生物多様性の状況、傾向および脅威に関する概観
1.日本の生物多様性
1.1 日本の生物多様性の特徴
わが国の既知の生物種数は9万種以上、分類されていないものも含めると30
万種を超えると推定されており、約3,800 万ha という狭い国土面積(陸域)に
もかかわらず、豊かな生物相を有している。
また、固有種の比率が高いことも特徴で、陸棲哺乳類、維管束植物の約4割、爬虫類の約6割、両生類の約8割が固有種である。先進国で唯一野生のサルが生息していることをはじめ、クマやシカなど数多くの中・大型野生動物が生息する豊かな自然環境を有している。
このような生物相の特徴は、国土が南北に長さ約3,000km にわたって位置し、季節風の影響によるはっきりした四季の変化、海岸から山岳までの標高差や数千の島嶼を有する国土、大陸との接続・分断という地史的過程などに由来するほか、火山の噴火や急峻な河川の氾濫、台風などさまざまな攪乱によって、多様な生息・生育環境がつくりだされてきたことによるものである。
堤防がつくられ、洪水の氾濫が少なくなることで、自然による攪乱は減少したが、その一方で、農林業などを通じて適度に人の手が加えられた環境が形成されたことにより、オキナグサやオオルリシジミなどそのような環境下で生息・生育する生物の生存を可能としてきた。
わが国においては、自然環境保全基礎調査の結果に基づき、全国土を覆う5万分の1レベルの現存植生図が整備されている。それぞれの植生タイプが国土面積に占める割合を見ると、森林(自然林、自然林に近い二次林、二次林、植林地)は全国土の67%を占めており、スウェーデン(70%)など北欧諸国並みに高く、イギリス(12%)、アメリカ(33%)などと比べ、先進国の中では圧倒的に大きな値となっている。
日本の国土の約3分の2を占める森林のうち、自然林は国土の17.9%で、自然草原を加えた自然植生は19.0%となっている。これらの自然植生は主として急峻な山岳地、半島部、島嶼といった人為の入りにくい地域に分布しており、平地や小起伏の山地では二次林や二次草原などの代償植生や植林地、耕作地の占める割合が高くなっている。
こうしたさまざまな段階の生態系が、さまざまな緯度、標高、水環境に立地することにより、わが国は非常に豊かな生態系の多様性を有している。特に、わが国においては、降水量が豊かで、自然の遷移が進む中にあって、明るい環境を好む多くの植物や昆虫類が生育・生息していくため、湿原、二次草原を含む草原、氾濫原、二次林などの生態系が、その明るい状態を保っていることが重要である。
こうした生態系は、わが国の気候や地史と自然と共生した生活の結果残されてきた特徴あるものといえるが、現在では広い範囲で失われてきている。
海洋についても、黒潮、親潮、対馬暖流などの海流と列島が南北に長く広がっていることがあいまって、多様な環境が形成されている。沿岸域でも、地球の4分の3周に相当する約35,000km の長く複雑な海岸線や豊かな生物相を持つ干潟・藻場・サンゴ礁など多様な生態系が見られる。このため、日本近海は同緯度の地中海や北米西岸に比べ海水魚の種数が多いのが特徴である。
日本近海には、世界に生息する112 種の海棲哺乳類のうち50 種(クジラ・イルカ類40 種、アザラシ・アシカ類8種、ラッコ、ジュゴン)、世界の約15,000 種といわれる海水魚のうち約25%にあたる約3,700 種が生息するなど、豊かな種の多様性がある。
※ 図1 植生の現況
1.2 絶滅のおそれのある野生生物の現状
絶滅のおそれのある野生生物の種を取りまとめた環境省レッドリストでは、日本に生息・生育する爬虫類、両生類、汽水・淡水魚類の3割強、哺乳類、維管束植物の2割強、鳥類の1割強にあたる種が、絶滅のおそれのある種に分類されている。この中には、南西諸島や小笠原諸島などの島嶼域に生息・生育する種も多くあり、ヤンバルクイナ、ツシマヤマネコなどの一部の種では、保護増殖の取組を行っている。メダカに代表されるように、里地里山に生息・生育する身近な種や水辺の種も多く選定されている。また、下北半島や西中国地域のクマなどのように、生息地の分断などにより地域的に絶滅のおそれがある野生生物もいる。これらの生物の減少要因としては、生息地破壊や分断化、人間の働きかけの縮小に伴う環境の変化、乱獲、外来種の影響などが指摘されている。
一方、サクラソウやアサザのように、保全の努力によって絶滅の危険性が下がった種も見られるが、これらの種についても、引き続き保全対策の継続が必要である。
1.3 レッドリストの見直し
環境省では、平成14 年度からレッドリストの見直しに着手し、平成18 年12月には、全10 分類群中、鳥類、爬虫類、両生類及びその他無脊椎動物の4分類群について、平成19 年8月には、哺乳類、汽水・淡水魚類、昆虫類、貝類、植物?及び植物?の6分類群について、新たなレッドリストを公表した。
その結果、絶滅のおそれのある種(絶滅危惧種)は見直し前の2,694 種から、3,155 種となった。
哺乳類(純海産種(主に浅海域に依存するジュゴン以外)を除く。)については、絶滅危惧種の総数は6種減少し42 種となった。これは、哺乳類の評価対象種の多くを占めるコウモリ類(46 種)において情報の蓄積が進んだ結果、ランクの下がった種が13 種と多かったことによる。
また、イリオモテヤマネコについては減少傾向が見られることからランクが上がったほか、ジュゴンを新たに評価対象種に加えた結果、絶滅危惧種となった。一方、ヤクシマザル(ニホンザルの亜種:屋久島に生息)と地域個体群として掲載していたホンドザル(ニホンザルの亜種:本州、四国、九州(屋久島を除く。)に生息)の下北個体群については、個体数が増加していることからランク外とされた。
鳥類については、絶滅危惧種の総数は3種増加し92 種となったが、より詳細に見ると、前回リストよりランクが下がった種が11 種であるのに対し、今回新たに絶滅危惧種と判定された9種を含め、ランクが上がった種が26 種あり、多くの種がより上位のランクへ移行した。ランクの上がった種の多くが、草原、低木林や島嶼部を生息地とするものであり、これらの地域の生息環境の悪化や島嶼部における外来種の影響が考えられる。
例えば猛禽類では、里山を中心に生息するサシバが新たに絶滅危惧種となった一方、オオタカは絶滅危惧種から準絶滅危惧種となった。
爬虫類では、絶滅危惧種の総数が13 種増えて31 種となったが、そのうち30種は南西諸島に生息するものとなっており、南西諸島の爬虫類の多くが危機的状況にあるといえる。多くの種で、生息環境の悪化や外来種による影響が示唆されたが、一部の種では、ペット用の捕獲による影響も考えられる。
両生類では、絶滅危惧種の総数は7種増えて21 種となり、今回ランクの上がった種の多くは小規模な開発又は外来種による影響が、一部の種ではペット用の捕獲による影響が考えられる。特に国内に生息する19 種のサンショウウオ類のうち11 種が絶滅危惧種となっており、生息環境の悪化の影響がその原因と考えられる。
汽水・淡水魚類では、絶滅危惧種の総数は前回から68 種増えて144 種となったが、その理由は南西諸島産の種を評価対象に多く加えたことに加え、田園地帯に生息するタナゴ類などのランクが上がったことによる。他にも琵琶湖のニゴロブナ、ゲンゴロウブナも新たに掲載されており、これらの種の生息環境の悪化やオオクチバスなどの外来種による影響が原因と考えられる。
また、ムサシトミヨやヒナモロコのように、生息域が非常に限られた種については、引き続き絶滅危惧種とされた。
昆虫類では、絶滅危惧種の総数は68 種増えて239 種となった。特に小笠原や南西諸島などの島嶼部に生息する昆虫類について外来種の影響により深刻な状況にあるほか、ゲンゴロウ類についても多くの種のランクが上がるなど生息環境の悪化や捕獲による影響が考えられる。
貝類では、絶滅危惧種の総数は126 種増えて377 種となったが、その主な原因としては、新たに評価対象に加えた河口部などの汽水域に生息する種の多くが絶滅危惧種とされたことと、陸産貝類(カタツムリなど)の生息状況が悪化したことなどが考えられる。
その他無脊椎動物では、絶滅危惧種の総数は23 種増えて56 種となり、その主な要因は情報が蓄積されたことによるものであるが、生息環境の悪化も要因と考えられる。例えば干潟などに生息するシオマネキのランクが上がった。
また、西日本の干潟に生息するカブトガニは、引き続き絶滅危惧種となった。
植物?(維管束植物)では、絶滅危惧種の総数は25 種増えて1,690 種となった。その内容としては、情報の蓄積が進んだ結果ランクの上がった種、下がった種が多くあるほか、アサザ、サクラソウ、サギソウなど保全のための努力が払われた結果、絶滅危惧種から準絶滅危惧種となった種もあるが、キレンゲショウマなど西日本を中心にシカの食害によって新たに絶滅危惧種となった種もある。
植物?(維管束植物以外)については、絶滅危惧種の総数は134 種増えて463種となったが、その理由は新たに評価対象種を加えたほか、特に湖沼、ため池などに生育する藻類について絶滅危惧種となった種が多いことであり、これらの種の生育環境の悪化が考えられる。
※ 図2 わが国における絶滅のおそれのある野生生物の種類
2 わが国の生物多様性の危機の構造
わが国の生物多様性の危機の構造は、その原因及び結果を分析すると次のとおりとなる。
2.1 第1の危機(人間活動や開発による危機)
第1の危機は、人間活動や開発など人が引き起こす負の影響要因による生物多様性への影響である。鑑賞用や商業的利用による個体の乱獲、盗掘、過剰な採取など直接的な生物の採取とともに、沿岸域の埋立てなどの開発や森林の他用途への転用などの土地利用の変化による生息・生育地の破壊と生息・生育環境の悪化が要因として挙げられる。
また、河川の直線化・固定化や農地の開発などによる、広大な氾濫原、草原や湿地の消失も要因といえる。
これらの影響については、林地や農地から都市的土地利用への転換面積や沿岸域の埋立面積を見ると、高度経済成長期やバブル経済期と比べると近年比較的少なくなり、安定化に向かっているといえるが、その程度は鈍化したものの影響は続いている。
これらの問題に対しては、対象の特性、重要性に応じて、人間活動に伴う影響を適切に回避、又は低減するという対応が必要であり、原生的な自然の保全を強化するとともに自然生態系を改変する行為が本当に必要なものか十分検討することが重要である。
さらに、既に消失、劣化した生態系については、科学的な知見に基づいてその再生を積極的に進めることが必要である。
※ 図3 第1の危機 林地から都市的利用への土地利用転換面積
沿岸域の埋め立て地の増加面積
2.2 第2の危機(人間活動の縮小による危機)
第2の危機は、第1の危機とは逆に、自然に対する人間の働きかけが縮小撤退することによる影響である。薪炭林や農用林などの二次林、採草地などの二次草原は、以前は経済活動に必要なものとして維持されてきた。
こうした人の手が加えられた地域は、その環境に特有の多様な生物をはぐくんできた。また、氾濫原など自然の攪乱を受けてきた地域が減ったことに対応して、その代わりとなる生息・生育地としての位置付けもあったと考えられる。
しかし、特に人口減少や高齢化が進み、農業形態や生活様式の変化が著しい里地里山では、人間活動が縮小することによる危機が継続・拡大している。さまざまな形での人間による攪乱の度合いによりモザイク状に入り組んでいた生態系が、攪乱を受けなくなることで多様性を失ってきており、里地里山に生息・生育してきた動植物が絶滅危惧種として数多く選定されている。
また、人工林についても林業の採算性の低下、林業生産活動の停滞から、間伐などの管理が十分に行われないことで、森林の持つ水源涵養、土砂流出防止などの機能や生物の生息・生育環境としての質の低下が懸念される。
一方、里地里山を中心に、シカ、サル、イノシシなど一部の中・大型哺乳類の個体数や分布域が増加、拡大し、深刻な農林業被害や生態系への影響が発生している。
これらの問題に対しては、現在の社会経済状況のもとで、対象地域の自然的・社会的特性に応じた、より効果的な保全・管理の仕組みづくりを進めていく必要がある。既に各地で取組は始まっているが、個々の地域における点的な取組にとどまっており、面的・全国的な展開には至っていない。
※ 図4 第2の危機 耕作放棄地面積の増大
図5 中・大型哺乳類の分布の変化
2.3 第3の危機(人間により持ち込まれたものによる危機)
第3の危機は、人間が近代的な生活を送るようになったことにより持ち込まれたものによる危機である。まず、外来種による生態系の攪乱が挙げられる。ジャワマングース、アライグマ、オオクチバスなど野生生物の本来の移動能力を越えて、人為によって意図的・非意図的に国外や国内の他の地域から導入された外来種が、地域固有の生物相や生態系に対する大きな脅威となっている。
特に、他の地域と隔てられ、固有種が多く生息・生育する島嶼などでは、外来種が在来の生物相と生態系を大きく変化させるおそれがある。外来種問題については、「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」(外来生物法)に基づく輸入・飼養等の規制は始まっているが、既に国内に定着した外来種の防除には多大な時間と労力が必要となる。
外来生物法による規制が難しい、資材や他の生物に付着して意図せずに導入される生物や国内の他地域から保全上重要な地域や島嶼へ導入される生物なども大きな脅威となる。
こうした脅威に対しても、
?侵入の防止、
?侵入の初期段階での発見と対応、
?定着した外来種の駆除・管理の各段階に応じた対策を進める必要がある。
また、影響について未知の点の多い化学物質による生態系への影響のおそれも挙げられる。化学物質の開発、普及は20 世紀に入って急速に進み、現在、生態系が多くの化学物質に長期間ばく露されるという状況が生じており、その中には生態系への影響が指摘されているものがある。それ以外の化学物質でも、生態系への影響が、未解明なものが数多く残されており、私たちの気付かないうちに生態系に影響を与えているおそれがある。
そのため、野生生物の変化やその前兆をとらえる努力を積極的に行うとともに、化学物質による生態系への
影響について適切にリスク評価を行い、リスク管理を推進することが必要である。
※ 図6 第3の危機 北海道におけるアライグマの分布拡大の例
アライグマの捕獲数(北海道)
2.4 地球温暖化による危機
こうした3つの危機に加えて、地球規模で生じる地球温暖化による影響を大きな課題として挙げる必要がある。
気候変化の科学的知見について、人為起源による気候変化、影響、適応及び緩和策に関し、科学的、技術的、社会経済的な見地から包括的な評価を行う気
候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第4次評価報告書(2007)は、気候シ
ステムに温暖化が起こっていると断定するとともに、人間活動による温室効果
ガスの増加が温暖化の原因とほぼ断定している。同報告書によると、20 世紀後
半の北半球の平均気温は過去1300 年間の内で最も高温であった可能性が高い
とされている。過去100 年間に世界の平均気温が長期的に0.74℃上昇し、最近
50 年間の平均気温の上昇の長期傾向は、過去100 年のほぼ2倍の速さとされて
いる。また、今世紀末の地球の平均気温の上昇は、環境の保全と経済の発展が
地球規模で両立すると仮定した社会においては、約1.8(1.1〜2.9)℃だが、化
石燃料に依存しつつ高い経済成長を実現すると仮定した社会では、約4.0(2.4
〜6.4)℃にもなると予測されている。
生物多様性は、気候変動に対して特に脆弱であり、同報告書によると、全球
平均気温の上昇が1.5〜2.5℃を超えた場合、これまでに評価対象となった動植
物種の約20〜30%は絶滅リスクが高まる可能性が高く、4℃以上の上昇に達し
た場合は、地球規模での重大な(40%以上の種の)絶滅につながると予測され
ている。
環境の変化をそれぞれの生きものが許容できない場合、「その場所で進化する
ことによる適応」、「生息できる場所への移動」のいずれかで対応ができなけれ
ば、「絶滅」することになる。地球温暖化が進行した場合に、わが国の生物や生
態系にどのような影響が生じるかの予測は科学的知見の蓄積が十分ではないが、
島嶼、沿岸、亜高山・高山地帯など環境の変化に対して弱い地域を中心に、わ
が国の生物多様性に深刻な影響が生じることは避けることができないと考えら
れている。
このため、地球温暖化による生物多様性への影響の把握に努め、その緩和と
影響への適応策を生物多様性の観点からも検討していくことが必要である。
3.各地域の生物多様性
3.1 奥山自然地域
奥山自然地域は脊梁山脈などの山地で、全体として自然に対する人間の働き
かけが小さく、相対的に自然性の高い地域である。国土の生物多様性の中では、
いわば屋台骨としての役割を果たす地域であり、原生的な自然、クマ、カモシ
カなどの大型哺乳類やイヌワシ、クマタカなど行動圏の広い猛禽類の中核的な
生息域、水源地などが含まれる。現在、国土面積の2割弱を占める、自然林と
自然草原を合わせた自然植生の多くがこの奥山自然地域に分布している。本州
中部や北海道などにおいては山稜部に広く分布する一方、中国地方のように現
在では自然植生が標高の高い山岳部などごく一部にしか残されていない地域で
は、自然の遷移にゆだねられた二次林など相対的に自然性の高い地域がこの奥
山自然地域にあたる。
この地域は、気候条件に応じて成立する代表的、典型的な自然植生がまとま
って残されている地域であり、各地域の代表的な動植物が将来にわたって存続
していくための核となる地域(コアエリア)として重要である。
急峻なところでは、地形改変により一度植生が失われると回復が難しいこと
が多く、特に高山・特殊岩地の生態系は厳しい環境条件のため、小規模な人間
活動に対しても脆弱である。
高山に生息し、地球温暖化の影響を最も受ける動物のひとつと考えられるラ
イチョウは、年平均気温が3℃上昇した場合には、高山帯の縮小に伴い絶滅す
る可能性が高いという予測もある。
また、鳥獣との軋轢として、南アルプスや日光など15国立公園でシカによ
る稀少な高山植物の食害や森林での樹皮はぎなどの自然生態系への影響が指摘
されている。ツキノワグマによる人身事故も平成19 年度には47 件発生し、約
840 頭が捕殺された。
3.2 里地里山・田園地域
里地里山・田園地域は、奥山自然地域と都市地域の中間に位置し、自然の質
や人為干渉の程度においても中間的な地域である。この里地里山・田園地域は、
里地里山のほかに、人工林が優占する地域や水田などが広がる田園地域を含む
広大な地域で、全体として国土の8割近くを占める。
里地里山は、長い歴史の中でさまざまな人間の働きかけを通じて特有の自然
環境が形成されてきた地域で、集落を取り巻く二次林と人工林、農地、ため池、
草原などで構成される地域概念である。現在は里地里山の中核をなす二次林だ
けで国土の約2割、周辺農地などを含めると国土の4割程度と広い範囲を占め
ている。今後人口減少や高齢化が進むことにより、人との関わりが全体として
減少していくと考えられる地域である。
二次林や水田、水路、ため池などが混在する自然環境は、絶滅危惧種を含む
多様な生物の生息・生育空間となっており、都市近郊では都市住民の身近な自
然とのふれあいの場としての価値が高まってきている。同時に人間の生活・生
産活動の場でもあり、多様な価値や権利関係が錯綜するなど多くの性格を併せ
持つ地域である。
この地域では、水田耕作に伴う水管理の方法、二次林や二次草原の管理方法
など地域ごとに異なる伝統的な管理方法に適応して、多様な生物相とそれに基
づく豊かな文化が形成されてきた。奥山自然地域とともに、わが国の多様な生
物相を支える重要な役割を果たしてきた地域といえる。
昭和30 年代以降、生活や農業の近代化に伴い、二次林は手入れや利用がなさ
れず放置されるところが増え、二次草原は大幅に減少するとともに、昭和50 年
代頃からは、耕作放棄地も増加している。こうした変化に伴い、シカ、サル、
イノシシなどの中・大型哺乳類の生息分布の拡大が見られ、人の生活環境や農
林業などへの被害が拡大している状況である。さらにペットとして導入された
ものが野外に定着し、分布が拡大しているアライグマについては、農作物への
被害や在来種の捕食などが報告されている。平成18 年度の野生鳥獣による農作
物被害額は196 億円にのぼる。このため、被害防止に向けてシカやイノシシな
どの有害鳥獣駆除などによる捕獲数が増加しているが、鳥獣による被害は減少
の傾向を見せていない。また、サシバ、メダカ、ギフチョウ、カタクリなどこ
の地域特有の多様な生物については、生息・生育環境の質が低下しつつあり、
環境省の調査によると絶滅危惧種が集中して生息・生育する地域の5割以上が
里地里山に分布している。
3.3 都市地域
都市地域は人間活動が優先する地域であり、高密度な土地利用、高い環境負
荷の集中によって、多様な生物が生息・生育できる自然空間は極めて少なくな
っている。市街地の拡大に伴い、ヒバリやホタル類など多くの身近な生物の分
布域が、郊外に後退していった。その結果、斜面林、社寺林、屋敷林など都市
内に島状に残存する緑地に孤立して細々と生きる生物、カラス類やムクドリな
ど人為的な環境にも適応することのできた一部の生物など、都市地域で見られ
る生物は非常に限られている。歴史的に都市環境の要素として組み込まれたお
堀や河川、水路に生息する魚類などは少なく、ペットのミドリガメが放され、
在来種でない緑化植物が大量に利用されているなど外来種がはびこる状況も見
られる。居住地周辺において身近な自然とのふれあいを求めるニーズは急速に
高まりつつあり、一方で、生活圏に緑地が少なく、生物多様性に乏しいことを
背景に、自然との付き合い方を知らない子どもたちやそれを教えることのでき
ない大人たちも増えている。
3.4 河川・湿原地域
水は、地球上の多くの生命にとって欠かせないものである。そして、河川を
はじめとし、湖沼、湿原、湧水地などの水系は生物多様性の重要な基盤である。
水系は森林、農地、都市、沿岸域などをつなぐことで国土の生態系ネットワー
クの重要な軸となる。そのつながりを通じて流域から生み出される土砂や栄養
分、さらには土地利用による汚濁物質を下流へと運ぶとともに、海からサケや
ウナギなどが遡上する。
水系は、魚類などの水生生物や水鳥をはじめ多様な生物の生息・生育地とし
て重要である。特に湿原は、生物多様性が豊かな地域であり、また人為の影響
を受けやすい脆弱な生態系でもある。
これまで河川沿いの氾濫原の湿地帯や河畔林は、農地、宅地などとして営々
と開発、利用され、また、河川の改修や流域の土地利用の変化による流量の減
少、水循環の経路の変更や分断、砂礫の供給の減少、攪乱の減退や水質汚濁な
どに伴い、河川生態系は大きな影響を受けてきた。日本に生育する水草のおよ
そ3分の1の種が絶滅危惧種に選定されるなど、水辺環境には多くの絶滅危惧
種が存在する。その一方で、水質などの河川環境が改善する中でアユの遡上が
回復した事例が見られるなどの動きもある。
また、鳥獣との軋轢として、かつては生息数が大幅に減少していたカワウが、
水質などの改善や食物となる生物の増加、コロニーの保護などにより、現在で
は急速にその分布や生息数が増加し、アユ、オイカワなどを食害するなど漁業
被害が生じるとともに、その糞により樹木が枯れる被害も発生している。
その他、外来種のオオクチバスは全国的に広範囲に分布し、在来種の捕食に
よる生態系や漁業への影響が指摘されている。
3.5 海洋域・沿岸域
沖合いから外洋へと広がる国土の約12 倍の広さの排他的経済水域などを持つ
海洋域も、わが国の生物多様性を支える重要な環境である。深海に至るまでさ
まざまな生態系がある一方で、生物相などの科学的データは、漁獲対象種につ
いては過去からのデータが整備されているものの、それ以外は十分ではない状
況にある。
海洋は地球の表面のほぼ7割を占め、水循環の巨大なストックであると同時
に、その膨大な熱エネルギーにより、地球の気候の形成に大きく関わっている。
また炭素循環を通じて、二酸化炭素の大きな吸収源(シンク)として機能し、
大気の安定化を担っている。日本は周囲を海に囲まれた島国であり、陸上の気
候、ひいては陸上の動植物の分布や生態系も海洋に強く影響されている。
日本列島周辺は、歴史的に隔離されたことのある日本海や、1万メートルの
深さに達する日本海溝など変化に富んだ海洋構造であり、また北からの寒流、
南からの暖流が存在し、それらによって供給される遠隔地の生物などの影響に
より、わが国の海洋の生物多様性を豊かなものとしている。しかしその一方で、
海洋域においては周辺沿岸国から排出されるごみや有害な化学物質、船舶から
流出する油などが生態系に影響を与えている。
陸域、海域が接し、それらの相互作用のもとにある沿岸域は、複雑で変化に
富んだ海岸、その前面に位置する干潟、藻場、サンゴ礁などの浅海域から成り
立っており、多様な生物の誕生・成長の場、豊かな水産資源の生産の場、水質
の浄化、自然とのふれあいの場などさまざまな重要な機能を有している。その
中でも、昔から豊かな海の恵みを利用し、採貝、採藻など漁業活動が行われて
きた人のくらしと強いつながりのある地域を「里海」と呼んでおり、歴史的に
見て、私たちの生活や文化も沿岸域に大きく依存して発展してきたといえる。
海岸には砂浜、断崖、干潟などその形状に応じて特有の動植物が見られ、また
海岸沿いの植生帯や渚の自然環境は、国土の生態系ネットワークの重要な軸と
もなる。一方、沿岸域は、人口や産業の多くが集中したことから、これまで埋
立て、水質汚濁や河川とのつながりの分断・減少の強い圧力を受け、干潟など
の面積の減少や環境の劣化が進んできた場所でもあり、海岸線の人工化も進み、
人と海が切り離されてきた。こうした沿岸域の環境悪化は、干潟に生息するカ
ブトガニやシオマネキが絶滅危惧種となった要因と考えられており、沿岸漁業
の生産量が減少した一因となっている。また、大型の海藻が密生した海中林な
どが著しく衰退する磯焼け、サンゴの白化などの生態系の変化や漂流・漂着ご
みによる影響も見られる。
3.6 島嶼生態系
わが国は、北海道、本州、四国、九州という主要4島のほかに、3,000 以上も
の大小さまざまな島嶼を有し、小笠原諸島や南西諸島をはじめとして海によっ
て隔離された長い歴史の中で、独特の生物相が見られる島々が存在している。
こうした島嶼では小さな面積の中に微妙なバランスで成り立つ独特の生態系が
形成されており、生息・生育地の破壊や外来種の侵入による影響を受けやすい
脆弱な地域といえる。島嶼地域には、もともと分布が非常に限定された地域固
有の種が多く、また、人為的な影響も受けやすいことから、島嶼地域に生息・
生育する種の多くが絶滅のおそれのある種に選定されている。
具体的な例として、ハブや農作物を荒らすネズミを駆逐する目的で明治43 年
(1910 年)に沖縄本島に導入され、昭和54 年(1979 年)頃には奄美大島にも
持ち込まれたジャワマングースは、生息地を拡大し、沖縄本島やんばる地域の
ヤンバルクイナや奄美大島のアマミノクロウサギなどの希少な野生生物の捕食
者として大きな脅威となっており、養鶏や農作物への被害も報告されている。
http://www.biodic.go.jp/biodiversity/4thnr/chpt1.pdf