本法」、「漁業法」、
「水産資源保護法」、「海岸法」、「港湾法」など、都市の生態系については「都市公園
法」、「都市緑地法」などがあります。
 野生生物の保護・管理に関しては、「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律」(鳥
獣保護法)、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(種の保存法)、
「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」(外来生物法)などがあ
ります。「鳥獣保護法」は、平成14 年の改正においてアザラシ類などの海棲哺乳類を同
法の対象に追加したほか、平成18 年の改正で入猟者承認制度や保全事業の創設がなされ
ています。また、「外来生物法」は、生態系等への被害を及ぼす特定外来生物の輸入、飼
養等を規制するとともに、防除の促進を図るため、平成16 年に制定されました。
 また、遺伝子組換え生物等の国際的な移動に関する規制を決議した「生物の多様性に関
する条約のバイオセーフティに関するカルタヘナ議定書」を受け、遺伝子組換え生物等に
よる生物多様性への影響を防止するといった観点から、「遺伝子組換え生物等の使用等の
規制による生物の多様性の確保に関する法律」(カルタヘナ法)が平成15 年に制定され、
遺伝子組換え生物等の使用等に係る措置などが規定されています。

 このほか、化学物質による生態系への影響を防止するための「化学物質の審査及び製造
等の規制に関する法律」などや、「環境影響評価法」、「環境の保全のための意欲の増進
及び環境教育の推進に関する法律」、「エコツーリズム推進法」、「観光立国推進基本法」
なども生物の多様性の保全に密接に関係しています。このように、生物多様性の保全につ
いての法制度はさまざまな分野に渡っており、これらの法制度が相互に連携し、効果的に
運用されることが重要であり、この国家戦略はその基本的な方針を示す役割を担っている
といえます。

2 生物多様性の保全に資する地域指定制度の概要
 生物多様性の保全は、野生生物の生息・生育地における生息域内での保全が基本です。
わが国では、自然環境保全に関連する各種法律などに基づき、さまざまな保護地域が設定
され、これらの保護地域を生物多様性の保全の観点も踏まえて適切に管理するとともに、
野生動物の生息域を連続して確保するなど保護地域間の連携にも考慮して、生物多様性の
保全ができるよう努めています。このような保護地域制度には、「自然環境保全法」に基
づく自然環境保全地域など、「自然公園法」に基づく自然公園、「種の保存法」に基づく
生息地等保護区、「鳥獣保護法」に基づく鳥獣保護区などがあります。特に森林について
は、「森林法」に基づく保安林、「国有林野管理経営規程」に基づく保護林などがあるほ
か、都市域については「都市緑地法」に基づく緑地保全地域などがあります。

 さらに、国際的な保護地域として、「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関
する条約」(ラムサール条約)に基づくラムサール条約湿地、「世界の文化遺産及び自然
遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)に基づく世界遺産(自然遺産)地域などがあ
り、国際的にも重要な自然環境の保全を行っています。

 これらの保護地域制度には、自然環境の保全を直接の目的としたものと、直接の目的で
はないものの行為規制などを通じて保全に貢献するものがありますが、前者に当てはまる
ものとしては、自然環境保全地域、自然公園、生息地等保護区、鳥獣保護区、国有林にお
ける保護林が挙げられます。このうち、特に、自然公園については、国立公園・国定公園・
都道府県立自然公園を合わせた面積は540 万ha と国土面積の約14.3%を占めています。
さらに自然公園のうち、開発行為が許可制となる特別地域は、国立公園においては150 万
ha、国定公園においては127 万ha、都道府県立自然公園においては71 万ha と、その合
計面積は国土面積の約8%となっています。これらから、国立公園をはじめとする自然公
園は、生物多様性の保全のうえで大きな役割を担っているといえます。また、鳥獣保護区
には、国指定鳥獣保護区と都道府県指定鳥獣保護区があり、これらを合わせた面積は368
万ha と国土面積の約9.6%を占めていますが、鳥獣の捕獲などだけでなく、開発行為が許
可制となる特別保護地区は、合計27 万ha と国土面積の約0.7%となっています。

 なお、自然環境保全地域などについては、原生自然環境保全地域・自然環境保全地域・都道府県
自然環境保全地域を合わせた面積が10 万ha と国土面積の約0.3%、また、生息地等保護
区については9か所885ha にとどまっています。また、奥地脊梁山脈を中心に分布する国
有林においては、全国のさまざまなタイプの森林を地域区分し、網羅的に保存する「森林
生態系保護地域」などの保護林について設定を進めており、面積は78 万ha と国有林全体
の約1割を占めています。

 このうち、自然環境の保全を直接の目的として国が指定する保護地域(国立公園、国定
公園、原生自然環境保全地域、自然環境保全地域、生息地等保護区、国指定鳥獣保護区)
について、各種生態系の保全状況について見ると、自然林と自然草原(植生の自然度9、
10)の極めて自然度の高い地域については、約25%が保護地域に指定されており、その多
くが国立公園です。生物多様性の保全の観点から重要な湿地を500 か所選定した重要湿地
については、その約35%が保護地域に指定されており、主に国立・国定公園として指定さ
れているほか、約7%が国指定鳥獣保護区に指定されています。沿岸・海洋域については、
藻場、サンゴ礁の4〜5割程度が国立・国定公園を主とした保護地域に指定されています
が、そのほとんどは規制の緩やかな「国立・国定公園の普通地域」です。また、干潟のう
ち保護地域に指定されているものは1割程度にとどまっています。干潟・藻場・サンゴ礁
など浅海域は生物多様性の保全のため重要な地域であることから、保全の一層の推進が課
題となっています。

 また、希少種と保護地域による保全の関係について、絶滅のおそれのある野生生物(旧
レッドリスト種)10 種以上が分布する地域の保護地域による指定状況を見ると、植物の分
布地域のうち約7%、動物の分布地域のうち約8%が保護地域に指定されているにとどま
り、希少な野生生物の生息する地域に対する保護地域の活用にも課題があるといえます。
九州・沖縄地域について保護地域による保全状況を見ると、環境省の調査における植生
の自然度8にあたる照葉樹二次林はその約39%が、自然度9、10 のうち照葉樹以外の自
然植生はその約40%が、保護地域に指定されていますが、その一方で、自然度9にあたる
照葉樹自然林については約13%と、保全状況に差があります。特に、沖縄本島北部(やん
ばる地域)や奄美大島でまとまった面積を有する照葉樹自然林はその大部分が保護地域と
なっていません。

 このような中、国としては生物多様性条約の理念を踏まえ、各種地域指定制度の指定の
推進や制度の拡充、そして国自ら国有林野での率先した取組を行っています。例えば、自
然環境を保全すべき地域において国立公園など保護地域の指定を積極的に推進したり、自
然公園法政令の改正を通じて外来種の放出を制限するなど適切な規制の実施により生物多
様性の保全に取り組むとともに、国有林では生物多様性の核となる貴重な森林生態系を保
全する保護林と緑の回廊の設定によるネットワークの形成や地域の特色に応じた森林づく
りなどに取り組んでいます。多様な主体との連携を進めつつ、引き続き国として積極的に
生物多様性の保全に取り組むことが重要です。

3 地方公共団体による取組
 都道府県が指定する保護地域としては、都道府県立自然公園、都道府県自然環境保全地
域、都道府県指定鳥獣保護区及び都道府県が独自に定めている保護地域があります。また、
国定公園は、関係都道府県の申し出により環境大臣が指定するものですが、指定後の管理
は都道府県が行っています。
 都道府県立自然公園は、309 か所約196 万ha が指定されており、国土面積の約5.2%に
相当します。また、都道府県指定鳥獣保護区は、3,831 か所約310 万ha、国土面積の約
8.3%が指定されています。
 希少な野生生物に関する都道府県における取組としては、地域として保全すべき種につ
いてレッドリスト、レッドデータブックの作成や、独自の保護条例による保全があります。
都道府県でのレッドリスト、レッドデータブックは、平成17 年までにすべての都道府県
で作成されています。また、都道府県で独自に希少な野生生物の保護条例を制定している
場合もあります。24 の都道県で制定(平成18 年3月現在)されており、地域の実情に即
した野生生物保全制度づくりが進んでいることが分かります。
 鳥獣の保護管理について、特定鳥獣保護管理計画の作成状況は、平成11 年度にこの制
度が創設されて以降、平成19 年11 月には46 都道府県で90 計画が作成されており、科学
的・計画的な鳥獣保護管理に進展が見られます。

 外来種については、平成18 年9月現在で、9都道県で外来種(移入種)のリストが作
成されており、自然環境保全条例や希少野生動植物保護条例などに含まれる形のものも含
め、14 の都道県で外来種に触れている条例が制定されています。「外来生物法」に基づく
防除の確認についても、都道府県が行う防除が計11 種類の特定外来生物を対象として、
10 都道府県で国による確認が行われるなど、外来種対策は広がりを見せ始めています。
里地里山の保全については、里山保全条例を制定し、協定などの枠組みにより住民が協
力して里山を保全する枠組みをつくるなどの動きが広がりつつあります。
 また、森林や水源の保全を目的とした、森林環境税などの制度が、約半数の県で導入さ
れています。森林環境税などの財源により森林や水源の保全のための施策が進められてお
り、流域の多くの人々の負担による流域の上流部での豊かな生物多様性の保全が図られて
います。
 現在、千葉県では、生物多様性ちば県戦略(仮称)の策定に向けて、タウンミーティン
グを開催するなどの取組が始まっています。平成18 年度には県内各地で20 回のタウンミ
ーティングが開かれたほか、平成19 年度には、さまざまな自然発生的なテーマによる県
民会議が行われており、幅広い県民参加のなか、地域に即した戦略がつくられることが期
待されます。こうした地方公共団体が地域ごとの戦略を策定する動きはまだ多くありませ
んが、地方公共団体は自然環境の保全に係る各種条例などのほか、農地や森林をはじめと
する各種の生態系に係る法制度の運用や事業を実施しており、今後、生物多様性に関する
地域での取組を推進するうえで重要な役割を果たすものと考えられます。

4 企業による取組
 自然環境・生物多様性の保全に着目した経済団体の取組として、日本経済団体連合会で
は、平成4年に自然保護基金運営協議会(平成12 年に自然保護協議会に改称)を設立し、
主としてアジア太平洋地域における自然保護プロジェクトの支援を行ってきました。また、
平成14 年には、日本経団連自然保護宣言を発表し、「自然界と共栄できる経済社会」の
実現に向けて、個々の企業が積極的に活動するとともに経済界が一体となって取り組むこ
とで自然保護への大きな貢献ができるとの確信のもと、経済界が自然保護に取り組む意義
と使命があるとの認識を宣言しています。

 個別企業による取組でも、481 社の環境報告書(平成17 年度版)のうち、自然環境・
生物多様性保全に係る取組の記載が8割近い365 社にありました。その取組は、清掃・美
化活動が突出して多くなっていますが、そのほかでは、緑化・ビオトープ、国内での里山・
森林の整備及び保全・再生、環境意識の喚起、他主体の活動に寄付・協賛などに関する活
動が比較的多くなっています。平成19 年6月に改訂された環境報告ガイドライン(2007
年版)には、環境報告に記載すべき情報として、「生物多様性の保全と生物資源の持続可
能な利用の状況」が追加されました。その中では、原材料調達における生態系や野生生物
への主要な影響とその評価などを記載すべき情報の例として挙げ、生物多様性に影響を与
える方法で生産された原料の利用など生物多様性に影響を与えている主要な原因を取り除
くことについて、原材料調達から製造段階、さらには流通や販売までの一連の流れ(サプ
ライチェーン)を含めたより広い範囲で配慮すべきことを指摘しています。そのほかにも
さまざまな情報・指標について記載することが求められており、今後こうした報告が行わ
れる中で活動が増加していくことが期待されます。
 また、広大な森林や都市部の土地などを所有している企業も少なくありません。企業活
動に直接利用されてこなかった結果、生物多様性の保全上良好な状態が維持されている土
地などについては、野生生物の保全活動や自然教育活動の場としての活用が考えられます
し、都市部の低未利用地については地域在来の植物を用いた緑化などを進めることで都市
の中の身近な生きものの生息・生育地としての活用が考えられるなど、企業の社会的貢献
の一環としての取組が期待されます。
 生物多様性条約でも生物多様性の保全のため企業の取組が進むことが期待されており、
平成18 年3月にブラジルのクリチバで開催された生物多様性条約第8回締約国会議
(COP8)では、「民間部門に条約への参画を促す決議」が採択され、生物多様性の保全
における企業の役割の重要性が広く示されています。その決議では、企業に求められるこ
ととして、
?企業の経営方針や企業行動を条約の3つの目標(生物多様性の保全、その持続可能な利用、遺伝資源から得られる利益の公正かつ衡平な配分)に適合させること、
?2010 年目標達成に貢献するような自主的な取組について条約の締約国会議に報告すること、
?締約国会議や科学上及び技術上の助言に関する補助機関会合(SBSTTA)、専門家会合などへの参加を奨励しています。

5 NGOなどによる取組
 NGO など市民団体も生物多様性の保全に向けた幅広い活動をしています。生物多様性
上重要な地域で保全活動を行っているNGO や市民参加型のモニタリングを行っている
NGO、子どもたちを対象に自然環境教育を行っているNGO などさまざまな活動が見られ
ます。また、海外の持続可能な方法で生産されている農産品を輸入販売する取組、持続可
能な森林経営や林産物を認証する制度の運用、化学肥料や農薬を使用しないことを基本と
する有機農業の取組、ガイド付きで生物多様性の豊かさを体感するエコツアーの実施など
の活動もあります。こうした活動は、行政では十分にできないものを市民のニーズをとら
えて地域に密着して行っているものが多く、地域の特性に応じた生物多様性の保全を進め
るうえで重要です。こうした活動を伸ばし、情報の交換により連携をすることで、面とし
ての活動に広げていくことができると考えられます。

 また、地域で活動するNGO が企業と連携して谷筋の田んぼの保全や森づくりを行った
り、国際的なNGO が海外に進出している企業の協力を得て海外の森林や浅海域を現地の
NGO とともに保全するプロジェクトを行うなど地域に根づいた取組も進んでいます。社
会的貢献という点も含めて生物多様性の保全活動に企業の関心は高まりつつありますが、
企業内には専門家が少ないこともあって、NGO とパートナーシップを組むことで充実し
た活動に結びつけている例もあります。NGO 側としても企業の資金力を背景に活動の幅
を広げることができ、双方がメリットを感じることが継続的な活動につながります。生物
多様性の保全活動に関心を持つ企業と国内外で活動しているNGO との情報交換の機会を
一層増やすことで、こうした活動を広げていくことが期待されます。

第3章 生物多様性の保全及び持続可能な利用の目標
 本章では、第1章の生物多様性の重要性と理念を背景とし、第2章の現状と課題に対応
して、目指すべき目標について示します。まず、わが国において「自然共生社会」を構築
するための3つの目標を挙げ、それとの関連で世界的な目標である生物多様性条約2010
年目標とわが国の生物多様性の状況を表す総合評価の実施について記述したうえで、100
年といった長期を見据えて目指すべき目標像としての国土、地域、社会の姿を、生物多様
性から見た国土のグランドデザインとして具体的なイメージとともに示しました。

第1節 目標と評価
1 3つの目標
 豊かな生物多様性を将来にわたって継承し、その恵みを持続的に享受できる「自然共生
社会」を構築するための目標として、次の3点を掲げます。
?地域に固有の動植物や生態系を地域の特性に応じて保全するとともに、生態系ネット
ワークの形成を通じて国土レベルの生物多様性を維持・回復すること
とりわけわが国に生息・生育する種に絶滅のおそれが新たに生じないようにすると同
時に、現に絶滅の危機に瀕した種の個体数や生息・生育環境の維持・回復を図ること
?生物多様性を減少させない方法により、世代を超えて、国土や自然資源の持続可能な利用を行うこと
?生物多様性の保全と持続可能な利用を、地球規模から身近な市民生活のレベルまでの
さまざまな社会経済活動の中に組み込んでいくことこれら3つの目標は相互に関連しています。
?は生物多様性保全の全体的な目標とその中でも種の保全に着目した目標、
?は生物多様性の構成要素の利用にあたっての目標、
?は?、?を確実に実現するうえで目指すべきわが国経済社会のあり方についての目標です。

 また、
?の目標は、残された自然の保全の強化や過去に損なわれた自然の再生を通じて実現を図ることが重要です。
?の目標については、特定の希少種や原生自然の保護だけでなく、人の生活・生産活動との関わりの中で生物多様性を保全する持続可能な利用を進めることが重要です。
?の目標は、国際的な視点や国民のライフスタイルの転換といった点も含めて、わが国の社会経済的な仕組みを考えていくことが重要です。

 なお、これらは長期的な目標としての性格を持つものですが、第4章第2節基本戦略や
それに沿った第2部行動計画に記された具体的施策の実施を通じて、この国家戦略の計画
期間である5年の間にも、その達成に向けて着実に成果を上げていくことが必要です。

2 生物多様性条約2010年目標とわが国の生物多様性総合評価
 世界的には、新・生物多様性国家戦略が策定された直後の平成14 年(2002 年)4月の
生物多様性条約第6回締約国会議において「2010 年までに生物多様性の損失速度を顕著に
減少させる」という2010 年目標が採択されました。わが国も3つの目標の達成に向かっ
て着実に成果を上げることを通じて、世界目標というべきこの2010 年目標の達成に向け
て貢献することが求められています。

 そのためには、まず、わが国の生物多様性の状況を、国民の生物多様性についての認知
状況や生物多様性の保全活動への参画状況など、社会経済的な側面も踏まえて総合的に評
価します。平成19 年(2007 年)3月にドイツで行われたG8 環境大臣会合で示されたポ
ツダム・イニシアティブにおいては、生物多様性の地球規模の損失における経済的重要性
の分析をドイツを中心として行うことが挙げられています。わが国の生物多様性総合評価
は、これまでに地球規模で行われたミレニアム生態系評価(MA:2005)や地球規模生物
多様性概況第2版(GBO2:2006)に学びつつ、ポツダム・イニシアティブの地球規模で
の分析と連携をとりながら、わが国の自然条件や社会経済的な状況に応じた手法で取り組
みます。また、平成18 年に策定された第三次環境基本計画の生物多様性の保全のための
取組分野における取組推進に向けた指標として、「自然環境保全基礎調査の植生自然度」
など試行的なものも含めて9つの指標を示していますが、この総合評価を行うにあたって
は、生物多様性条約締約国会議で採択された決議の中で例示されている指標も参考にしな
がら、わが国の生物多様性の変化の状況や各種施策の効果などを把握するためのさらに分
かりやすい指標の開発を進めます。
 こうした総合評価を行う中で、生物多様性の危機の状況を具体的に地図化し、危機に対する処方箋を示すための診察記録(カルテ)として活用すると同時に、生物多様性の保全上重要な地域(ホットスポット)を選定することを通じ
て、優先的に生物多様性の保全を図るべき地域での取組を進め、生物多様性の損失速度を
顕著に減少できるよう努めます。

 わが国と世界の生物多様性とのつながりも考えると、2010 年目標やそれに続く目標の達
成など健全な地球生態系の保全・再生への積極的な貢献や世界の生物多様性の状況の悪化
を防ぐための配慮は、わが国の責務です。わが国で実施する国レベルの生物多様性の総合
的な評価について、G8 各国にも実施を呼びかけるとともにその手法についてアジア地域
を技術的に支援します。なお、この総合評価を行う際には、その過程を通じて2010 年以
降の世界目標のあり方について併せて検討し、2010 年の生物多様性条約第10 回締約国会
議(COP10)の日本開催を視野に、その設定に向けた国際的な議論をリードします。

 なお、今後もこうした総合評価を継続的に行うには、その基礎としての生物多様性に関
する科学的データを充実させていく必要があります。わが国においては、自然環境保全基
礎調査などの長年の調査により一定のデータが集積されてきているところですが、持続可
能な生態系の保全と利用が政策目標として取り上げられた第3期科学技術基本計画(平成
18 年3月)とも連携を図りつつ、各省や自然史系博物館とのデータの共有などの連携強化
や速報性の向上を図るとともに、これまで比較的データが少なかった中・大型哺乳類の生
息数や生息密度の把握、里地里山や沿岸・海洋域に関するデータの集積に努める必要があ
ります。

第2節 生物多様性から見た国土のグランドデザイン
1 生物多様性から見た国土のとらえ方
 わが国の生物多様性は、地形・地質や気候などの自然的基盤と、その上に積み重ねられ
てきた人々の長い年月にわたる暮らしの営みによって形づくられてきたものです。わが国
の国土は、陸域と海域に大別されますが、生物多様性の観点、つまり生物相と人間の活動
の関係から、以下の7つの地域に区分することが考えられます。
?奥山自然地域……相対的に自然性の高い地域
?里地里山・田園地域……?と?の間に位置する自然の質や人為干渉が中間的な地域(人工林が優占する地域を含む。)
?都市地域……人間活動が優先する地域
?河川・湿原地域……各地域を結びつける生態系ネットワークの軸となる水系
?沿岸域……海岸線を挟む陸域及び海域
?海洋域……沿岸域を取り巻く広大な海域
?島嶼地域……沿岸域・海洋域にある島々

2 基本的な姿勢
 現在豊かな森林の生態系が見られる明治神宮の森も、100 年先を考えて新たに人の手で
つくられてから100 年近い年月を経て今のように豊かな森になりました。生物多様性の保
全と持続可能な利用が両立する「自然共生社会」の実現のためには、自然生態系が回復し
ていくのに要する時間を踏まえ、少なくとも100 年という歳月で考えることが重要です。

このため、生物多様性の保全と持続可能な利用に携わる多様な主体が長期的視点に立って
取組を進められるよう、生物多様性から見た国土のグランドデザインを、100 年先を見通
した共通のビジョンとして示すことが必要です。

まず、生物多様性から見た国土のグランドデザインを100 年先を見通して考えるうえで
の基本的な姿勢を、「100 年計画」として以下に掲げます。
?一方的な自然資源の収奪、自然の破壊といった自然に対する関わり方を大きく転換
し、人間の側から自然に対して貢献をしていくことにより、人口が増加を続けた過去
100 年の間に破壊してきた国土の生態系を、人口が減少に向かう次なる100 年をかけ
て回復する。

?総人口の減少により国土の利用に余裕を見出せる中で、地域資源を最大限に活用し、
地域固有の自然や文化に根ざした個性的で魅力的な地域づくりを目指す。

?とりわけ一次産業従事者の減少・高齢化により現在の国土管理の水準を維持できない
地域が生じることや、集約型の都市構造への転換、社会資本の維持や更新のための投
資が増大することなどを通じて国土利用の再編が進む中で、国土管理に必要な投資の
重点化・効率化に加えて、自然との共生を重視したエコロジカルな国土管理を進める。

?国土全体にわたって自然の質を着実に向上させることを目指す。その際、さまざまな
取組の効果が発現するには長期間を要することから、順応的な態度が欠かせず、鳥獣
による農林業被害の問題などについては、人と自然のより良いバランスを、社会的な
合意を得つつ段階的に取り戻していく姿勢が欠かせない。

?100 年の間に、自然環境や社会経済の状況の変化に応じて、取組の内容や方法を柔軟
に見直すという順応的な態度には、科学的データの集積という裏付けが必要であり、
人々の意識や行動様式の変化も重要な要素となる。100 年というスケールでは、地方
で取組が進む森林環境税などが全国的に浸透し生物多様性の視点についても社会経
済的な仕組みの中に組み込まれているなど、現在普及していない生物多様性保全の行
動様式や制度的枠組みも実現している可能性を考慮する。
 なお、100 年先を考えるうえで、将来人口については、中位推計(国立社会保障・人口
問題研究所参考推計)により、現在の40%弱となる5千万人以下、65 歳以上が現在の2
倍弱の割合となる人口の40%と想定、気温については、各種温暖化防止対策の進展を見込
んで、IPCC 第4次評価報告書に示されている、環境の保全と経済の発展が地球規模で両
立している社会であって、最良の予測値である1.8℃上昇した場合を想定しています。

 このグランドデザインの実現に向けた「100 年計画」の第一歩として、当面する5年間
程度に取り組むべき国の施策の大きな方向性を第4章第2節「基本戦略」に掲げ、その「基
本戦略」に沿った具体的施策を第2部「行動計画」に掲げています。

 なお、グランドデザインは基本的に100 年の間大幅に変更する性格のものではありませ
んが、5年程度を目途に行う国家戦略の見直しの機会に、その時点の状況に応じて基本戦
略に掲げる取組方向との関係を確認するほか、10 年程度経過した見直しの機会には、自然
環境や社会経済の状況の変化に応じた見直しの必要性についても検討を行います。

3 国土の特性に応じたグランドデザイン
 生物多様性から見た国土のグランドデザインの全体的な姿として、次の5つを挙げます。
?十分な規模の保護地域を核としながら、それぞれの生物の生態特性に応じて、生息・
生育空間のつながりや適切な配置が確保された生態系ネットワークが国土全体を通
じてしっかりと形成されている。「奥山自然地域」、「里地里山・田園地域」、「都
市地域」、「沿岸域」を連続した空間として結びつけている「河川・湿原地域」のほ
か、海岸部、特に都市部の道路沿いの緑地などは、国土における生態系ネットワーク
の縦軸・横軸と位置付ける。

?温暖化の影響を受けて脆弱な生態系である島嶼
・高山帯などに生息・生育する一部の
種では絶滅のリスクが高まるが、国内全体にわたるモニタリング体制が構築される中
で、動植物の効果的な保護がなされることによりレッドリストの中でランクが下がる
種がランクが上がる種を上回るなど国土全体では種の絶滅リスクが低下する。人口減
少や国内資源の有効活用などを背景に、海外の自然資源への依存度が低下すること
や、意図しない外来種の導入に対する水際でのチェック体制の充実、さらには各地で
の防除の取組が進展することにより外来種による新たなリスクの拡大はなくなって
いる。

?農林水産業や企業による原材料調達などの活動は生物多様性への影響にも配慮した持
続可能な方法で行われ、地域に固有の希少種の保護など生物多様性の保全の取組と両
立する形で国内の自然資源の有効活用が進んでいる。

?渡り鳥が飛来する湿地の保全・再生やサンゴ礁保護区のネットワーク化など、アジア
太平洋地域を中心に国境を越えた生態系ネットワークの形成が進む。ペットの輸入を
含め海外の自然資源への依存度の低下や国際協調による水産資源の持続可能な利用
の進展などにより、わが国が地球規模の生物多様性に与える負の影響は低下してい
る。

?生物多様性の保全と持続可能な利用がさまざまな社会の仕組みに組み込まれ、資源産
出国への国際協力、基金による助成などの経済的措置や企業による社会貢献活動など
が定着している。生きものや自然に関する教育が充実しており、市民は、自らの意志
で、生物多様性の保全・再生活動への参加や活動支援のための寄付、生物多様性に配
慮した農林水産物の選択的な購入などにより、生物多様性がもたらす豊かさを享受
し、また、そうした行動を通じて自然と共生した社会における新しいライフスタイル
を確立する。
 この全体的な姿とともに、国土の特性に応じた7つの地域ごとのグランドデザインとし
て、100 年先を見通した目標像を示します。

(1)奥山自然地域
<現状>
 奥山自然地域は脊梁山脈などの山地で、全体として自然に対する人間の働きかけが小さ
く、相対的に自然性の高い地域です。国土の生物多様性の中では、いわば屋台骨としての
役割を果たす地域であり、原生的な自然、クマ、カモシカなどの大型哺乳類やイヌワシ、
クマタカなど行動圏の広い猛禽類の中核的な生息域、水源地などが含まれます。現在、国
土面積の2割弱を占める、自然林と自然草原を合わせた自然植生の多くがこの奥山自然地
域に分布しています。本州中部や北海道などにおいては山稜部に広く分布する一方、中国
地方のように現在では自然植生が標高の高い山岳部などごく一部にしか残されていない地
域では、自然の遷移にゆだねられた二次林など相対的に自然性の高い地域がこの奥山自然
地域にあたります。

 この地域は、気候条件に応じて成立する代表的、典型的な自然植生がまとまって残され
ている地域であり、各地域の代表的な動植物が将来にわたって存続していくための核とな
る地域(コアエリア)として重要です。
 急峻なところでは、地形改変により一度植生が失われると回復が難しいことが多く、特
に高山・特殊岩地の生態系は厳しい環境条件のため、小規模な人間活動に対しても脆弱で
す。

<目指す方向>
・地方ごとにまとまりのある十分な広がりを持った奥山自然地域を保全する。
・自然優先の管理を基本とし、登山などの人間活動による生態系への影響を必要最小限とする。

<望ましい地域のイメージ>
 国土の生態系ネットワークにおける中核的地域であり、各地域の代表的な動植物を存続
させていくためのエリアとして自然優先の管理を基本とする地域となっている。
 自然林に隣接した二次林を、自然の遷移にある程度ゆだねて自然林へ移行させるなど、
自然の質の向上のための取組によって、まとまりのある奥山自然地域が確保されている。
西日本においても、それまで生息域が孤立していたクマが人里離れた森の中で木の実を食
べるなど、二次林のうちある程度自然の遷移にゆだねられた森林がまとまって広がってい
る。これらにより人為の影響が少なく、大型哺乳類の主な生息域にもなっている奥山自然
地域が地方ごとにまとまりを持って保全されている。
 周囲に低地があることで隔てられた形となっている高山においては、固有種や遺存種が
地球温暖化の影響を受けて種の構成や分布範囲を変化させているが、外来種が排除される
など温暖化以外の人為的な影響を受けないよう保全されモニタリングが続けられている。
山岳部を楽しむ登山者は、脆弱な地域やオーバーユースとなっている地域に立ち入ると
きに、入山の認定を受けて奥山の自然へのインパクトがより小さくなるように配慮すると
ともに、ルールに従って楽しんでいる。
 それまでのオーバーユースに伴う踏みつけによって痛んだ山岳部の植生はボランティア
の協力もあって修復され、ササが密生して森林の天然更新が困難になった地域や人為的な
改変跡地では、人が補助的に手を加えて自然を再生するなどの取組により豊かな森林が見
られるようになっている。

(2)里地里山・田園地域
<現状>
 里地里山・田園地域は、奥山自然地域と都市地域の中間に位置し、自然の質や人為干渉
の程度においても中間的な地域です。この里地里山・田園地域は、里地里山のほかに、人
工林が優占する地域や水田などが広がる田園地域を含む広大な地域で、全体として国土の
8割近くを占めます。
 里地里山は、長い歴史の中でさまざまな人間の働きかけを通じて特有の自然環境が形成
されてきた地域で、集落を取り巻く二次林と人工林、農地、ため池、草原などで構成され
る地域概念です。現在は里地里山の中核をなす二次林だけで国土の約2割、周辺農地など
を含めると国土の4割程度と広い範囲を占めています。今後人口減少や高齢化が進むこと
により、人との関わりが全体として減少していくと考えられる地域です。

 二次林や水田、水路、ため池などが混在する自然環境は、絶滅危惧種を含む多様な生物
の生息・生育空間となっており、都市近郊では都市住民の身近な自然とのふれあいの場と
しての価値が高まってきています。同時に人間の生活・生産活動の場でもあり、多様な価
値や権利関係が錯綜するなど多くの性格を併せ持つ地域です。

 この地域では、水田耕作に伴う水管理の方法、二次林や二次草原の管理方法など地域ご
とに異なる伝統的な管理方法に適応して、多様な生物相とそれに基づく豊かな文化が形成
されてきました。奥山自然地域とともに、わが国の多様な生物相を支える重要な役割を果
たしてきた地域といえます。

 昭和30 年代以降、生活や農業の近代化に伴い、二次林は手入れや利用がなされず放置
されるところが増え、二次草原は大幅に減少するとともに、昭和50 年代頃からは、耕作
放棄地も増加しています。こうした変化に伴い、シカやイノシシ、サルなどの中・大型哺
乳類の生息分布の拡大や生息数の増加が見られ、人の生活環境や農林業などへの被害が拡
大している状況です。また、サシバ、メダカ、ギフチョウ、カタクリなどこの地域特有の
多様な生物については、生息・生育環境の質が低下しつつあり、環境省の調査によると絶
滅危惧種が集中して生息・生育する地域の5割以上が里地里山に分布しています。

<目指す方向>
・生物多様性をより重視した、持続可能な農林業の活性化を通じて、人と自然のより良い調和を実現する。
・緩衝帯の整備などにより、人と野生鳥獣との棲み分けを進める。
・エコツアーやバイオマスを含め地域の自然資源を積極的に有効活用する。
・農山村の活性化に加えて、都市住民なども含めて地域全体で支える仕組みづくりを進める。

<望ましい地域のイメージ>
 農地を中心とした地域では、自然界の循環機能を活かし、生物多様性の保全をより重視
した生産手法で農業が行われ、田んぼをはじめとする農地にさまざまな生きものが生き生
きと暮らしている。農業の生産基盤を整備する際には、ため池やあぜが豊かな生物多様性
が保たれるように管理され、田んぼと河川との生態的なつながりが確保されるなど、昔か
ら農の営みとともに維持されてきた動植物が身近に生息・生育している。そのまわりでは、
子どもたちが虫取りや花摘みをして遊び、健全な農地の生態系を活かして農家の人たちと
地域の学校の生徒たちが一緒に生きものの調査を行い、地域の中の豊かな人のつながりが
生まれている。耕作が放棄されていた農地は、一部が湿地やビオトープとなるとともに、
多様な生きものをはぐくむ有機農業をはじめとする環境保全型農業が広がることによって
国内の農業が活性化しており、農地として維持されている。また、生物多様性の保全の取
組を進めた全国の先進的な地域では、コウノトリやトキが餌をついばみ、大空を優雅に飛
ぶなど人々の生活圏の中が生きものにあふれている。

 二次林は、かつてのような利用形態により維持管理される範囲が限られている一方で、
積極的に維持管理を図ることとされた地域では、明るく入りやすい森林として管理される
ことで子どもたちの冒険の場となり、在来種であるオオムラサキやカブトムシがごく普通
に見られ、春の芽吹きと美しい紅葉が見られるなど季節の変化に富んだ風景をつくり出し
ている。大きく広がっていた竹林は、一部は自然林や二次林として再生されるとともに、
管理された竹林で家族がタケノコを掘る姿が見られる。また、里山の管理でうまれる木材
はシイタケなどの山の恵みを生産するホダ木やペレットなどのバイオマス資源として地域
内で利用されている。
 人工林は、間伐の遅れも解消し、立地特性に応じて、広葉樹林化、長伐期化などにより、
生物多様性の保全の機能が高まるとともに、地域のニーズに応えられるように管理されて
いる。成熟した国内の人工林から生産される材は間伐材や端材も含め、周辺地域で有効利
用が進んでいる。

 このような形で維持管理が行われている二次林・人工林・農地などが一体となった里地
里山では、多様な土地利用・資源利用を通じて、さまざまなタイプの生態系が混在する状
態が復活している。かつて広く分布した二次草原は、草資源のバイオマス利用なども通じ
て、全国各地で維持管理が継続され、多くの野草が咲き、チョウ類が飛び交うなど希少と
なってしまっていた動植物種が増え、普通に見られるようになっている。それとともに、
風景が美しく保たれ、それに惹かれて移り住んできた都市住民や外国からの観光客などが
増え、エコツーリズムの浸透もあって生き生きとした地域づくりが実現している。

 また、そうした中で里地里山の価値が広く国民に認識され、公的又は民間の資金やボランティア
により維持管理の一部が支えられるようになっている。そして、自然資源の利活用を通じ
た豊かな生物多様性との共生の中で、地域ごとにつちかわれてきた生物多様性を利用する
伝統的な知識、技術が子どもたちへと引き継がれ、地域の文化と結びついた固有の風土が
尊重されている。

 また、広葉樹林化などによる多様な森林づくりが進み、生息環境が改善されることに加
えて、農地や人里との境界部分では、見通しの良い緩衝帯の設置、人里に放置された農作
物や果樹など特に冬場に鳥獣の餌となるものの除去、地域全体での追い払いなどの防除対
策のほか、適切な狩猟も通じた個体数調整などにより、クマ、シカ、イノシシ、サルなど
の中・大型哺乳類は人里に出没しにくくなっている。

(3)都市地域
<現状>
 都市地域は人間活動が優先する地域であり、高密度な土地利用、高い環境負荷の集中に
よって、多様な生物が生息・生育できる自然空間は極めて少なくなっています。市街地の
拡大に伴い、ヒバリやホタル類など多くの身近な生物の分布域が、郊外に後退していきました。

 その結果、斜面林、社寺林、屋敷林など都市内に島状に残存する緑地に孤立して細々
と生きる生物、カラス類やムクドリなど人為的な環境にも適応することのできた一部の生
物など、都市地域で見られる生物は非常に限られています。歴史的に都市環境の要素とし
て組み込まれたお堀や河川、水路に生息する魚類などは少なく、ペットのミドリガメが放
され、在来種でない緑化植物が大量に利用されているなど外来種がはびこる状況も見られ
ます。居住地周辺において身近な自然とのふれあいを求めるニーズは急速に高まりつつあ
り、一方で、生活圏に緑地が少なく、生物多様性に乏しいことを背景に、自然との付き合
い方を知らない子どもたちやそれを教えることのできない大人たちも増えています。

<目指す方向>
・豊かな自然に包まれ、水と緑にあふれる都市づくりを進める。
・日常的な暮らしの中で身近な自然とのふれあいを確保する。
・地球規模の視点に立った持続可能な消費行動を定着させる。

<望ましい地域のイメージ>
 人口も含めてコンパクトになった市街地には、高エネルギー効率、長寿命の建物が建ち
並び、発達した公共交通が立派に育った厚みのある街路樹の並木の中を移動している。ま
た、都市の中や臨海部には、低未利用地を活用して、明治神宮のような森と呼べる大規模
な緑地が造成されることで各都市の中にも巨木がそびえ、その上を猛禽類が悠々と空を舞
うとともに、都市住民や子どもたちが身近に生きものとふれあうことのできる小さな空間
が市街地内のあちこちに湧水なども活用して生まれている。これらの街路樹や緑地は地球
温暖化対策やヒートアイランド現象の緩和、都市における良好な景観の形成などにも貢献
している。

 丘陵地や段丘崖沿いの緑地、河川、湧水地、海岸などを軸とし、都市内で樹林地や水辺
地が保全、再生、創出され、風の道が確保されるとともに、水循環の健全性の確保や健全
な生態系をネットワークにすることで生物多様性の回復が図られている。土地利用に余裕
が見いだせるようになった郊外部では、森林や湿地などの自然の再生により、豊かな生態
系が回復している。また、その生物多様性の状態は市民が主体となってモニタリングが行
われている。

 地形の変化に富み、樹林を有する緑地が増え、学校や幼稚園・保育園には生きものがた
くさん生息するビオトープがあり、都市に居住しながらも幼い子どもたちが土の上で遊び
や冒険をしながら育っていく。また、こうした森や緑地の管理は地域の大人が積極的に協
力して行うことで、子どもも含めた地域のコミュニティのつながりが強くなっている。
都市の郊外部の谷にある小規模な水田などで、保全活動が活発に行われ、共同で管理さ
れる農地で人々がいきいきと農作業などに携わるとともに、その作業のまわりで子どもた
ちが魚取りや水遊びに歓声をあげている。

 都市住民が消費する食べものや木材について、生物多様性の保全や持続可能な利用に配
慮して生産したものや近郊で採れたものを選ぶ人が増え、そうした商品に付加価値が付く
ことが当然となるとともに、大きな公園で開催されるフェスティバルなどで広く商品が紹
介され、都市の消費者と近郊の農業者などを結びつけている。こうした水と緑が豊かな都
市は、景観にすぐれ観光の拠点ともなることで活気にあふれている。

(4)河川・湿原地域
<現状>
 水は、地球上の多くの生命にとって欠かせないものです。そして、河川をはじめとし、
湖沼、湿原、湧水地などの水系は生物多様性の重要な基盤です。水系は森林、農地、都市、
沿岸域などをつなぐことで国土の生態系ネットワークの重要な軸となります。そのつなが
りを通じて流域から生み出される土砂や栄養分、さらには土地利用による汚濁物質を下流
へと運ぶとともに、海からサケやウナギなどが遡上します。

 水系は、魚類などの水生生物や水鳥をはじめ多様な生物の生息・生育地として重要です。
特に湿原は、生物多様性が豊かな地域であり、また人為の影響を受けやすい脆弱な生態系
でもあります。
 これまで河川沿いの氾濫原の湿地帯や河畔林は、農地、宅地などとして営々と開発、利
用され、また、河川の改修や流域の土地利用の変化による流量の減少、水循環の経路の変
更や分断、砂礫の供給の減少、攪乱の減退や水質汚濁などに伴い、河川生態系は大きな影
響を受けてきました。日本に生育する水草のおよそ3分の1の種が絶滅危惧種に選定され
るなど、水辺環境には多くの絶滅危惧種が存在します。その一方で、水質などの河川環境
が改善する中でアユの遡上が回復した事例が見られるなどの動きもあります。

<目指す方向>
・多様な河川空間の保全・再生、豊かな水量の確保と河川本来の変動性の回復、河川の上下流や流域をつなぐことなどで、多様な生物の生息・生育環境を保全・再生する。
・流域内、国内・国際的な生物のネットワークを実現する。
・さまざまな水生生物とふれあえるように水質を改善するとともに、地下水や湧水を含めた健全な水循環を確保する。
・豊かな生態系と地域の歴史・文化、生活が調和した日本らしい川を取り戻す。

<望ましい地域のイメージ>
 自然河岸や河川周辺の氾濫原としての湿地帯や河畔林などの保全が進み、自然を再生す
る取組もあって、河川内では、洪水による攪乱などを通じて、川が形づくられ、それに伴
い多様な河川空間が形成されている。そこには多様な河川生態系が存在し、河道には、ヤ
ナギ類の河畔林やカワラノギクなどの河原に特有の植物が生育している。その流れの中に
は瀬や淵が形成され、また生物が餌をとったり、繁殖するのに適した河床が存在するなど、
河川は水生生物や魚類などの良好な生息・生育地となっている。こうした河川の変動性を
保つためのさまざまな技術が活かされている。

 河川内の淀み(ワンド)や河川周辺の湿原には、コウホネなどの浮葉植物、エビモやヤ
ナギモなどの沈水植物が繁茂し、フナやホトケドジョウなどの生息・産卵の場所となって
いる。河川と周辺の湿原や農地などの間では、生きものの移動が可能となっており、かつ
て普通に存在していたナマズやギンブナといった河川と水田の両方を行き来する生きもの
も多く見られる。また、河川の上流から河口、沿岸域の間の連続性も改善され、流域にお
ける健全な水の循環による豊富な水量と良好な水質が維持される中で、アユやハゼの遡上
が回復するなど豊かな水域の生態系が保たれている。

 流域の汚濁負荷の削減が進み、河川に流入する水質が改善することで、源流部から河口
部まで清らかな水が流れている。水質の改善された湖沼や湿原、冬期にも水が張られてい
る水田や河口部の干潟にはアジア太平洋地域からの渡り鳥が飛来し、国内外を通じて、渡
り鳥の飛来地のネットワークが確保されている。
 都市部における雨水の浸透、農地における水環境の改善などにより、かつての身近な水
路や湧水が再生され、人々の生活とともに健全な水循環が確保されている。美しい水辺と
豊かな自然環境が地域に存在することで、歴史・文化、住民の生活と調和した日本らしい
川の風景が創り出されている。このような水循環を通じてはぐくまれた在来の魚が、地域
色豊かな食材として日常の食卓にのぼっている。夏には水質が甦った川で歓声をあげて遊
ぶ子どもたちがたくましく日焼けしている。


(5)沿岸域
<現状>
 沿岸域は、複雑で変化に富んだ海岸、その前面に位置する干潟・藻場・サンゴ礁などの
浅海域を含む、産業やレクリエーションなどにも利用される人との関わりが深い地域であ
り、豊かな生物多様性を有しています。その中でも昔から豊かな海の恵みを利用しながら
生活してきている、里地里山と同様に人のくらしと強いつながりのある地域を「里海」と
呼びます。歴史的に見て、私たちの生活や文化も沿岸域に大きく依存して発展してきたと
いえます。その一方、特に沿岸の浅海域は、流域からの負荷、栄養物質や淡水の流入など
陸域の影響を強く受けており、河川の土砂運搬機能が砂浜海岸の形成に重要な役割を果た
しています。
 陸域、海域が接し、それらの相互作用のもとにある沿岸域は、干潟、藻場、サンゴ礁が
分布し、多様な生物の誕生・成長の場、豊かな水産資源の生産の場、水質の浄化、自然と
のふれあいの場などさまざまな重要な機能を有しています。海岸には砂浜、断崖、干潟な
どその形状に応じて特有の動植物が見られ、また海岸沿いの植生帯や渚の自然環境は、国
土の生態系ネットワークの重要な軸ともなります。一方、沿岸域は、人口や産業の多くが
集中したことから、これまで埋立て、水質汚濁や河川とのつながりの分断・減少の強い圧
力を受け、干潟などの面積の減少や環境の劣化が進んできた場所でもあり、海岸線の人工
化も進み、人と海が切り離されてきました。干潟に生息するカブトガニやシオマネキが絶
滅危惧種となっており、生息環境の悪化が要因と考えられています。沿岸環境が悪くなっ
たことも一因となり、沿岸漁業の生産量が減少するとともに、多様な底生生物の生息に影
響を与えています。また、大型の海藻が密生した海中林などが著しく衰退する磯焼け、サ
ンゴの白化などの生態系の変化や漂流・漂着ごみによる影響も見られます。

<目指す方向>
・陸と海が接する沿岸域本来の人と海のつながりと豊かな生物相を取り戻す。
・自然海岸や浅海域の保全・再生により、人が近づき楽しむことのできる海辺を復活する。
・上流での森づくりや水質改善などの取組を通じて、沿岸域での持続可能な漁業を活性化する。

<望ましい地域のイメージ>
 沿岸域では、生物の生息・生育地として残された重要な干潟、藻場、サンゴ礁が、地球
温暖化の影響による海水温・海水面の上昇の影響を大きく受けているが、データの集積や
健全な生態系の保全の取組、水深、潮流、底質などの環境条件を十分踏まえて行われる科
学的な知見に基づいた再生の取組などにより、干潟、藻場、サンゴ礁の沿岸域生態系が台
風など自然の攪乱を受けつつ豊かに確保されている。また、全国各地の干潟では、アサリ
やシオマネキなどのカニ類をはじめとするさまざまな海生生物が多く生息し、シギ・チド
リ類が餌をついばみ、多くの人々が潮干狩りを楽しんでいる。内湾などの閉鎖性海域にお
いては、ヘドロのたい積や貧酸素水塊の発生など沿岸環境の悪化の問題が改善され、漁業
者をはじめ関係者の協力を得て適切に維持されている森林により豊かな漁場が保全されて
いる。豊かな生命をはぐくむ沿岸域は、多様で豊富な魚介類を持続的に供給するとともに、
北の海ではアザラシが、南の海ではジュゴンが泳ぐ姿が見られるなど健全な生態系を保っ
ている。また、砂浜から干潟や藻場を通じて海底につながる生態系の連続性が確保される
ことにより、西日本ではカブトガニの生息が確保されている。

 海岸は、地球温暖化による海水面上昇の影響を受けているものの、自然海岸が保全され
るとともに、山からの連続性が確保された河川からの土砂の供給を受けて、砂浜が維持さ
れ、ウミガメの上陸やコアジサシの繁殖が見られるとともに、海浜植物が豊かに生育して
いる。そして、アジアをはじめとする各国の協力によりごみのないきれいな海岸で、人々が海水浴に興じている。

(6)海洋域
<現状>
 沖合いから外洋へと広がる国土の約12 倍の広さの排他的経済水域などを持つ海洋域も、
わが国の生物多様性を支える骨格的な構造です。深海に至るまでさまざまな生態系がある
一方で、生物相などの科学的データは、漁獲対象種については過去のデータから整備され
ているものの、十分ではない状況にあります。
 海洋は地球の表面のほぼ7割を占め、水循環の巨大なストックであると同時に、その膨
大な熱エネルギーにより、地球の気候の形成に大きく関わっています。また炭素循環を通
じて、二酸化炭素の大きな吸収源(シンク)として機能し、大気の安定化を担っています。
 日本は周囲を海に囲まれた島国であり、陸上の気候、ひいては陸上の動植物の分布や生態
系も海に強く影響されています。
 日本近海は、北は親潮、南は黒潮と、寒冷及び温暖な水塊が遠隔地の生物とともに運ば
れてくることや、歴史的に隔離されたことのある日本海や、1万メートルの深さに達する
日本海溝など変化に富んだ海洋構造であることが、わが国の海洋の生物多様性を豊かなも
のとしています。しかしその一方で、海洋域においては各国から排出されるごみや有害な
化学物質、船舶から流出する油などが生態系に影響を与えています。

<目指す方向>
・長距離の移動・回遊をする動物の保全を、国際的な協調の動きを踏まえつつ推進する。
・水産資源はじめ海洋全般のデータを整備し、生態系をベースとする資源管理を踏まえた持続可能な漁業を進める。
・国際的な連携により、海洋汚染の防止・除去の取組を強化する。

<望ましい地域のイメージ>
 海棲哺乳類、海鳥類、ウミガメ類、魚類などその生活史において長距離の移動・回遊を
する生物について、太平洋諸国をはじめとする関係国と協力した保全活動が行われ、生息
環境が改善されるとともに、混獲を回避する技術の向上により多くの場所で見ることがで
きるようになり、漁業とホエールウオッチングなどのエコツアーの共存による地域の活性
化が図られている。そして、こうした生物が豊かに生息する海洋域では、国際的な協調の
動きも踏まえつつ、生物多様性を保全する取組とともに、水産資源などの現存量が科学的・
客観的に把握され、漁獲量をはじめとするルールにのっとった持続可能な漁業が盛んに行
われている。

 生態系に影響を与える漂流・漂着ごみや有害な化学物質・油の流出による海洋汚染の防
止・除去については、国際的な連携による取組が進んでいる。

(7)島嶼地域
<現状>
 わが国は、北海道、本州、四国、九州という主要4島のほかに、3,000 以上もの大小さ
まざまな島嶼を有し、小笠原諸島や南西諸島をはじめとして海によって隔離された長い歴
史の中で、独特の生物相が見られる島々が存在します。こうした島嶼では小さな面積の中
に微妙なバランスで成り立つ独特の生態系が形成されており、生息・生育地の破壊や外来
種の侵入による影響を受けやすい脆弱な地域といえます。島嶼地域には、もともと分布が
非常に限定された地域固有の種が多く、また、人為的な影響も受けやすいことから、島嶼
地域に生息・生育する種の多くが絶滅のおそれのある種に選定されています。

<目指す方向>
・希少種の保護増殖や外来種の排除などにより独特の生態系や固有の生物相の保全を推進する。
・独自性を活かした豊かな地域づくりを進める。

<望ましい地域のイメージ>
 島嶼においては、対馬のツシマヤマネコ、西表島のイリオモテヤマネコ、奄美のアマミ
ノクロウサギ、沖縄のヤンバルクイナ、小笠原のムニンノボタンなど固有の動植物が安定
して生息・生育し、それらの独特の生態系や固有の生物相が十分に調査され、かけがえの
ない地域の資産として、島によっては世界の資産として広く認識されている。また、水際
では、島外からの外来種の侵入がないようチェックされているほか、固有の種の夜間調査
に観光客が小グループに分かれて参加するなど、特徴ある自然や文化を活かし、環境に細
心の注意を払ったエコツアーが盛んに行われ、独自の自然と島の文化を紡ぐ豊かな地域づ
くりが進んでいる。
 ウミガメ類、アホウドリやウミガラスなどの海鳥類、アザラシ類などの海棲哺乳類の産
卵地・繁殖地・生息地は、生物多様性を保全するうえで重要な地域として、人による過度
の干渉がなく保存されている。

第4章 生物多様性の保全及び持続可能な利用の基本方針
 本章では、第2章生物多様性の現状と課題を踏まえて、第3章で掲げた3つの目標と100
年を見据えたグランドデザインの実現に向けて展開していくべき施策の基本方針を示しま
す。まず、施策展開にあたっての基本的視点を挙げ、それを踏まえて今後5年程度の間に
重点的に取り組むべき施策の大きな方向性を基本戦略として示します。

第1節 基本的視点
 生物多様性の保全及び持続可能な利用を目的とした施策を展開するうえで不可欠な共通
の基本的視点として、
?科学的認識と予防的順応的態度、
?地域重視と広域的な認識、
?連携と協働、
?社会経済的な仕組みの考慮、
?統合的な考え方と長期的な観点
の5つを挙げます。

1 科学的認識と予防的順応的態度
 生物多様性の保全と持続可能な利用は、地域における自然との共生の智恵を参考としつ
つ、科学的データに基づいて行われるようにすることが必要です。それにより、多くの人
に取組の重要性や効果を示すことができると考えられます。例えば、地域において長期間
にわたり自然環境の状況をモニタリングしたデータや標本などを尊重し、それらを活かし
て保全や再生、さらには持続可能な利用を推進していく必要があります。こうした生物多
様性に関する科学的データに基づく正しい理解と認識を持つことは、政策決定や取組の出
発点、基礎となります。
 人間は地球上の生物、生態系の一員ですが、他の生物に比して自然界に極めて大きな影
響を及ぼしうる技術を手にしています。その力を無秩序に使うことなく、人と自然との調
和ある共存を実現するための基本的考え方として、生物多様性条約締約国会議で合意され
たエコシステムアプローチの考え方を踏まえ、以下の点を重視することが必要です。

?人間は、生物、生態系のすべてを分かることはできないことを認識し、常に謙虚に、そして慎重に行動することを基本としなければなりません。そのうえで、科学的証拠が完全ではないからといって対策を延期せず、科学的知見の充実に努めつつ早めに対策を講じるという、予防的な態度が必要です。

?人間がその構成要素となっている生態系は複雑で絶えず変化し続けているものであることを認識し、その構造と機能を維持できる範囲内で自然資源の管理と利用を順応的に行うことが原則です。このため、生態系の変化に関する的確なモニタリングと、その結果に応じた管理や利用方法の柔軟な見直しが大切です。

?科学的な知見に基づき、関係者すべてが広く自然的、社会的情報を共有し、社会的な選択として自然資源の管理と利用の方向性が決められる必要があります。

2 地域重視と広域的な認識
 生物多様性の保全は、国家戦略を策定・実施するだけで実現できるものではなく、固有
の自然を対象とした地域における活動によって支えられるものであり、地域重視の視点が
重要です。地域における適切で継続した営みによって、生物多様性豊かな地域づくりにつ
ながり、それが地域の子どもから高齢者までの人のつながりにも結びつきます。また、生
物多様性を基礎とする地域固有の美しい風景やそれに基づく豊かな文化が引き継がれるこ
とで、地域への誇りや愛着の感情を呼び起こし、人を引きつけ、地域の活力につながると
考えられます。

 また、生物多様性の保全のためのさまざまな仕組みを考えていくにあたって、実際に活
動を行っている現場の視点も欠かせません。生物多様性の保全の活動は、地域ごとの個性
に応じてさまざまであり、一律ではありません。現場で活動している人々こそが生物多様
性の保全の中心を担う人々であり、地域ごとのさまざまな経験から生まれた適正な管理の
ための智恵が残されています。そうした各地での智恵を活かしつつ人づくりを進めるとと
もに、地域での自主的な活動を尊重しつつ、活動地域間の「人」と「情報」のネットワー
クを構築することで活動を活性化し、拡大していく視点が重要です。

 生物多様性は、水や土砂、栄養塩の流れを通じて、流域の上流から下流、さらには海ま
で密接につながっています。地域だけの視点で活動を行うのではなく、例えば、漁場を保
全するための流域の上流における森林づくりや、広域的に移動するカワウについて広域的
な連携のもとで対策を推進するなどにより、他の地域にも良い波及効果をもたらす活動を
進めていくことができると考えられます。
 また、わが国の社会経済活動及び生物多様性は、アジア地域を中心とする世界と密接な
関係があります。このため、わが国が地域社会で自然を守ってきた経験や人の営みの中で
生物多様性をはぐくんできたことを活かし、アジア太平洋地域を中心とする国際的な生物
多様性の保全に積極的に貢献することが可能です。また、日本が海外の木材や農産物、水
産物などの生物資源に大きく依存していることからすれば、これらの資源を産する地域に
おいて違法伐採対策など資源の持続可能な利用の実現に協力し、併せて国内資源の一層の
活用を図るなど、地球規模のつながりを認識し広域的な視点を持って国内外の取組を進め
ることが重要です。

3 連携と協働
 国家戦略の策定以来、関係省庁が一体となって、総合的な取組が進みつつあります。自
然再生事業、森林の整備・保全、里地里山の保全・利用、沿岸・海洋域の保全・管理、環
境教育・環境学習、エコツーリズムなど自然とのふれあい、遺伝資源の適切な保存、自然
環境データ整備などの分野で、モデル事業の実施や関係機関の連絡会議を設置するなど、
施策テーマに応じた効果的な形で各省間の連携・協働をより一層進める必要があります。
また、国家戦略に基づく施策を進めるうえで、政府、地方公共団体、企業、民間団体、
専門家、地域住民などの多様な主体間のより一層緊密な連携の仕組みを設けていくことも
欠かせません。
 特に、地域の生物多様性の保全や持続可能な利用のためには、日常的にこ
うした保全や利用に関わる地方公共団体や地域の住民が主体となって、地域の特性に応じ
た計画づくりや取組を進めていくことが大切です。また、企業が民間団体と協力して活動
を展開している事例も増えてきており、こうした協働を促進する視点も欠かせません。
 さらに、科学的な知見や情報を共有したうえで活動が進められる必要があり、専門家の参画
のほか、一般の人々と専門家をつなぐコーディネーターの関与と情報の公開が重要です。
このため、こうした人々の参画を確保することを通じて協働を進める視点も重要です。

4 社会経済的な仕組みの考慮
 生物多様性の保全と持続可能な利用の取組を一過性ではなく、継続的に進めていくため
には、それに携わる人々に利益があること、少なくとも経済的な負担が大きくないことが
重要です。燃料や肥料などの自然資源が地域で循環していた時代に社会経済的な必要性か
ら必然的に継続されてきていた仕組みを、そのまま今の時代に適用することは困難ですが、
昔の資源循環の仕組みにも学んだうえで、今の時代にも適用できるような新たな仕組みづ
くりが重要です。
 現在、兵庫県豊岡市で取り組んでいる生きものの生息に配慮した「コウノトリの郷米」などの生きものブランド米の生産が生業として成立している例や、生物多様性の保全にも配慮した持続可能な漁業・森林経営に向けた水産・林産物の流通を進める
MSC(漁業・水産物の流通)、FSC・SGEC(森林経営・林産物の流通)といった認証制
度が民間主導で取り組まれている例などの取組が始まりつつあります。また、新たな仕組
みとして、地域の資源である自然環境の保全を図りつつそれを活用し、観光を推進するエ
コツーリズムの取組も進められています。こうした社会経済的な仕組みの中での動きを進
め、生物多様性の保全と持続可能な利用の取組が多くの人々が関わる中で拡大していくよ
うな、継続できる仕組みが重要です。
 また、直接お金に換えられない生物多様性の恵みを、評価したうえで社会経済的な仕組
みの中に組み込んでいくことも必要です。多くの地方公共団体で始められている森林環境
税の取組は、生物多様性を含む森林の多面的機能による利益を、森林の保全・管理に還元
する仕組みであり、こうした社会経済的な仕組みを組み込む視点も重要です。

5 統合的な考え方と長期的な観点
 生物多様性の3つの危機はそれぞれ個別に存在しているのではありません。相反するよ
うに見える第1の危機と第2の危機も、都市周辺の里地里山に見られるように、都市化に
よる開発でその喪失・分断が進むと同時に適切な管理がなされなくなるという形で、双方
の危機があいまって危機を深めています。さらに第3の危機も、アライグマなどの飼養動
物由来の外来種の繁殖がそうした場所で見られ、生態系の崩壊に輪をかけています。
 また、持続可能な社会を目指していくためには、自然共生社会、低炭素社会、循環型社
会の3つの社会を統合していく必要があります。例えば生物多様性の保全のための管理か
ら生じる竹材や枝葉などの資源が単に廃棄されることのないよう考慮することが重要で
す。持続可能な社会を目指して社会経済システムやライフスタイルの変換を図っていくた
めにも、社会的側面、経済的側面を含め統合的に3つの社会をとらえていく必要がありま
す。

 このように、生物多様性の保全と持続可能な利用を進めていくためには、さまざまな側
面を統合的な視点に立って調整・推進していくことが重要です。
 私たちの社会経済活動は、ともすれば短期的な生産性・効率性を求めてしまいがちです。
しかし、生態系から得られる利益を長期的に考えると、生態系を持続的に保全し生態系の
仕組みに任せた方が、生態系を改変するよりも経済的といわれています。湿地を農地に開
発することで、農産物の収穫が可能になることで経済的価値が向上し、原生自然とは異な
る二次的な自然環境が形成されますが、流域保全や水質浄化、レクリエーションなどの価
値は減少するとのミレニアム生態系評価における報告もあります。マングローブをエビの
養殖などのために開発すると、二酸化炭素の吸収機能や海岸の保全機能が失われる上、沿
岸域に居住する人々が風水害にさらされる可能性が高くなります。水産資源を乱獲すると
短期的には利益が増大することもありますが、資源が枯渇してしまうと利益が得られなく
なり、漁業を営むことができなくなります。また、防災のためのみの河川に対する人工的
な対策は、安全性は向上する一方で、その方法によっては生態系への栄養塩類や土砂の供
給が減少することで、私たちが干潟や砂浜などから受け取る恵みが少なくなる場合もあり
ます。

 国民、あるいは人類が長期的・持続的に受ける利益を考え、健全な生態系を維持管理・
保全・回復していく視点を持つことが重要です。そうしたことにより、豊かな生物多様性
による恵みを将来の世代に引き継いでいくことができます。それが私たちの世代の責務で
す。

第2節 基本戦略
 生物多様性の保全と持続可能な利用の取組を推進していくためには、多くの主体が関心
を持ち、それぞれの地域で自然的・社会的特性に応じた活動に主体的に参画することが不
可欠です。また、環境変化に対する適応力が高い健全な生態系を確保するため、全国規模・
地球規模の視点で大きなネットワークをつくり、取組を広げていくことも重要です。
こうした点を踏まえ、100 年先を見通したうえで今後5年間程度の間に重点的に取り組
むべき施策の大きな方向性について、
?生物多様性を社会に浸透させる、
?地域における人と自然の関係を再構築する、
?森・里・川・海のつながりを確保する、
?地球規模の視野を持って行動する、の4つを基本戦略として挙げます。

1 生物多様性を社会に浸透させる
 生物多様性の状況は地球規模で悪化をしており、また、わが国の生物多様性の危機も解
消されていません。一方で、生物多様性は私たちの暮らしを支えている重要な存在ですが、
「生物多様性」の意味を知っている人は約10%、言葉を聞いたことがある人を含めても約
30%(平成16 年、環境省調査)と、その認知度は低い状況にあります。自然の恵み豊か
な国土を将来世代に引き継いでいくためにも、一般の人々が日常の暮らしの中で生物多様
性について考えたり、意識したりすることが必要です。
 このため、生物多様性の保全の重要性が子どもたちの世代も含めて広く一般的な認識となるよう、多くの国民や団体の参加
を得て生物多様性に関連する取組を行う「いきものにぎわいプロジェクト」を推進すると
ともに、教育・学習・体験の推進やライフスタイルの転換の提案を通じて、生物多様性を
社会に浸透させていきます。

〈広報の推進と官民パートナーシップ〉
 2010 年の生物多様性条約第10 回締約国会議(COP10)の招致を契機に、生物多様性の
重要性について国民の理解を進めるための取組を展開することが必要であり、私たちの暮
らしとの関係を訴えることにより生物多様性を身近なものとして感じてもらうためのさま
ざまな取組を推進するほか、国際生物多様性の日(5月22 日)における普及啓発のため
のイベントの実施など広報を強力に進めます。また、広報にあたっては、国民が、釣糸を
放置したり、飼いきれなくなったペットを野外に放したりすることなどのないよう、それ
らのことが生物多様性に与える影響を具体的事例とともに分かりやすく伝えることにも取
り組みます。
 また、これらの取組を進めていくにあたっては、国と地方公共団体、そして企業、NGO
など民間団体との連携による取組を強力に進めることが必要です。そのため、官民の関係
者によるパートナーシップの場を設けて、連携のもとで推進します。

〈地方公共団体、企業や市民の参画〉
 生物多様性の保全は国が国家戦略を策定することだけで実現されるわけではなく、地域
での活動に結びつくことが重要です。その間をつなぎ、生物多様性を保全することの重要
性を浸透させ、地域における行政、企業、NGO、地域住民などによる生物多様性の保全を
通じた自然共生社会づくりのためのさまざまな取組を進めるためには、まず都道府県をは
じめ地方公共団体が、それぞれの地域の特性に応じて生物多様性戦略をつくることが不可
欠です。この地方版生物多様性戦略は、地方における生物多様性に関わる部局間相互の連
携を図るためにも必要なものであり、都道府県版レッドデータブック、レッドリストが全
都道府県でつくられたように、すべての都道府県で生物多様性戦略の策定が期待されます。
その際、生物多様性戦略という名称で独立した形で策定するだけでなく、滋賀県で「ふる
さと滋賀の野生動植物との共生に関する基本計画」が策定されたように、野生生物との共
生や里地里山の保全といった切り口からの計画として策定する形も考えられます。
 都道府県などの生物多様性戦略としては、既に、千葉県で県民参加型のワークショップを数多く
開くことを通じて策定が進められ、愛知県や名古屋市でも策定に向けた動きがあります。
こうした先進的な事例も参考にして、都道府県などにおける戦略のための指針を示すとと
もに、各地域におけるさまざまな主体による生物多様性保全のための取組事例を紹介する
ことによって、効果的な地方での戦略づくりや実践的な取組を促します。

最近、企業による生物多様性の保全の取組も増加しています。例えば、ある企業では持
続可能な漁業による産品であることを示すMSC のエコラベルを貼った水産物を流通させ
ていますし、ある生活協同組合連合会では生物多様性を豊かにする有機農業を広めるため
田んぼの生きもの調査の取組を行っています。
 また、原材料の調達地である海外の熱帯林の保全に協力している企業やNGO と協力した谷筋の田んぼの再生を通じて生物多様性の保全のほか社員の環境意識の向上と福利厚生を同時に進めている企業もあります。企業の
活動は、原材料の調達、遺伝情報の活用、土木建築などさまざまな場面で生物多様性に影
響を与えたり、その恩恵を受けたりしています。また、企業の活動は、消費者の意識に支
えられており、国民ひとりひとりの消費行動と密接なつながりがあります。このことから、
企業が社会的責任(CSR)としてのさまざまな活動を含めた企業活動全般を通じて、生物
多様性の保全と持続可能な利用を社会経済的な仕組みの中に組み込むことが重要です。
 企業による生物多様性に関する活動への参画を促すため、企業による活動の収集と情報発信、
先進的な取組事例の紹介を行うとともに、それらも踏まえて企業による取組の指針となる
生物多様性企業活動ガイドラインの作成を、経済団体や企業の参加を得て進めます。
地方公共団体や企業、NGO、地域住民など多くの主体が、それぞれの地域の視点で生物
 多様性の保全に関する活動を各地で進めることが重要であり、さまざまな主体の参画を促
し、市民などの多様な考え方を活かした活動を支援するため、経済的措置を含めた制度や
社会的な評価の仕組みを充実するとともに、各地の事例を分かりやすく伝えることも含め
た、活動地域間の「人」と「情報」のネットワークの形成を進めます。また、その一環と
して、地域において生物多様性の保全に関する活動を行っている人々に参加してもらい、
専門家、地域の自然に詳しいNGO などが中核となってその地域のモニタリングをしても
らう市民参加型調査を進め、その結果を広く公表していくことによってさらに生物多様性
を深く理解するようにしていきます。

〈教育・学習・体験の推進やライフスタイルの転換〉
 生物多様性が人類を含むすべての生物にとって重要であることを、多くの人々の共通認
識とすることが必要であり、そのためには各段階での教育・学習を進めることが重要です。
特に、家庭や学校、地域において生物多様性や生物、地形・地質などについての教育・学
習を進めることにより、子どもの頃から自然や生きものを知り、体感することが大事です。
 そのため学校教育において生物や地学などを含めた環境教育の推進に努めるとともに、教
員や環境保全の活動に携わる人々を対象とした環境教育や体験学習に関する研修などの取
組を進めます。また、子どもが放課後に、地域の中で地域の協力を得て地域に固有の自然
に遊び、親しむことを通じて自然を学ぶ自然体験学習を行うことができるように進めていきます。

 地域の人々に対する社会教育も重要であり、博物館をはじめ地域のさまざまな施設も活
用しつつ、地域における生物多様性について認識を深めるための教育・学習を進めます。
 また、生物多様性の分野で国際的にも活躍できるよう専門家を支援するとともに、大学な
どにおける環境に関する人材の育成を支援します。
 自然とふれあう機会が少なくなっている現代の子どもたちにとっては、「五感で感じる」
原体験の機会を増やすことが重要です。子どもたちがのびのびと遊べる森、里、水辺や海
辺づくりや都市の中の身近な自然とふれあえる空間づくり、農山漁村の長期滞在など、自
然体験のための社会的なシステムをつくっていきます。
 また、食料や木材など多くの自然資源を輸入し、利用する私たちの消費行動が、輸出国
の生物多様性の恩恵の上に成り立っている面もあることを認識し、国民ひとりひとりが行
動することで、世界の生物多様性の保全と持続可能な利用の推進に対して大きな効果を発
揮します。具体的には、生物多様性に配慮した食品や木材製品を選択することや生物多様
性の保全に積極的に取り組む企業の商品を選択的に購入したり、そうした企業への投資を
行うなどの行動が考えられますが、このような観点からのライフスタイルの転換について
も、生物多様性企業活動ガイドラインの作成と連動させつつ提案していきます。

2 地域における人と自然の関係を再構築する
 わが国では古くからの農耕の歴史の中で、人と自然が密接な関係を持って暮らしてきま
した。ところが現在は都市が広がることで多くの人々が都市に住むようになり、まわりの
自然との関係が希薄になってきました。また、農山村においても農業の機械化や化学肥料
の導入などにより、地域の自然資源を利用することが少なくなってきています。明治時代
までは、農耕に必要な牛馬の飼養や堆肥の生産のため、関東以南では都市の周辺を含めて
広く草山が広がっていました。そこから生活に必要な資源を得ていた一方で、そうした広
大な草原や草原の中にある湿地は多くの昆虫類などの生息場所となってきました。ところ
が、近年、草山はおろか、原っぱすら少なくなってきている状況にあります。

 また、里地里山が管理されずに放置されることで、シカ、イノシシやクマなどの鳥獣の
生息に好適な環境が生まれ、人と野生鳥獣との軋轢が増えています。地域の人口が減少し、
高齢化が進む中でこうした問題を解決していくためには、地域における人と自然との関係
を新しい形で組み立てていく必要があります。
 そのため、里地里山の保全や鳥獣との関係の再構築、生きものをはぐくむ農林水産業と
多様な野生生物をはぐくむ空間づくりの推進などを通じて、人と自然の豊かな関係をつくっていきます。

〈里地里山の保全や野生鳥獣との共存〉
 里地里山は、国土の約4割を占めています。この里地里山は自然林や氾濫原などのあと
に成立した二次的自然といわれる地域ですが、農林業活動などにより適度に人の手が加わ
る中で特有の動植物相が形成されてきました。
 しかし、過去に里地里山が広い面積にわたって利用されてきたような社会的経済的な要
請は低下しており、人口の減少と高齢化が進む中でそのすべての里地里山を人手をかけて
かつてのように維持管理していくことは現実的ではありません。特に奥山地域に比較的近
く、手入れをしないでも自然林に移行するのが一般的なミズナラ林やシイ・カシ萌芽林な
どの里山林については、地域の状況に応じ、また、森林の有する多面的機能の発揮に留意
し、自然の遷移に委ねることを基本として、必要に応じて植生の復元を図ることにより適
切に保全管理することなどが適当です。また、生物多様性、景観、文化、資源利用などさ
まざまな観点から将来にわたり里地里山として維持すべき地域を、生物多様性の特徴や地
域の意向、活動の継続性などを総合的に考え、未来に引き継ぎたい重要な里地里山として
選定し、維持管理の方向性や担い手の確保方策などについて検討を進めます。

 里地里山に特有な生物の生息環境を維持していくには、適度に利用することによる自然
環境の適度な攪乱が不可欠であり、それにより二次林、農地、草原、ため池などさまざま
な環境がモザイク状に現れることが生物多様性の保全のために重要です。地域で生活する
うえで燃料や肥料などの自然資源の必要性が低下している現在、地域住民だけでなくさま
ざまな主体の力を借りて、地域における人と自然の関係の再構築を進めなければいけませ
ん。これを実現するため、環境保全型農業の推進に加えて、環境教育の場やエコツーリズ
ム、バイオマスの利用など新たな利活用方策を検討することなどを通じて、農地や森林の
所有者に加え、都市住民や企業など多様な主体が共有の資源(コモンズ)として管理して
いく仕組みづくりを進めます。

 かつての里地里山に見られたような地域における人と自然との関係をつくっていくため
には、農林漁業者をはじめ、NGO などの地域のネットワークを構築し、地方公共団体、
企業や都市住民の力も借りた里地里山の手入れや森林づくりを進めることが重要です。協
定の締結を通じて山梨県早川町の里地里山の保全に東京都品川区が取り組むなどの例も出
てきており、都市と農山漁村との交流を積極的に進め、適正な管理のための情報や活動地
域のネットワーク化を図ることにより、多様な主体が担い手となり、意欲を持って持続的
に利用する枠組みを構築していきます。その際、手伝いをする都市住民と手伝いをしても
らう地域の住民の双方が、お互いに感謝の気持ちを持ちつつ活動できるようにすることが
肝要です。

 都市近郊の里地里山は、都市に残された身近な自然環境として重要であり、NGO や都
市住民の保全活動も活発に行われています。こうした都市近郊の里地里山について、都市
公園や緑地保全のための制度も活用しつつ保全・管理を進めます。

 地域における人と自然の関係が変化したことも一因となり、平成12〜15 年の調査と20
年前の調査の比較で、シカは1.7 倍、サルは1.5 倍、イノシシは1.3 倍に生息域が拡大し
たと推定されており、農作物や植生などの鳥獣被害が深刻化しています。また、平成18
年度には、ツキノワグマの人里への出没が多く、人身事故も140 件余り発生しており、約
4,300 頭が捕殺されました。これらを防ぐためには人身や農作物などに被害を及ぼす可能
性のあるクマやシカなどの野生鳥獣が人里に出てきにくい地域づくりを推進することが重
要であり、野生鳥獣の生息する森林と人里との間に、在来の草資源を利用した放牧などに
よる緩衝帯(バッファーゾーン)の適切な管理や、人里に放置された農作物や果樹など特
に冬場の鳥獣の餌となるものを取り除くことによって、人と野生鳥獣との関係を改善する
試みが一定の成果を上げている例も見られます。このため、特定鳥獣保護管理計画に基づ
いた個体数調整を含む鳥獣の管理を行うほか、こうした人間と鳥獣が棲み分けられる地域
づくりを全国に広げる取組を推進します。また、農山村の農業者や狩猟者が減少すること
に伴い、こうした取組や野生鳥獣の保護管理を行う人材が減少しており、取組を行うため
の担い手づくりを進めます。

〈生物多様性の保全に貢献する農林水産業〉
 安全な食料の安定供給を求める国民・消費者の期待に応えるためには、生物多様性の視
点を取り入れた良好な生産環境を維持した持続的な農林水産業の振興と、それを支える農
山漁村の活性化が必要です。そのため、農林水産関連施策において、生物多様性の保全を
より重視した視点を取り入れ、生物の生息生育環境としての質を高める持続可能な農林水
産業を推進し、農山漁村の活性化を図ります。
 さまざまな動植物や豊かな自然とのふれあいの場である里地里山などは、農林水産業の
活動と深く関わって成立しており、生物多様性に対する農林水産業の役割について、国民
各層に理解を得ることが重要です。そのため、農山漁村における農林漁業体験や自然との
ふれあい、食育などを通じて、農林水産業と生物多様性への理解を深めるための取組を推
進します。
 さらに、多岐にわたる生物多様性の保全に向けた取組は、農林漁業者による生産活動の
営みに加え、多様な主体が担い手として参加し、連携して取り組むことが効果的です。そ
のため、農林漁業者や地域住民、NGO、民間企業、地方公共団体など多様な主体による取
組を後押しする観点に立って、地域の創意工夫と地域でつちかわれてきた知識や技術を活
かしながら行われている活動を再評価、応援するなど幅広い国民の理解と参加のもと総合
的に生物多様性の保全を推進します。
 また、わが国の農林水産業の振興や森林の保全・管理などを通じた生物多様性の保全に
積極的に取り組むことにより、他国の生物多様性への影響を少なくするなど農林水産業を
通じて地球環境の保全に貢献します。

 田園地域や里地里山では、不適切な農薬・肥料の使用や、経済性や効率性のみを重視し
た工法による基盤整備を実施した場合には、生物多様性への影響が懸念されるほか、近年
里山林の利用の減少や農林業の担い手の不足による耕作放棄地の増加などが進んでいま
す。そのため、生物多様性が保全され、国民に安全で良質な食料や生物多様性が豊かな自
然環境を提供できるよう、生物多様性の保全をより重視した農業生産及び田園地域や里地
里山の整備・保全を推進します。また、農業は食料の生産に加え多様な生きものを生み出
す活動であるとの視点に立ち、国民が生きものとふれあい、農業と生物多様性の関係に対
する認識を深める取組を推進し、農山村の活性化を図ります。
 森林は、わが国の国土の3分の2を占め、自然林から人工林までさまざまなタイプの森
林が多様な野生動植物が生息・生育する場となるなど国土の中で生物多様性の重要な構成
要素となっています。このため、林業・木材産業の活性化を通じた間伐などの森林の適切
な整備・保全を進め、生物多様性の保全を含めた森林の有する多面的機能の発揮を図ります。

 また、水産業は豊かな海や河川・湖沼の恵みの上に成り立っている環境依存型の産業で
あるため、生産力を支える生態系の健全さを保つことが必要であり、海洋や河川・湖沼に
おける生物の多様性の確保が重要です。ことにわが国の沿岸海域は古くから人間活動との
関わり合いが深く、採貝・採藻などの漁業活動を行ってきました。このような、自然生態
系と調和しつつ人手を加えることにより、高い生産性と生物多様性の保全が図られている
海は一般的に「里海」として認識されるようになっており、今後とも適切に保全すること
が必要です。このため、里海を含む海洋全体の生物の多様性の保全とその持続可能な利用
を通して、国民の健全な食生活を支える水産物を将来にわたって安定的に供給するととも
に、力強い水産業と豊かで活力ある漁村の確立を推進します。

〈野生復帰や外来種対策による多様な野生生物をはぐくむ空間づくり〉
 地域に固有の種や生態系を保全し、種の絶滅を避けることを優先すべきですが、同時に
トキやコウノトリ、ツシマヤマネコ、ヤンバルクイナなどの保護増殖を進め、それらの野
生復帰を進めていくことは、多様な野生生物をはぐくむ空間づくりの象徴として重要です。
広葉樹の大木のある森林や水田などに依存するトキをはじめとした鳥類やツシマヤマネコ
などの野生復帰を進めるためには、生物多様性の保全に配慮した農林業とそれらを通じて
餌となる多くの生きものをはぐくむことが必要です。冬期湛水や早期湛水による有機栽培
などの取組が各地の水田で見られるようになっており、マガンの飛来で有名な宮城県の蕪
栗沼周辺では、こうした取組により多様な野生生物が見られるようになっています。
 トキの野生復帰を目指す新潟県佐渡島で行われているように、希少な動物の餌となる生きもの
だけでなく、多様な野生生物をはぐくむ空間づくりを地域の人々と協力しながら行います。
在来の野生生物に大きな影響を与えている外来種については、防除などの対策を進めて
いくことが必要です。アライグマ、オオクチバスなど広範囲に分布を拡大し、影響を及ぼ
している種について、より効果的な防除の方法を開発・普及することを通じて多くの地域
での対策につなげます。奄美大島では、人が持ち込んだジャワマングースによりアマミノ
クロウサギなどの希少生物が影響を受けていますが、防除のための対策を継続的に進める
ことで効果があがってきており、ジャワマングース根絶に向けた努力をさらに続けます。
また、島嶼部において固有の野生生物に絶滅のおそれが生じないよう島外からの外来種の
持ち込みを防ぐ対策など外来種の国内での移動への対策について検討を進めます。
 さらに、資材や生物に付着して意図せずに持ち込まれる外来種による影響の防止対策について検討
を進めます。

3 森・里・川・海のつながりを確保する
 森林と海は河川でつながっており、土砂の移動により干潟・砂浜などが形成されるほか、
森林から供給される栄養塩類は川や海の魚をはじめとする生きものをはぐくみ、豊かな里
海を創ります。里においては、河川や湿原のほか、水田、ため池や水路などの人が築いて
きた水系も含めてネットワークが形成されており、魚類などが移動などに利用しています。
 こうした生きものの生息の基盤となっている場所のつながりを確保するため、将来にわた
り保全すべき自然環境や優れた自然条件を有している地域を核として、それらを有機的に
つなぐ生態系ネットワークの形成を目指し、流域全体の生態系管理の視点に立ちさまざま
なスケールで森、里、川、海を連続した空間として積極的に保全・再生を進めます。

〈生態系ネットワークと保護地域及び自然再生〉
 地域固有の生物相の安定した存続、あるいは損なわれた生物相の回復を図るため、十分
な規模の保護地域を核としながら、それぞれの生物の生態特性に応じて、生息・生育空間
のつながりや、適切な配置が確保された生態系ネットワークの形成を進めることが重要で
す。生態系ネットワークの計画手法や実現手法の検討を深め、情報提供や普及広報を進め
ることにより、全国、広域圏、都道府県、市町村などさまざまな空間レベルにおける計画
策定や事業実施に向けた条件整備を進めます。特に広域圏レベルにおいて具体的に生態系
ネットワークの姿を示していくことが重要であることから、関係省庁の緊密な連携のもと、
生態系ネットワークの図化を目指します。その際、森林や緑地などのネットワークに加え
て、河川、湖沼、湿原、地下水、湧水、水田などの水系や沿岸域にわたる水循環に着目し
たネットワークが重要であり、こうした流域全体の生態系の保全とネットワークの形成を
効果的に進めるための方策を検討します。

 人の手があまり加わっていない奥山地域は、全国レベルの生態系ネットワークの骨格と
して重要であり、脊梁山脈を中心に国土の14%以上の面積をカバーしている国立・国定公
園などの自然公園は生物多様性の保全の屋台骨としての役割を担っているといえます。そ
の役割を積極的に担いつつ、自然公園における優れた自然の風景地の保護を多様な主体の
参画により進めていくため、制度面のあり方を含め必要な方策に関して検討を行います。
 また、自然環境や社会状況の変化や風景評価の多様化に対応して、国立・国定公園の資質
に関する総点検を行い、国立・国定公園の全国的な指定の見直し、再配置を進める中で、
生態系ネットワークについても考慮した指定の拡大を図ります。その際、優れた自然の風
景地の対象として「照葉樹林」、「里地里山」、「海域」などについて積極的に評価を進
めていきます。特に鹿児島県の奄美群島や沖縄県のやんばる地域などに見られる照葉樹林
については、国立公園の指定や保護林の設定も視野に入れ、適切な保全・管理にむけた取
組を進めていきます。また、骨格的な生態系ネットワークの形成を図るには各種制度間の
連携が必要であり、そうした視点も踏まえて森林の保全・再生を図るため、保護林や緑の
回廊の設定、広葉樹林化などによる多様な森林づくりを進めます。

 陸域だけでなく沿岸・海洋域も含め、生態系ネットワークが分断されている場所では、
そのつながりを取り戻すことが必要であり、科学的な知見に基づいて自然再生を積極的に
行うなどさまざまな取組を通じて生物の生息・生育空間の確保や生物がそれらを行き来で
きるようにする生態的回廊の確保を進めます。自然再生の取組は始まったばかりであり、
各地での取組が着実に進む中で事例が蓄積されつつありますが、自然再生推進法が施行後
5年を経過することから、これまでの施行状況などを検証します。その結果を踏まえて必
要な措置を講じることになりますが、実践事例を通じた技術の向上、広域的観点からの自
然再生の進め方、民間団体が特に民有地において自然再生に取り組む場合の支援のあり方
など自然再生を一層推進するための方策を検討します。

〈森林の保全・整備〉
 わが国は国土の3分の2を森林が占める緑豊かな森林国であり、森林は生態系ネットワ
ークにおいて重要な要素となっています。
 現在の森林資源は、戦後築きあげてきた人工林を中心に利用可能な段階に入りつつあり
ます。こうした中、人工林においては、成長段階に応じて間伐など森林の整備を適切に行
っていくとともに、伐採、更新を通じて変化に富んだ多様な林齢の森林を造成することに
より、健全な森林の育成とともに生物多様性の保全につながります。他方で、人と環境に
優しい木材を多段階にわたり有効利用することは、循環型社会の形成、地球温暖化の防止、
山村地域の活性化に役立つため、その利用を一層推進する必要があります。また、二次林
については、地域の状況に応じて資源利用を図ることなどにより適切に整備・保全を進め
る必要があります。さらに、自然林について、自然環境の保全などの要請が高まっている
ことに対応し、適切に保全・管理を図る必要があります。
 このため、生物多様性の重要な構成要素である森林の整備・保全に向けた施策を総合的
に展開し、生物多様性の保全を含め森林の有する多面的な機能の発揮を図っていくことと
しており、間伐の実施や、多様な森林づくりを推進するため、森林の整備・保全、国産材
の利用、担い手・地域づくりなどの取組を幅広い国民の理解と協力のもと、官民一体とな
って総合的に推進する「美しい森林づくり推進国民運動」を展開します。

〈都市緑地の保全など〉
 都市における緑地などは、都市住民の自然とのふれあいの場として重要であり、森や海
とつながり、多くの国民が暮らす都市における生態系ネットワークのかなめとなります。
都市において、豊かな生物多様性を確保するため、その核(コア)となるまとまった規
模での生きものの生息・生育空間の確保が重要です。そのため、人工的に造成して現在で
は豊かな生物多様性を有している明治神宮の森などを参考に、都市の中や臨海部に、森と
も呼べる大規模な緑地空間の確保を目指します。また、都市内の微地形を踏まえた水と緑
のネットワークの形成を推進し、連続性のある生きものの生息・生育空間の確保を図りま
す。
 都市近郊の生物多様性を守るには、周辺の自然環境に関心が強い都市住民や都市地域で
事業を行っている企業の力を借りて行うことが有効です。そのため、ナショナル・トラス
トのような都市住民が主導で保全を行う活動や、企業が所有地を活用してNGO などとの
協力により緑地を保全する活動について支援します。
 都市域における水辺の空間は都市住民の自然とのふれあいの場としても重要であり、大
幅に失われている水辺の生物多様性と自然の水循環を改善するため、量、質のそれぞれの
観点からの対策を緑地空間の整備とも連携して一体的に進めます。また、湖沼や閉鎖性海
域などの富栄養化を防ぐという観点から、都市地域から流入する汚濁負荷の低減が豊かな
生物多様性をはぐくむうえで重要であり、下水道の高度処理などによる汚濁負荷の削減を推進します。

〈河川・湿原などの保全・再生〉
 水は生命の源であり、水系は森や里と海をつなぐ生態系ネットワークの軸をなすものです。
 河川においては、これまで魚ののぼりやすい川づくりとして、魚類などが遡上や降下し
やすくなるよう環境を改善する取組が進められてきました。世界自然遺産に登録された知
床では、シロザケやカラフトマスなどが遡上できるように河川工作物の改良が進められて
います。引き続き多自然川づくりとして、川の生物の生息・生育環境の改善を図る中で、
上下流を通じた水量や流れの変動性の確保や土砂の流下など海までつながる河川全体を視
野にいれた生態系ネットワークの形成を進めていきます。
 琵琶湖と水田を行き来するニゴロブナのように、複数の陸水域の生態系を利用する生き
ものや、ウナギやサケのように海と川を行き来する生きものもいます。その連続性を確保
するため、滋賀県では、「魚のゆりかご水田プロジェクト」などにより琵琶湖から水田ま
での連続した水環境を取り戻す取組をしています。こうした例を参考に、河川、湖沼、湿
原、湧水、ため池、水路、水田などを途切れなく結ぶ生きものが行き来できるネットワー
クの形成を進めます。また、湛水期間を長くした水田や、昔は広大な面積であった氾濫原
を含む河川などは多様な生きもののよりどころとして重要であり、こうした水域の生態系
を保全・再生します。
 湿地は、水鳥などさまざまな生きものの生息域として重要ですが、減少の激しい生態系
のひとつです。こうした湿地の保全を進めるとともに、耕作放棄地や休耕田を活用した湿
地再生やビオトープづくりに努めます。さらに、水循環の上では、地表に出ている水だけ
ではなく、地下水も重要であり、地下水や湧水の保全を進めていきます。

〈沿岸・海洋域の保全・再生〉
 海洋に囲まれたわが国は、内海・内湾を数多く有し、寒流と暖流が交錯する中で北の流
氷域から南のサンゴ礁域までの広がりがあります。沿岸・海洋域は、沿岸域と海洋域に区
分されます。沿岸域は、海岸、干潟・藻場・サンゴ礁などの浅海域、内湾を含む豊かな生
物多様性を持つ地域です。また、海洋域は、深海に至るまでさまざまな環境を有し、海棲
哺乳類、海鳥類、魚類をはじめ多くの生きものが生息する世界で6番目に広い排他的経済
水域などを持つ海域です。海洋は、海流を通じて国境を超えてつながっており、その生態
系は土砂の流下や栄養塩の供給などを通じて陸と密接な関係があります。陸域の水系が生
態系ネットワークの縦軸とすれば、沿岸域は横軸として重要な役割を果たします。広大な
沿岸・海洋域の保全・再生にあたっては、海流、気候、地理的条件などから、沿岸・海洋
域の生態系の地域区分を検討し、その区分に応じた取組を進める必要があります。
平成19 年4 月に成立した海洋基本法には、海洋の生物の多様性の確保を含め海洋環境
の保全を図るために必要な措置を講ずることが明記されました。
 保全施策の立案及び実施のためには海洋に関する科学的知見の充実が必要です。また、海洋に関係する省庁間の連
携を強化し、海洋環境の保全のための施策について検討していくことが重要です。

 わが国は古来より漁業が盛んであり、漁業資源についての知見は充実しています。しか
し、干潟・藻場・サンゴ礁などの生物多様性の保全に重要な沿岸域におけるデータ整備に
ついては、自然環境保全基礎調査を実施していますが、漁業対象種以外の海洋生物に関す
るデータは整備が不十分となっています。このため自然環境保全基礎調査の一層の推進と
関係各省間の情報交換を通じて、沿岸域の生物・生態系に係るデータをさらに充実すると
ともに、海洋全般における生物多様性に関する総合的なデータ整備については、各省間の
連携など効果的・効率的な手法のあり方を含めて検討し、海域自然環境情報図の作成など
を進めます。

 陸域と海域が接する沿岸域は、干潟・藻場・サンゴ礁・砂浜などの生物多様性の保全の
ため重要な生態系が形成される一方、人間活動の影響も受けやすく、陸と海のつながりを
考慮しながら保全・再生を図っていく必要があります。このため、陸域との関係を踏まえ
た流域一体の取組や干潟・藻場・サンゴ礁・砂浜の保全・再生・創出を進めます。また、
干潟・藻場・サンゴ礁の国立・国定公園と国指定鳥獣保護区への指定について見ると、藻
場、サンゴ礁の4〜5割程度が指定されているもののそのほとんどは規制の緩やかな「国
立・国定公園の普通地域」であり、干潟の指定は1割程度にとどまります。また、「国立・
国定公園の海中公園地区」の指定は、サンゴ礁などを中心に約3,700ha に過ぎません。こ
のため、浅海域における保護地域の指定について充実を図ります。また、順応的管理の考
え方のもとに漁業者の自主規制を基本として漁業資源の維持を図りながら海域の生物多様
性の保全を目指す知床世界自然遺産地域海域管理計画の事例や持続可能な漁業のために設
定された愛知県イカナゴ漁業における順応的禁漁区の事例などを参考にしつつ、漁業をは
じめとする多様な利用との両立を目的とした、地域の合意に基づく自主的な資源管理の取
組や海域保護区などの生物多様性の保全施策のあり方について検討を行います。

 わが国の沿岸域では、漁業に携わる人々による資源管理など、地域コミュニティによる
利用・管理が行われてきました。現在でも、日本海北部のハタハタ漁で網目の大きさの制
限などの自主的な取組を含めた資源管理が行われているように、地域が中心となって、沿
岸域の保全を通じた持続可能な資源管理につなげることが必要です。その際、自然海岸の
保全、閉鎖性海域などの水質汚濁対策、上流域の森林づくりを進めるなど、人々がその恵
沢を将来にわたり享受できる自然の恵み豊かな豊饒の「里海」を再生していきます。

 海洋域では、海洋の健全な生態系を維持していく必要があります。そのため、海洋全般
における生物多様性に関する科学的知見の集積と保全手法の検討を行うとともに、繁殖地
など重要な生息地の保全や混獲回避技術の開発・普及をはじめとする海鳥、ウミガメなど
の移動を考慮した広域的、国際的な取組など国内外のネットワークの視点を踏まえた取組
を強化します。
 また、海洋汚染による生態系への影響や漂流・漂着ごみの誤飲などによる動物への影響
を避けることが重要です。そのため、周辺海域の海洋汚染の状況を継続的に把握し、重金
属類、有害な化学物質や赤潮発生の対策を通じて海洋汚染の防止を図ります。漂流・漂着
ごみに関しては、状況の把握、国際的な対応を含めた発生源対策、被害が著しい地域への
対策を推進することにより沿岸・海洋域における生物多様性の保全に寄与します。

4 地球規模の視野を持って行動する
 わが国の生物多様性は、海や空を介して周辺の各国とつながっており、また、わが国は
自然資源の多くを輸入しており、世界の生物多様性に影響を与えています。そうした地球
規模の視野を持つことが重要であり、その中でも特に関係の深いアジア太平洋地域を中心
とする生物多様性の保全についてリーダーシップを発揮し、国際的な連携を進めていくこ
とがわが国の責務です。
 そのため、平成20 年(2008 年)のG8 北海道洞爺湖サミットに先立ち開催が予定され、
生物多様性が主要議題のひとつとして見込まれているG8 環境大臣会合、そして平成22
年(2010 年)に開催される生物多様性条約第10 回締約国会議(COP10)の場なども活用
してわが国の経験や智恵を世界に伝えていくことにより、世界の生物多様性の保全と持続
可能な利用の推進に貢献していきます。また、地球温暖化による生物多様性への影響の把
握や、世界的な目標である2010 年目標の達成のために国際社会と連携して努力するとと
もに、2010 年以降についても世界共通の目標を持って生物多様性の損失速度の顕著な減少
に向けて取り組んでいく必要があります。
 さらに、生物多様性の保全のため、つながりの深いアジア太平洋地域を中心とした国際協力など地球規模の生物多様性への視野を持って行動していきます。

〈里地里山など自然との共生のモデルの世界への発信〉
 わが国には、降雨量や四季に恵まれたモンスーン気候の中ではぐくまれた特有の自然観
や長い間の農耕生活につちかわれた自然と共生するさまざまな智恵がありました。それら
は、そうした自然に手を付けずに守る保護ではなく利用しながらはぐくむといったわが国
の自然観や経験に基づく智恵といえます。
 例えば里山においては、田畑に入れるたい肥や燃料を得るために、多くの地域で入会権
などに基づいて、将来にわたって資源を得ることができるように採取できる場所・期間、
場合によっては採取の方法なども地域の自治組織により共有の資源(コモンズ)として利
用・管理されていました。海においても、同様に水産資源を地域において厳しく管理をし
ている事例が今でも見られます。限られた国土の中でのこうした地域における資源管理を
通じた持続可能な利用が生物多様性の保全につながってきたのです。このような事例は世
界各地に存在し、現代的な法律に基づく政府による規制に比べ、地域の人々が自主的に取
り組むことによって、生物多様性の保全・管理を効果的に行えることがあります。
 こうした自然との共生のモデルを、現代社会において、自然資源の循環利用の視点を持ちつつ、
エコツーリズムやバイオマス利用の活性化なども含めて、地域住民のほか、都市住民、企
業、NGO など多様な主体の参加による新たな共同利用・管理のシステムとして再構築し
ていきます。
 さらに、里地里山を例としたわが国の自然共生社会づくりの取組に加えて、
世界各地にも存在する自然共生の智慧や伝統、自然資源の持続的な利用形態や社会システ
ムを把握し、それらを合わせて自然共生社会形成のために活用していくことを
「SATOYAMA イニシアティブ」として世界に提案することで、世界各地の地域ごとの自
然や社会条件に応じた持続可能な社会づくりに貢献します。

 また、日本における自然との共生の姿を世界に分かりやすく発信することも重要であり、
平成20 年(2008 年)のG8 北海道洞爺湖サミットに向けて、「美しい日本の自然キャン
ペーン」を展開します。特に、美しい自然を将来に継承しつつ地域社会と共存する日本型
国立公園のシステムや多様な形で保全と利用が調和した美しい森林を世界各国に発信しま
す。そして、アジア各国の地域の状況に応じて、地域社会と共存する保護地域のあり方に
ついて支援を行います。

〈生物多様性の総合評価や温暖化影響を含むモニタリングなどの実施〉
 生物多様性の損失速度を顕著に減少させるという2010 年目標については各国の積極的
な取組が求められています。わが国がその達成に貢献するためには、まずわが国の生物多
様性がどのような状況であるか、生物多様性の施策がどのくらい進展し、その効果がどれ
くらいかを的確に把握しなければなりません。国家戦略は、毎年点検を実施し、施策の実
施状況を報告していますが、2010 年に向けてわが国の生物多様性の全体像を把握するた
め、科学的知見に基づき、社会経済的側面も踏まえたうえで総合的に評価を行います。
 その際、わが国の生物多様性の状況や施策の効果を総合的に把握するための指標について、
各省とも連携して開発します。こうした総合評価を行う中で、生物多様性の危機の状況を
具体的に地図化し、生物多様性の保全上重要な地域(ホットスポット)を選定することを
通じて、優先的に保全・回復すべき地域での取組を進展させます。このような国レベルの
生物多様性の総合評価は世界的に見てもごく限られた例しかないことから、同様の取組が
さらに広がることを目指して、まずはG8 各国にも実施を呼びかけていきます。
 また、地球観測衛星を活用した自然環境の基礎的データの収集について協力するなどアジア太平洋
地域を技術的に支援し、世界の生物多様性の損失速度を顕著に減少させるよう協力をして
いきます。また、2010 年の生物多様性条約第10 回締約国会議(COP10)に向けて、生物
多様性の保全のための法制度の体系強化の必要性について検討するとともに、各制度間の
有機的な連携の強化に取り組みます。
 総合評価を継続的に行っていくうえでは、自然環境データの充実と速報性の向上が基盤
として必要となります。モニタリングサイト1000 の実施により国土の自然環境の状況把
握を引き続き進めるとともに、現在十分とはいえない中・大型哺乳類の生息状況、海洋・
沿岸域における生物種や生態系のデータや里地里山における竹林の拡大状況などの重点的
な収集に努めます。また、生物多様性の状況を経年的に把握するため、各省連携による衛
星データなどの活用を進め、例えば1年に1度指標性のあるデータを速報として公開でき
るようにするなどの取組を進めていきます。これらと併せて、温暖化の影響も含めた国土
の生態系総合監視システムを構築するとともに、科学的な予測手法との組合せにより予防
的な保全対策の実施を目指します。
 さらに、総合評価や総合監視システムでの知見を活かし、COP10 の日本招致を機に、
2010 年目標の地球規模での達成状況の評価に貢献するとともに、専門家会合を主催するこ
となどを通じて、COP10 で採択される次期世界目標の設定、達成に向けた議論をリード
します。

〈生物多様性の観点からの地球温暖化の緩和と影響への適応〉
 地球温暖化は避けられない危機となりつつあり、生物多様性の観点からも地球温暖化の
緩和に貢献する施策を推進し、その影響への適応について検討をしていくことが大きな課
題です。
 多くの炭素を固定している森林、草原、湿原などの健全な生態系を保全することが、生
態系からの温室効果ガスの放出を抑制し、地球温暖化を緩和することにも貢献するという
観点も踏まえつつ、生物多様性の保全の施策を推進します。また、温室効果ガスの吸収源
としての森林などの機能は重要であり、生物多様性の保全機能とともに両機能を十分に発
揮させるよう森林の整備・保全を進めます。さらに、人工林の間伐、二次林の管理、水辺
における草刈り、二次草原における採草などの豊かな生物多様性を保全するために必要な
生態系管理から生じる草木質系バイオマスを化石燃料の代替エネルギーとして熱利用する
など地域の産業の活性化にもつながるような利用を推進します。
 また、地球温暖化の生物多様性への影響に対する適応について、影響が各地で大きな問
題となる以前の現段階から調査研究を進めていくことが重要であり、温暖化の影響を含む
モニタリングの充実とともに気候変動などの環境の変化への適応力が高い生態系ネットワ
ークのあり方や健全な生態系を保全・再生するうえでの留意点など生物多様性の保全施策
の立場からの適応方策についての検討を進めます。

〈二国間・多国間ネットワークなど国際協力の推進〉
 国境を越えて移動する動物の生息環境を保全するためには、わが国だけでなく国際的な
協力で進めていく必要があります。また、生物多様性が豊かな地域の保全について、地球
規模の視点で国際的に保全対策を推進していく必要があります。
 そのため、国際サンゴ礁イニシアティブ(ICRI)や東アジア・オーストラリア地域フラ
イウェイ・パートナーシップ、二国間渡り鳥等保護条約・協定、特に水鳥の生息地として
国際的に重要な湿地に関する条約(ラムサール条約)などの枠組みも活用し、アジア太平
洋地域を中心に、国際サンゴ礁保護区ネットワーク会議の開催やアジアオセアニア地域重
要サンゴ礁ネットワークの構築などサンゴ礁の保全や渡り鳥の保全などの分野でリーダー
シップを発揮します。また、国立公園などの保護地域の管理や自然環境データ整備などの
分野で二国間及び多国間のネットワークを構築し、国際的な連携を強化するとともに、そ
のための人材育成への協力や情報提供について推進します。
 また、途上国の「生物多様性ホットスポット」(特に生物種が豊かで、かつ危機に瀕す
る地域として選定された地域)の保全活動を行う団体を支援するCEPF(クリティカル・
エコシステム・パートナーシップ基金)を引き続き支援するとともに、GBIF(地球規模
生物多様性情報機構)、GEOSS(全球地球観測システム)など地球規模の生物多様性の
情報基盤の整備に協力します。

 世界的に見ると農地の拡大や違法伐採などによる森林減少、砂漠化、藻場・干潟の減少
などが要因となり生物多様性の状況が悪化しています。わが国は、食料や木材などの資源
の多くを海外から輸入しており、他国の生物多様性を利用しているという視点に立ち、地
球規模での生物多様性保全に貢献する必要があります。そのため、国連食糧農業機関
(FAO)、国連森林フォーラム(UNFF)、国際熱帯木材機関(ITTO)、国連砂漠化対
処条約(UNCCD)、アジア森林パートナーシップ(AFP)などにおける議論に積極的に
参加し、砂漠化対策や違法伐採対策など持続可能な森林経営に関する協力などの国際協力
を進めていきます。

http://www.env.go.jp/nature/biodic/nbsap3/pdf/mainbody.pdf

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